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023話 大聖女、羞恥にもだえる

 冥王は玉座に戻っている。


 お姫様抱っこで連れていかれたレアラは、ようやく解放されたのも束の間、魔術生成された玉座と瓜二つの椅子にいかにも居心地悪そうに腰を下ろしている。



「あ、あの、冥王様、わたくしくも皆と同じ場所に」



 なんとかしてこの場から立ち去りたいレアラは、適切な言い訳が見つからなかった。



「なにを言っている。余の妻は、すなわち王妃であり、そなたがいるべき場所は決まっておる」



 すげなく拒否されたレアラの姿を、四人の聖女たちが目を丸くして見つめている。一方で誰もが大聖女の初々しい反応を楽しんでいる。



「大聖女様はまるっきり恋する乙女ですね。聖女の庭園フィレニエムで厳しく育てられた大聖女様です。今は戸惑うことばかりでしょう」



 同郷のリニエルティを除けば、レアラと最も接する時間の長いシスメイラが感慨深げに口を開いた。


 すかさず疑問の声が飛んでくる。



「それって本当のことなのかい。先ほど、主様も仰っていたけど、聖女は皆が皆、恋愛禁止ってさ」



 突然話しかけられて、四人の聖女たちは一様に固まってしまっている。


 それだけが理由ではない。声の主の発する魔力があまりに強烈すぎて、すっかり当てられている。



「ジェレネディエ、魔力を抑えろ。その者たちは耐性がないのだ。身体に影響が出ては困る」



 ナーサレアロに端的に指摘され、ジェレネディエもようやく気づく。



「ああ、そうだったね。ついついね。ごめんよ。冥界ではこれが普通なんだけどね。君たちにはまだ厳しかったよね。そのうち慣れるから大丈夫だよ」



 可愛い笑みを見せてくるジェレネディエに、四人が四人とも呆気に取られている。



「ジェレネディエ様は相変わらずですね。四人と違って、わたくしには容赦なかったように思えるのですが、気のせいでしょうか」



 レアラがなにげなく落とした爆弾に、冥王が勢いよく玉座から立ち上がる。



「ジェレネディエ、詳しく聞かせてもらおうか。余の知らぬところで、余の妻になにをしたのか。じっくりとな」



 ジェレネディエは冥王が放つ威圧波だけで押し潰されそうになっている。全身から冷や汗が止まらない。


 こうなっては、言い逃れするしかないとばかりに、即座にロシュクヴールを楯にした。



「おい、ジェレネディエ、貴様はなぜ我の後ろに隠れているのだ。我が主が尋ねているのだぞ。速やかに答えぬか」



 ロシュクヴールの批難の声をあっさりと受け流す。



「それはそうなんだけどさ。今、僕がなにか言ったら、火に油を注ぐようなものでしょ。だからさ、ほとぼりが冷めるまでちょっと離れるね。あとのことは、じゃあ、ロシュクヴール、頼んだよ」



 言い終えるなり、ジェレネディエは転移魔術を即時発動、丸投げで姿を眩ませてしまった。



「あ、おい、待たぬか。ジェレネディエ、貴様はなにを考えておる」



 姿の見えないジェレネディエになにを言っても無駄だ。


 捕まえようと手を伸ばしかけて中途半端になったロシュクヴールの叫びは、虚しく玉座の間に響くだけだった。



「我が主、誠に申し訳ございません。四天王筆頭として恥じ入るばかりです」



 深々と頭を下げるロシュクヴールに、冥王は鷹揚に頷いてみせる。



「おまえが謝罪する必要はない。すぐにでも戻ってくるであろうジェレネディエの弁解を聞く前に、余の妻に尋ねるとしよう」



 急に矛先を向けられたレアラは意外にも落ち着いたものだ。


 ジェレネディエに魔術で幾度となく試されたこと、その過程で自身の聖魔術の弱点に気付かされたことなど、それはもう嬉々として、かつ雄弁に語った。


 話し終えた途端、レアラは周囲からの冷たい雰囲気を感じ取っていた。


 完全沈黙だった。


 四人の聖女たちは、こぞって頭が痛いとばかりの仕草を見せ、冥王も四天王三人も珍獣を見るかのような目を向けてきている。



「あっ、わたくし、やってしまいました」



 がくりと肩を落とすレアラを前に、たまらず立ち上がったリニエルティが指先を突きつける。



「大聖女様、いえ、もうレアラでいいですね。今のはさすがに冥王陛下に対して、失礼ではありませんか」



 さすがに幼少の頃より共に育った幼馴染、レアラに向かってこのような発言ができるのは後にも先にもリニエルティだけだ。



「あの、冥王様、その、誠に申し訳ございません。リニエルティも、です。深く反省しています」



 力なく頷き、平謝りしてくるレアラに冥王は表情を即座に取り繕い、さもなにもなかったのように玉座に腰を下ろす。



「レアラよ、いささか驚きはしたが、改めて実感したところだ。やはり、そなたの本質は変わっておらぬ。初めて会ったあの時も、そなたは魔術の話になった途端」



 あまりの恥ずかしさにレアラは両手で顔を隠してしまった。



「め、冥王様、もうその辺でお許し、ください。わたくし、その、魔術の話となると」



 表情一つ変えない最年少メネテロワが小声で呟く。



「大聖女様、恐るべし。やはり、かなりの魔術馬鹿」



 嗜めるどころか、他の三人の聖女はそろって吹き出している。


 それまで四人の間に漂っていた緊張感、圧迫感といったものが払拭された瞬間でもあった。



「ほんとにそのとおりだよね。僕もついさっきさ、経験してきたばかりなんだよね。レアラって負けずぎらいで、心底魔術が好きなんだなあって思わされたよ」



 いつの間に戻ってきたのか、ジェレネディエはメネテロワの背後に音もなく立っている。



「それはさ、君もだよね」



 小さな左右の肩に両手をそっと乗せた。



「ひゃっ」



 メネテロワの口からたまらず悲鳴が漏れる。



「珍しいですね。なにがあっても動じないメネテロワが悲鳴をあげるなんて」



 口を開いたカタランが視線をメネテロワからジェレネディエに向ける。



「ジェレネディエ様でしたね。あまり驚かさないでくださるとありがたいのですが。特にメネテロワは最年少でもありますし」



 メネテロワの肩に手を置いたまま、ジェレネディエは面白そうにカタランに目をやった。



「君はカタランだったね。知力が高いね。僕の見立てでは、大聖女レアラ以上かなあ。でもさ、僕が興味あるのはこの娘なんだよね。だからさ、この娘、僕がもらってもいいかな」



 一瞬、なにを言われたのか、誰も理解できなかった。


 主導権は完全にジェレネディエが握っている。四人が四人とも、圧倒的魔力差があることを理解している。



「君の聖魔術は、大聖女レアラのそれとは系統が違うのかな。だから、魔術って面白いんだよね。それにさ、玉座の間に入ってくる際、君が先頭に立ったのは理由があるのかなあ。君は、君だけは、気づいていたんだよね」



 何が言いたいのか、メネテロワ以外の三人はわかっていない。


 ジェレネディエは答えるまで離さないとばかりに、メネテロワの肩に置いた両手にわずかながら力をこめた。

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