最初の氷の粒が凄まじい速度で撃ち出された。
レアラの握り拳ほどもある大きさだ。直撃すれば軽傷では済まない。間違いなく致命傷に繋がる。
「軌道が一直線です。ジェレネディエ様、手加減されていますね」
レアラは両手を振り上げ、聖なる光壁を正面に即時展開、氷の粒に備える。
「さあ、どうだろうね。大聖女レアラ、まずはお手並み拝見といこうか」
高速で飛来する氷の粒が光壁に衝突した瞬間、氷が砕け散り、水蒸気となって消えていく。
「やるね。一点集中の魔力操作も巧みだったね。軌道は単純だけど、僕の放った氷の粒を一瞬にして溶かしてしまうなんてね。続けて、行くよ」
またもジェレネディエの指が軽く振られ、二つの氷の粒が同時に放たれる。
軌道は先ほどと同じだ。一直線でレアラの心臓めがけて飛んでくる。違うのは直列攻撃になっている点だ。
「魔力の層が同じでしたら、光壁の厚みを増すだけで防げます」
レアラは魔力を先ほど以上に一点集中で凝縮させ、心臓の前面を分厚く塗り固める。
二つの衝撃音がほぼ同時に駆け抜けていく。結果は同じだった。氷の粒は完全に破砕されていた。再び水蒸気が立ち上がる。
「うんうん、楽しいね。次はちょっと趣向を変えてみるよ。狙いは一緒だよ。でもね、こうなるんだ」
ジェレネディエの指が動き、三つの氷の粒が即時発射、それぞれが異なる角度で弧を描きながら光壁を穿とうと襲いかかる。
耳障りな硬質音が響き渡り、僅かながらに光壁の一部が削られていく。
「あっ、レアラ」
思わず声を上げてしまったモティエルナを安心させるため、レアラは穏やかな口調で声をかける。
「大丈夫です、モティエルナ。わたくしは無事です。魔力の練度が少しばかり不足していたようです」
そうは言いながらも、レアラの顔は悔しさで歪んでいる。それはそれで魅力的な表情でもあった。
「大聖女レアラは正しく理解しているんだ。自分の弱点を知るのはとても大切だからね。それから、正しく指摘しておくよ。モティエルナ、しっかりと見ていただろうね」
答えるのはモティエルナの役目だ。もちろんです、とばかりに頷いたモティエルナがレアラのために説明を始める。
「レアラ、魔力の練度は十分だったよ。問題はね、魔力の伸展なんだ。二つ目までと違って、三つ目は防御範囲が少し広かったよね。レアラは魔力の均一伸展が広範囲になると、ばらつきが出ちゃうんだよ。これだと、いくら練度が足りていても、薄い部分は破られてしまうんだ」
みるみるうちにレアラの顔が青ざめていく。
モティエルナに指摘もさることながら、ジェレネディエに一瞬で弱点を見破られ、そこを的確に突かれたからだ。
そして、レアラもまた薄々気づいていた。それでも、過去の実戦において、聖なる光壁が破られたことは一度もなかった。
「わたくし、どうやら天狗になっていたようです。本当に恥ずかしいです。ジェレネディエ様は、わたくしくにそれを実戦で教えようとして」
ジェレネディエはふいと顔を背けて、知らないふりを、聞こえていないふりをしている。
「大聖女レアラ、人界の魔術なら君の聖魔術を破るのはかなり難しいだろうね。でもね、魔術は無限なんだ。冥界だけじゃない。他界の魔術の中には、とんでもないものもあるしね。それに悔しいけど、僕の魔術が全く通用しない敵だっているんだ。少なくとも、これくらいはね」
ジェレネディエは顔を背けたまま、五本の指を立てた片手をレアラに向けた。
「五人もいるのですか」
魔術の話となると、レアラは居ても立っても居られなくなる。
「ジェレネディエ様、他界の魔術、さらにはジェレネディエ様の魔術さえ通用しない敵について、ぜひともご教示いただきたく存じます」
魔術戦闘最中ながらに、レアラの食いつきが半端ない。
「そうだなあ。大聖女レアラにもご褒美がないといけないよね。じゃあさ、僕の魔術の残り全てを防ぎ切ったら、教えてあげてもいいよ」
被り気味でレアラは即答を返す。
「本当ですか。わたくし、俄然やる気が出てきました。ジェレネディエ様、四つ目をお願いいたします」
ジェレネディエとモティエルナが揃って絶句している。どちらからともなく二人が顔を見合わせ、それから盛大に吹き出した。
「レ、レアラ、本当にもう、心配して損したよ」
そうは言いながらも、モティエルナの顔は笑っている。対照的にジェレネディエは真剣そのものだ。
「四つ目からは難易度を上げていくよ。大聖女レアラ、覚悟はできているかな」
レアラの頷きを待って、ジェレネディエは四つの氷の粒を即撃ち出すのではなく、いったん頭上に浮かび上がらせた。
「氷の粒が、一体化していきます。そして、魔力層は」
四つが中心点に向かって収縮し、一つの氷の粒へと姿を変えた。
レアラの目に確実に見えるのはそこまでだ。魔力層が七層のままなのか、あるいはそれ以上に増えたのかは認識できない。
「やはり、わたくしには分かりません。それならば、増えた前提で対処しなければなりません」
レアラは光壁に注ぎ込む魔力を、さらにモティエルナに指摘された欠点への対応策として練度も併せて強化する。
これによって、どうしても薄くなってしまう部分の強度を高めようというのだ。
ジェレネディエは聖なる光影を一瞥、少しばかり口角を上げると、浮かび上がった氷の粒に指先を突っ込んだ。
「大聖女レアラ、全力で光壁を保つんだよ。そうじゃないと、簡単に吹き飛ぶよ。しっかり耐えてみせて」
レアラの心臓に狙いを定めたジェレネディエの指先から氷の粒が唸りをあげて発射された。
目にも止まらない速度で駆けた氷の粒が光壁と激しくぶつかり、貫きにかかる。
「レアラ、それじゃだめだよ。練度をさらに倍に高めて」
モティエルナが悲鳴にも似た大声で叫ぶ。
レアラは大きく息を呑むと、慌てて練度を高めるため衝突部分に対して魔力を大量に注ぎ込んでいく。
その間にも氷の粒は減速するどころか、光壁を貫通しようとしてさらに加速していく。
「ここで諦めるわけにはいきません。ジェレネディエ様が約束してくださったのですから」
魔術馬鹿レアラの本領発揮だ。
渾身の力をこめて練度を高め、さらに一つの仕掛けを光壁に施す。その成果は即座に現れた。