ジェレネディエとナーサレアロは知っていたとばかりに頷き、ロシュクヴールとウィントゥーラは渋い表情で沈黙を守っている。
レアラは驚きつつ、思った以上の衝撃は受けなかった。四人の聖女も同様だ。
最初にカタランが口を開く。
「漆黒の獄焔は、やはり魔界の焔だったのですね。魅了の魔導具も魔界から持ち込まれ、なんらかの方法で入手した馬鹿王子が操っていたということで間違いなさそうです」
即座に否定の声が二方向から来た。もちろん、ジェレネディエとナーサレアロからだ。
「馬鹿王子が身内を廃人にした魔導具はね、漆黒の獄焔同様、人界の者では扱えないほど凶悪なんだ。だからね、既にね」
正直に告げていいものか迷ってしまう。
ジェレネディエが言い淀んだところで、すかさずナーサレアロが横から答える。
「第一王子と王女であったな。肉体と記憶を奪われ、自我を完璧に破壊されていた。それは死人と同義だ。二人の中身は既に魔界の手のものだった」
単刀直入すぎるナーサレアロの言葉に、レアラをはじめ聖女たち全員が息を呑み、口を押えている。
「ちょっと、ナーサレアロさ、言いすぎじゃないかな。人界の者にはさ。ほら、彼女たちを見てごらんよ」
それがどうしたとばかりにナーサレアロは軽く鼻を鳴らしている。
「いずれ真実を知るのだ。ならば、少しでも早い方がよかろう」
簡単に言ってのけるナーサレアロは、実のところ、聖女たちの反応を確かめるためにあえて強い言葉を選んでいる。
「俺の推察が正しいなら、主がこれからなそうとしていることに、人界の聖女たちは切っても切り離せない。ジェレネディエ、君もそう思っているだろう」
ジェレネディエが可愛い前脚を上げて肉球を見せてくる。
「そうだね。ここからは主様のお言葉を待とうか。聖女たちも困惑しているしね」
二人の視線が冥王に注がれる。
「ジェレネディエ、ナーサレアロ、ご苦労であった。さて、大聖女レアラよ、四人の聖女たちよ、なにゆえに魔界のものどもがそなたたちを陥れたのか。それを語ろう」
冥王による語りが始まった。
「聖魔術は魔界にとっても禁忌の力だ。冥界が死なら聖魔術は生、それと同様、魔界が漆黒なら聖魔術は純白と言えよう。だからこそ、脅威となる聖魔術の拠点を真っ先に叩き潰しておく必要があった」
レアラは思い出していた。
絶対中立を誇る聖女の庭園フィレニエムが、ヴィルドゥアンとラーゲルドラ両国の戦乱を収めるべく、ヴィルドゥアン側に立つと決まった時のことだ。
あまりにも唐突だった。
アスフィリエ庭園主に呼び出されたレアラは、決定事項として告げられた。これまで聖女の庭園フィレニエムに関する重要事項は、例外なく庭園主と大聖女が協議したうえで決定されていた。
レアラは即座に断固反対を表明したものの、アスフィリエ庭園主の意志はあまりに強固で覆らなかった。
「冥王様、わたくしはあの時、連行されてきたアスフィリエ庭園主に何度も聖魔術を行使して本物かどうか確かめたのです。結果は全て真でした。なぜなのでしょうか」
レアラは縋るような目で冥王を見つめている。今にも泣き出しそうな顔をしている。
「大聖女レアラよ、そのような顔をするでない。美しい顔が台無しではないか」
レアラはどんな表情をしていいかわからなかった。
「聖魔術とて万能ではない。ましてや、アスフィリエの肉体は本物であった。奴らは大聖女としてのそなたの聖魔術を最も恐れ、そして警戒もしていた。だからこそ、万全の対策を講じていたのだ」
ナーサレアロの言葉を借りるなら、この時点でアスフィリエもまた死人同様だった。彼女の肉体を乗っ取った者は、レアラよりも強力な魔界の魔術を駆使していた。
「大聖女レアラ、主様がお話になったとおりだよ。僕は言ったよね。魔術は無限なんだ。冥界や魔界の魔術の中には、とんでもないものもあるし、僕の魔術が全く通用しない敵だっているんだ、ってね」
レアラは猫の姿でメネテロワの膝の上から語りかけてくるジェレネディエに小さく頷いてみせる。
「はい、よく覚えています。五人もいるのでしたね」
ジェレネディエが軽く前脚を上げながらも、忌々しげに吐き捨てる。
「庭園主をやったのはね、そのうちの一人だよ。奴は、僕がこの手で必ず殺す」
たちまちのうちにジェレネディエから殺気が湧き上がり、全身の毛を逆立てながら凍気が四方に駆けていく。
メネテロワはたまらず小さくない悲鳴を上げ、椅子から飛び上がっていた。
その拍子に膝から転がり落ちたジェレネディエは音もなく氷の床に着地、人化していく。
「あああ、にゃんこさんがあ」
ぶれないメネテロワの名残惜しい声は聞かなかったことにする。
ジェレネディエはメネテロワの頭を軽く撫で、自席に戻っていった。
「そなたたちの聖魔術は強力だが、通用しない相手もいる。そのことを重々承知しておいてほしい」
四人の聖女たちは誰もが俯いたまま真剣に考え込んでいる。
わずかの間を置いてリニエルティが手を挙げた。
「余の許可を得ずとも自由に話をして構わぬ。そなたはリニエルティであったな。大聖女レアラの幼き頃よりの友と聞いておる」
自分の名前を知っていたことに驚きを隠せないリニエルティは、恐縮しきりで何度も頭を下げている。
「畏まらずともよい。いずれ、そなたには余の妻の幼少期からの話を聞かせてもらいたいものだ」
緊張していたリニエルティの表情が途端に緩まる。
「はい、それでしたら喜んで。私の知っている限りを冥王陛下にお伝えできれば幸いでございます」
「ちょ、ちょっとリニエルティ、待ちなさい。あなたは、なにを言っているのですか」
とんでもないことを言ってのけたリニエルティに、慌てたレアラが声を上げるも、時すでに遅しだ。
リニエルティは首を傾げている。
「なにを、と言われても、言葉どおりなのですが。大聖女様と一緒に育ってきた私が、それはもう一から十まで、ありとあらゆることを冥王陛下にお伝えしようかと。どこに問題があるのでしょう」
今度は逆方向にこてんと首を倒し、さも全て伝えるのが当然だとばかりのリニエルティに、再びレアラが声を大にして止めにかかる。
「リニエルティ、本気で怒りますよ。わたくしの過去など、冥王様がお知りになりたいはずもありません。それに一から十まで、って」
レアラは赤面、両手で顔を覆ってしまう。
「リニエルティよ、余の妻は可愛いと思わぬか。余の前では、このような表情を遠慮なく見せてほしいものだ」
指の隙間からわずかながらに冥王の顔を窺う。
リニエルティはにやにや笑いが止まらない。
「冥王様は、やはり意地悪です。わたくしのこのような姿を見て、微笑んでいらっしゃいます」
冥王が今度は声を立てて笑っている。
レアラはその間、両手で顔を覆ったままだった。