テイエドゥロ、マシュリアドが語ったところによると、聖女の庭園フィレニエムは痕跡さえ残らないほどに破壊され、内部に収められていた貴重な遺物や書物、資料類など一切が灰になったという。
破壊に用いられたのは漆黒の獄焔だった。
逃げ遅れて焔に包まれた聖女たちも数多くいたという。
たまらずリニエルティが声を上げていた。
「どうして、どうして助けてくださらなかったのですか。お二人は目の前でご覧になっていたのでしょう。それなのに、どうして」
言葉が途切れ、そのまま泣き崩れてしまう。
ここまで感情を露わにするなど、リニエルティにしては非常に珍しい。
レアラが立ち上がり、三人の聖女に目配せした。
カタランとメネテロワが駆け寄り、頽れたリニエルティを抱え上げ、椅子に座らせる。それを確認したレアラは、反論もせずに俯き加減のテイエドゥロとマシュリアドに視線を向けた。
「テイエドゥロさん、マシュリアドさん、今しがたのリニエルティの発言を本人に代わって謝罪いたします。お二人には手出しできない事情があったと愚考いたします。よろしければ、その時の話を詳しく教えていただけませんか」
絶対的な主たる冥王の妻になろうかというレアラから頭を下げられた二人は大慌てで、頭を上げるよう懇願した。
ジェレネディエからの発言の許可を待って、テイエドゥロが口を開く。
「大聖女レアラ様、我々は冥界の者ゆえ、人界では力が半減されてしまうのです。ましてや、聖女の庭園フィレニエムではさらに減衰されます。隠密には適していますが、戦いにおいては全く役に立てません。我々にできたのは、逃げ惑う聖女たちを安全な場所に匿うことのみでした」
うな垂れていたリニエルティがはっと顔を上げ、勢い込んで尋ねてくる。
「あ、あの、どの程度の聖女を匿っていただけたのでしょうか」
続けざまに先ほどの非礼を丁寧に詫びた。
「取り乱してしまいました。あるまじき無礼な発言をお許しください」
とんでもないとばかりにテイエドゥロ、マシュリアドの双子がそろって首を横に振っている。
「早く続けなよ。時間もあまりないんだからさ。簡潔かつ詳細にね」
真逆の注文を出すジェレネディエに双子は、いつものことだとばかりに苦笑しきりだ。
「およそ二十人です。聖女の庭園フィレニエムには関係者を含めて五十人程度いたと思います。手を尽くしたのですが、申し訳ございません」
「どうか頭を下げないでください。漆黒の獄焔の恐ろしさは誰よりもわたくしが知っています。そのような状況下で二十人も助けてくださったのです。感謝しかありません」
大聖女たるレアラの言葉は重い。
「リニエルティ、あなたの気持ちもわかります。聖女の庭園フィレニエムにはあなたの親しい後輩聖女も残っていたのでしたね。彼女の安否が気になるでしょうが、今は後回しです。それ以上に大事なことがあります。よいですね」
リニエルティは力なく頷くだけだった。事情を知るカタランとメネテロワが慰めている。
「テイエドゥロさん、マシュリアドさん、話を続けてください」
二人は救出した聖女たちを安全な場所に匿った後、聖女の庭園フィレニエムを襲撃した魔界の者どもを追ったという。
「早く答えなよ。皆が退屈しているじゃないか。冥王様を、大聖女レアラを待たすなんて万死に値するよ」
またしても上司たるジェレネディエが急かしてくる。
「は、はい、ジェレネディエ様。恐れながら、睨んだとおりでした。奴らはヴェディエリに舞い戻り、王都に入った途端に痕跡が途絶えました」
双子兄弟はジェレネディエに、さらには冥王にも確認を求める。
二人はそろって鷹揚に頷いてみせた。
「奴ら魔界の者どもの根城はヴィルドゥアン王国王都ヴェディエリであり、ブレジェンナ王宮内部であります。今や王族の者たちの命は風前の灯かと」
「王族の中で存命なのはどなたでしょうか」
双子兄弟はそろって小首を傾げてから、おもむろに答える。
「あのような状態で生きているかと問われますと、答えに窮するのですが。今や国王は完全な廃人となり、話すことさえできない状態です。聖魔術をもってしても回復は不可能かもしれません」
冥界屈指の魔術師たるジェレネディエの部下たちの言葉だ。疑う余地はない。
改めてレアラが尋ねる。
「やはり聖魔術では、わたくしの究聖魔力では無理でしょうか。無理だとしたら、元に戻す方法はないものでしょうか」
双子兄弟が今度は大きく首を傾げる一方で、驚きの声が四人の聖女たちから次々と上がった。
うな垂れていたリニエルティでさえ顔を上げ、レアラを見つめている。それは縋るような瞳でもあった。
「大聖女様、まさか究聖魔力にお目覚めになったのですか。初代大聖女様のみが使えたという究聖魔力は、死者さえ蘇生させたと古文書に記されていました」
それを調べる手立ては失われてしまった。貴重な古文書の類は全て焼き尽くされている。
「大聖女殿、死者蘇生は」
ナーサレアロが言葉を紡ぎかけたところで、先んじてレアラが被せた。
「それらは全て灰と化しました。たとえ、なにかしらの手がかりが残っていたとして、そのうえでわたくしが究聖魔力を自由自在に使いこなせたとして、死者蘇生は行いません。してはならない行為だとわたくしは考えています」
冥王が感心したとばかりに拍手を贈ってくる。
「ナーサレアロ、先ほど言いかけたことがあったな」
ナーサレアロは御意とばかりに頷き、口を開く。
「死者蘇生は冥界にとって禁忌にも等しいのだ。死者の赴く先は遍く冥界と定められている。死者を再び生者とすることは、冥界の掟を破るに等しい。主の大きな負担にもなるのだからな」
死者の蘇生は人界の者にとって、永遠に叶えられない願望であり、そうであり続けなければならない。少なくとも大聖女レアラの考えは揺るがない。
「冥王様、死者の蘇生のためにわたくしが聖魔術を使うことはありません。わたくしにとっての聖魔術は、生者のためにこそあるものだと理解しています」
「レアラよ、余もそうであってほしいと願っておる。生者には生者の、死者には死者の理があるのだ。いかなる思いがあろうと、軽々しく破ってよいものでない」
レアラは我が意を得たりとばかりに頷くと、四人の聖女それぞれと目を合わせて無言で会話した後、双子兄弟へと視線を移した。
「第二王女、第二王子は双尖塔最上階の牢獄にそれぞれ幽閉されています。必要最低限の食事などは提供されているようですが」
ここまではテイエドゥロが語り、先をマシュリアドが引き継ぐ。
「日に日に魔力反応が弱まっています。何度か忍び込もうとしたのですが、魔界の者どもの警戒が異様に厳しく、未だ成功していません」
危険な状態だ。
レアラから見ても、第二王女と第二王子、この二人だけは祝典の場でまともだった。
四人の聖女を守るだけで精一杯で、二人に向ける力など残されていなかった。
「お二人の見立てで結構です。もってどの程度でしょうか」
双子兄弟が顔を見合わせ、頷き合うと、マシュリアドが答えた。
「大聖女レアラ様、恐らく一週間前後といったところかと推察いたします」