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030話 大聖女、爆弾を落とす

 レアラは苦悩していた。


 できるものなら、まだまだあどけなさの残る第二王女メザリナと第二王子ファランだけは助けたい。


 あの時、茫然と立ち尽くしていた二人を安心させるため、力強く頷いてみせた。二人の表情が安堵に染まったことを思い出す。



「余の妻にそのような顔は似合わぬ。なによりもだ。余は悲しいぞ。妻の願い一つさえ叶えられない夫と思われぬなど、余の沽券にかかわる由々しき問題だ。ロシュクヴール、報告せよ」



 冰狼の顔が凛々しく持ち上がり、顎門が開く。



「既に我が第一軍は準備完了、いつでも人界へ赴くことができます。ジェレネディエ率いる第二軍、ウィントゥーラ率いる第三軍、ナーサレアロ率いる第四軍もまた同じく、我が主の采配を待つばかりとなっております」



 冥王が矢継ぎ早に聞いてくる。



「各軍の構成と規模はどうなっておる」



 ロシュクヴールが間髪入れずに答える。


 各軍ともに四天王直属の精鋭六冥将が率いる六部隊となり、各部隊は百から二百程度の兵で構成されている。


 さらに四天王率いる軍とは別に幾つかの遊軍が存在する。それらは冥界でも冥王のみが動かせる隠密機動隊であり、四天王とはまさしく表裏一体、互いに足りない部分を補完しあう関係だ。



「二十四部隊でおよそ三千といったところか。魔界を相手にするには厳しいところか。ただし、九柱の掟があるゆえ、余と同じく魔王も表立っては動けぬ。奴がどこまで深く関与しているかだが」



 玉座背後から凍気が走り、くぐもった声が響いてくる。



「ひゃっ」



 レアラは思わず驚きの声を上げていた。気配に全く気づけなかった。



「レアラよ、振り返らずともよい。この者は隠密機動隊で隊長を務める余の腹心だ。余の四天王でさえ顔を知らぬ。そなたも知らぬ方がよい」



 冥王が釘を刺してくる。レアラは好奇心に駆られながらも頷くしかなかった。



「よしよし、いい子だ。余の妻は物わかりがよくて助かる」



 途端にレアラは頬を膨らませ、抗議の目を冥王に向ける。



「余の妻はどの表情も愛らしい。さて、レアラよ。大聖女としてのそなたにも問おう。そなたは人界をどうしたいと考えておる」



 四人の聖女の結論は先ほど聞いた。あとは肝心要のレアラの言葉だけだ。



 頬を膨らませたり、赤らめたり、何かと忙しいレアラの表情が一瞬にして引き締まる。


 凛とした佇まいはまさに大聖女と呼ぶに相応しい貫禄だ。



「今のわたくしは、冥王様に助けていただいた一人の女でしかなく、人界に戻る力もありません。たとえ戻れたとしても、大聖女としての力をどこまで使えるのか。それでも、わたくしは人界で苦しんでいる人たちを一人でも多く助けてあげたい。その気持ちに嘘偽りはございません」



 言葉にはせずとも、冥王には全て見通せている。


 レアラにとっての最優先は、第二王女メザリナと第二王子ファランの救出だ。


 そして、この瞬間に冥王の最優先も決した。



「よくぞ申した。それでこそ、余の妻だ。妻の願いを叶えることこそ、夫たる余の務めだ。そうだな、余の四天王よ」



 冥王の、レアラの、四人の聖女たちの視線が四天王に一斉に注がれる。各々の思惑が色濃く反映されている。



 即答はナーサレアロだ。



「主の仰せのままに。俺に異論は毛頭ない。第四軍はいつでも動かせる。リニエルティ、そなたも同行するということでよいか」



 リニエルティにも全く異論はない。喜びに満ちた表情を見れば一目瞭然だ。



 ウィントゥーラを飛ばして、ジェレネディエが次に答える。



「僕も主様に賛成だよ。僕は大聖女レアラが信頼に足る人界の人物だとわかっているからね。僕の第二軍も準備は整っているけど、できれば進軍は最後にしてほしいな。少しばかりメネテロワを鍛えておきたいんだ」



 立ち上がったジェレネディエがメネテロワを見据えて修業を告げた。


 メネテロワは少しばかり驚きつつも、リニエルティ同様に表情から喜びが溢れている。



「ウィントゥーラ、貴様はどうするのだ」



 なかなか口を開かないウィントゥーラにロシュクヴールが催促する。



「ロシュクヴールよ、お主も考えが変わったとみえる。主殿に賛同ということなら、今度は三対一で形勢逆転、わらわ一人が反対となるかの」



 冥王が静かに言葉を紡ぐ。



「反対なら反対で構わぬ。余はおまえの意思を尊重する。ただし、その場合、第三軍指揮権は他の者に委ねることになる」



 カタランの視線が痛いほどに突き刺さってくる。


 不安、緊張、心配、むしろどちらかと言えば、ウィントゥーラを気遣うような感情が大半だ。


 ウィントゥーラは仕方がないとばかりに大きく息を吐き、何度か頭を振ってから、ようやく決心したのか言葉を吐き出した。



「わらわだけが悪者になったような気分じゃ。それは望むところではないでな。仕方がなかろうの。大聖女レアラよ、わらわはジェレネディエほどにそなたを信用しておらぬ。じゃが、わらわ自ら恩寵を与えたカタランは別じゃ。あの者をわらわの参謀とするなら第三軍を率いて人界へ進軍しようぞ」



 思わずカタランが立ち上がって、深々と頭を下げてくる。


 ウィントゥーラは鬱陶しそうに、余計なことはするなとばかりに手を払った。あらぬ方向を見ているウィントゥーラの表情は確かに柔らかかった。



「我が主よ、御意にございます。我が第一軍、いついかなる時でも我が主とともに」



 シスメイラが期待のこもった目を向けてきている。冰狼の瞳がそれを捉える。



「そなたは既に我が第一軍の一員なれば、同行は既定路線だ。そなたの聖魔術に期待している」



 嬉しさを全面に出して何度も頷くシスメイラだった。



「よし、これで人界への進軍準備が整った。進軍開始は人界時間で三日後早朝とする。それまでに幾度が軍議を開くことになるであろう。ここにいる者は集ってもらいたい」



 決行日時が決まったところで、四人の聖女たちが安堵したのも束の間、レアラがここまでで最大のとんでもない爆弾を落としていった。



「あ、あの、冥王様、その、誠に言いにくいのですが。わたくしは、その、冥王様の妻、なのでしょうか」

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