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018話 大聖女、玉座の間に入る

 モティエルナは転移によって玉座の間へと通じる唯一の扉前に姿を現した。


 すぐさま、一人の男が駆け寄ってくる。



「随分と遅かったじゃないか。待ちくたびれたよ」



 モティエルナが抱きしめていたレアラを優しく離し、男に応じる。



「ちょっといろいろあってね。それよりも、ここで待っていたということは、なにか問題発生かな」



 男は激しく首を横に振っている。



「ああ、そう。そういうことね」



 モティエルナはやれやれとばかりに深いため息をついた。



「タシュラデルは、レアラが心配で居ても立っても居られなかったんでしょ。このとおりよ。レアラは無事だし、まだ少し影響は残っているけど、もう大丈夫だよ」



 二人のやり取りに全くついていけないレアラが困惑している。


 さらに、次なるタシュラデルのいきなりの行動が拍車をかけた。



「大聖女レアラ様、誠に申し訳ございません。俺のこの罪は万死に値します。処分はいかようにも」



 タシュラデルはその場に平身低頭、氷の床に額を強く押し付けたまま、ひたすら謝罪の言葉を繰り返している。


 茫然自失のレアラは、なんとかしてとばかりに懇願の目をモティエルナに向けた。



「うーん、無理かもね。私じゃ、役に立てそうにないなあ。だって、この子、レアラの大の信奉者だし」



 モティエルナは大きく両手を開いて、ただただ苦笑を浮かべている。


 レアラの口から素っ頓狂な声が飛び出していた。



「ど、どういうことですか、モティエルナ。大の信奉者って、なにを言っているのか理解できないのですが。わたくしとこの方は面識もないのですよ」



 レアラの言葉が終わるなり、タシュラデルは大声を上げて泣き出してしまった。



「そ、そんな、面識もないだなんて。大聖女レアラ様、俺なんてもはや生きてる価値などありません。この場で腹掻っ捌いて、あなたの前で死にます」



 さすがのレアラも、完全に及び腰だ。


 得体の知れない珍妙な生きものを前に、どのように対処していいのか全く分からない。



「タシュラデル、いい加減にしなよ。面識がないのは当然でしょ。あんたはそれを承知で、この任務に就いたんだ。なによりもレアラを困らせるような真似をするなら、姉として私が黙っていないよ」



 モティエルナがこれまでの口調とは一転、凄みを存分に利かせてタシュラデルを窘める。



「モティエルナ、い、今なんと。姉として、と言いましたか」



 驚きの声を上げたレアラは、モティエルナと目の前で土下座しているタシュラデルに忙しく視線を動かしている。



「うん、そうなんだ。こいつ、タシュラデルって言うんだけどね。私の三人いる弟の一番下、人界で言ったら末っ子というやつかな。ロシュクヴール様の命令を受けて、人界に潜入していたんだ」



 疑問が尽きないレアラは、なおもモティエルナに尋ねる。



「そうでしたか。タシュラデルさんは人界に潜入していたのですね。そこで、わたくしと出会った、ということなのでしょうか」



 モティエルナがレアラの問いに答えようとした刹那、扉が音もなく開いていった。


 凄まじいまでの冷気を伴った重低音の声が響き渡る。



「我が主をいつまでお待たせするつもりだ。なにをしておる。早く入らぬか」



 声の中に殺気がこめられている。レアラは敏感なまでに反応、身体が無意識に震え出していた。


 レアラはモティエルナに両腕を掴まれたことで、ようやく身体が震えていると気づいた。



「大丈夫だよ、レアラ。私とタシュラデルがついているから。まあ、そこまで頼りになるわけじゃないけどね」



 レアラは思わず吹き出していた。



「なんですか、それは。嬉しいです。モティエルナ、タシュラデルさん」



 タシュラデルが名前を呼ばれた途端、平身低頭状態から一瞬にして復帰、レアラの正面に立つ。



「大聖女レアラ様、いざとなればこの俺が楯となります。姉さん、あとは頼んだからね」



 いきなり頭をはたかれたタシュラデルが困惑した目を姉に注いでいる。



「な、なにするんだよ。痛いじゃないか」



 頭を両手で押さえながらタシュラデルが抗議してくるものの、モティエルナは姉の貫禄で一蹴する。



「なに馬鹿なこと言ってるのよ。タシュラデル、あんたに名誉を与えてあげる。レアラの先導役として最初に入りなさい。これ以上お待たせすると、今度こそロシュクヴール様の雷が落ちるわ」



 モティエルナは扉を指差し、タシュラデルに早くしろと目で促す。



「大聖女レアラ様、先ほどはお見苦しいところをお見せしてしまいました。お許しください」



 深々と頭を下げてくるタシュラデルに、レアラはかけるべき言葉が見つからない。


 苦し紛れにモティエルナを見ると、しきりに手と口を動かして、なんでもいいから言葉を出せと訴えてきている。


 大聖女としてのレアラには、こういう時のために、とっておきのひと言がある。今のレアラが思いつく言葉といえばそれだけだ。



「大儀です。先導役、頼みましたよ。では、参りましょう」



 下げていた頭を跳ね上げたタシュラデルが満面の笑みで答えた。



「大聖女レアラ様の仰せのままに」



 敬礼までしてくるタシュラデルにレアラはすかさず突っ込みを入れていた。



「ここは冥界のはずですが。まるで物質界にいるような感覚です」



 微笑を浮かべるレアラのなんと神々しいことか。


 タシュラデルにとって、レアラはまさしく女神そのものなのだ。



「タシュラデル、呆けてないでさっさと行きなよ」



 姉の言葉で正気に戻ったタシュラデルは踵を返すと、先導役として玉座の間へと続く扉を潜った。

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