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028話 大聖女、惨状を知る

 四人の聖女の興奮冷めやらぬ中、レアラが説明を続ける。



「まずはウィントゥーラ様に向かって跪いているカタランですが、直接彼女に答えさせたく存じます」



 レアラの指名を受けたカタランは、跪いたまま身体の向きだけを変えた。



「冥王様、お答えいたします。私の故郷では、蛇は神聖な生き物として崇められています。私たちは七歳、そして成人を迎える十五歳の誕生日の二度、自らの腕に蛇の牙を突き立てることで恩寵を与えていただくのです」



 カタランは長袖をまくり上げ、しなやかな右腕を露わにした。



「わらわに見せるがよい」



 すかさず歩み寄ってきた、いや這い寄ってきたウィントゥーラがカタランの右腕を持ち上げ、妖しく煌めく瞳でじっくり観察する。



「確かにの。これは紛れもなく蛇の牙じゃ。その方、カタランと言ったか。噛まれれば痛かろう。人界の風習など興味もないがの、これだけは聞いておこうかの。その方、蛇は好きかえ」



 ウィントゥーラはカタランの目を覗き込んだ。妖しく光る目は奥底まで見通す冥眼でもある。



「もちろんでございます。私にとって、蛇は神そのものです。敬愛しております」



 カタランは躊躇なく断言した。


 ウィントゥーラは二ヶ所の咬み跡に指を滑らせ、カタランには全く理解できない言葉を短く唱える。



「ほう、これは珍しい。ウィントゥーラが恩寵を、しかもあれほど嫌っている人界の者に与えるとはな」



 ロシュクヴールが驚きをもって成り行きを見守っている。



「その方の言葉に嘘偽りはなかった。わらわのこの眼は騙せぬでな。ゆえに、わらわの恩寵を与えた。それだけじゃ」



 ウィントゥーラは告げるだけ告げて、カタランの右腕を滑り落とすと、すぐさま背を向ける。這い去っていく後ろ姿にカタランは深々と頭を下げていた。



「ウィントゥーラ様、恩寵を与えていただきましたこと、深く感謝いたします」



 冥王が感慨深く言葉を零す。



「レアラよ、そなたの申した言葉の意味、わかるような気がしておる。無論、余の采配ではないがな。あのウィントゥーラが、自らの意思で異界の者に恩寵を与えるなど、かつて一度たりともなかったのだ」



 レアラの瞳を見つめる。



「十年前、初めてそなたと出会い、妻にすると決めて以来、こうなる定めだったやもしれぬな」



 レアラは戸惑いを隠しきれないまま、問いかけの言葉は出てこなかった。冥王もあえて深追いはしない。



「さて、残り二人となったが、ジェレネディエはもはや紹介不要だな。飛ばして差し支えないであろう」



 軽く流そうとする冥王に対し、ジェレネディエ本人が速攻で待ったをかける。



「ちょ、ちょっと、主様、待ってよ。それはあんまりだよ。あり得ないよね。僕だってちゃんと紹介してくれなきゃ困るよ」



 幾分不貞腐れているジェレネディエにメネテロワが熱烈視線を注いでいる。



「お前には既に決まった相手がおるではないか。そこにいるメネテロワがな。しかも、自ら進んで、欲しいと所望したのではなかったか」


「そ、そうなんだけど、ちょっと、その事情が」



 ジェレネディエにしては珍しく煮え切らない。今さら返品したいと言ったところで無理な話なのだ。



「後ほど、おまえが話をすればよかろう。青橙の魔力を纏いし冥雷猫ジェレネディエよ」



 先ほどとは真逆、肩を落とすジェレネディエの背後から忍び寄るように近づいたメネテロワが両手をしっかりと置いた。



「ジェレネディエ様、このメネテロワ、一生ついていきます。ご指導ご鞭撻をよろしくお願いいたします」



 絶対に離すまいと両手に力をこめるメネテロワ、ジェレネディエは威嚇にも似た猫声を上げるしかできなかった。



「待たせたな。四天王筆頭たる白銀の魔力を纏いし冥冰狼ロシュクヴール」



 凛々しい冰狼が威風堂々と佇んでいる。


 細く鋭い氷柱で覆われた全身からは凄まじい凍気が溢れ出している。


 先ほど、やや棘のある言葉の応酬をしていたシスメイラがうっとりとした目で冰狼を見つめている。最年長だけあって、他の三人ほどに、はしゃぐような真似はしない。



「シスメイラ、先ほどは済まなかった。我にとって主こそが最優先であり、その右腕たる我が遅れを取るわけにはいかぬ。だが、異界のそなたを相手に大人げなかった。恥じるべき行為であった」



 冰狼の頭が緩やかに下がる。毅然とした態度に、シスメイラもまた緩やかに首を横に振った。



「どうぞ頭を上げてください。冥王様、大聖女様が仰ったように、これもなにかのお導きでしょう。雪と氷に閉ざされた極寒の地に生まれた私にとって、空を自在に翔ける雪狼は守り神にも等しいのです」



 微笑むシスメイラを冰狼の銀の瞳が不思議そうに見つめている。二人の間にそれ以上の言葉はなかった。



「四天王と相対する聖女も決まったところで、そなたたちの意志を聞いておきたい」



 事前説明も前提条件も全て抜きにして、単刀直入に尋ねる。


 四人の聖女の意志は明確だ。最年長のシスメイラが代表して答える。



「冥王様、私たちは魔界の侵攻を許すつもりはございません。人界に生きる者の命を守るのが聖女に課せられた最も大切は務めなれば、それを果たしたく存じます」



 シスメイラの言葉に相対するのはもちろん冥冰狼ロシュクヴールだ。冰狼の瞳が凍気に反射して鋭く輝いている。



「そなたたちが既に人界でどのように扱われているかは承知しているであろう。もはや、その義務を果たす必要はないと思わぬのか」



 シスメイラは即答だった。



「ロシュクヴール様、重々承知しております。既に私たちは死人扱いなのでしょう。となれば、聖女としての務めを果たす必要性もございません。ですが、大切な人々が苦しんでいるならば」



 アスフィリエ庭園主の顔が真っ先に浮かんだ。彼女は魔界の手に落ち、亡き者となっている。


 聖女の庭園フィレニエムがどうなったかもわからない。生き残った聖女たちはどれほどいるだろうか。


 シスメイラの思いは大聖女たるレアラが代弁した。



「冥王様、聖女の庭園フィレニエムはどうなったのでしょうか」



 潤んだ瞳で見つめる。冥王は躊躇なく、包み隠さずに答えた。



「レアラよ、そなたの思っているとおりだ。聖女の庭園フィレニエムは完膚なきまでに破壊され尽くし、跡形も残っておらぬ。余はそのように報告を受けておる」



 冥王は玉座の間の入口近くに控える二人に視線を走らせる。四人の聖女を誘ってきた二人だった。



「大聖女レアラ、あそこで控えているのは僕の部下だよ。君を先導してきたモティエルナの双子の弟で、彼らも人界に潜入していたんだ。魔界の動向を探るためにね」



 ジェレネディエの頷きを待って、二人が足音一つさせずに近づいてくる。



「僕が許すよ。テイエドゥロ、マシュリアド、謁見の距離にて再度の報告をするんだ。ありのままにね」


「御意」



 さすがに双子兄弟、見事に声がそろった。

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