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第12話 ぼくの死体を見つけてほしい。

「時間って残酷だね。ぼくたちを引き裂いてしまう。時間こそモーゼの杖なのかもしれない」


確かにそうだ。時間がぼくたちを隔てている。あの時の姿のままの優一と、身体だけは大人になったぼく。どこか分かり合えないのではないかという思いさえ湧いてくる。優一との間には、十年という時間が壁のようにそびえているのだ。


「でもさ、取り戻せると思うんだ」

「え?」

「タイムスリップは無理かもしれない。だけど友達ってさ、永遠じゃなくても、またなろうと思えばなれるじゃないか」

「でも、連絡先も知らないんだ」

「何が手がかりはないの? 花音は知らないの?」

「花音も連絡とってないみたい。同窓会で会えるかもってことを期待してたから」

「それだ!」

「え?」


優一は目を輝かせて、立ち上がった。


「同窓会に行くんだよ恵斗も。どうせ君のことだから、いかないつもりでいるんだろうけど」

「なんで分かるんだよ」

「面倒なことは避ける、それが恵斗だから」


ぼくは小さく笑った。優一には全てお見通した。わけはない。優一は親友だったのだから。


「同窓会に行ってよ。太一郎や正哉の話を聞かせてよ」

「そんなに知りたきゃ、自分でここを出ればいいじゃないか」

「だから、出たくないんだってば……」


急に声が小さくなった。


「ぼくがここを出るってことは、ぼくは完全に死ぬってことだと思うんだ。現実世界でのぼくは、きっとあの後殺された。この時間の狭間に逃げ込まなかったら、あのまま生き絶えていたんだと思う」

「そうとは限らないじゃないか」

「でも証明できる?」

「それは……」


優一の死体でも見つからない限り、殺されたとは言い切れない。でももし、本当に殺されたのだとしたら、優一の言う通り、元の世界に戻るのは危険だ。


「でもね、潮時だと思うんだ」

「どういう意味?」

「ぼくはぼくの死を、受け入れる必要があるんじゃないかって。つまりは──」

「やめろ!」

「どうして?」

「これ以上は、やめようよ。君は今ここにいて、ぼくとこうして話しているじゃないか。これが現実なんだから」

「でもぼくは君と再会してさ、余計に寂しくなった。会うといつか別れなければならない。それも現実でしょ?」


潤んだ目で訴えかけてくる。


「ねえ恵斗。お願いがある。ぼくの死体を見つけて欲しい」

「え?」

「ぼくはあの後どうなったのか。ぼくも本当は知りたい。ぼくはぼくを消したけど、それはぼくの願望に過ぎないのかもしれない。本当は、ぼくの死体が──」

「やめろよ!」

「なんで? あの日のこと、知りたがったの恵斗だよ?」

「そうだけど……」

「ぼくだって、こんなに心が掻き乱されるのは久しぶりなんだ。嬉しさと絶望が代わる代わる襲いかかってくる。恵斗と会うことは、ぼくだって苦しいんだ」 

「優一……」


なぜ思ってやらなかったのだろう。十歳の優一の苦しみを、なぜ想像しなかったんだろう。ぼくは自分の好奇心だけで、時計の針を動かしてしまったのだ。時間の狭間で優一が、それでも元の世界に戻りたくないと言う気持ちは、ぼくの想像を絶するに違いないのに。だけど……。


「優一の死体なんて、ぼくには見つけられないよ」


ぼくは低い声でそう答えた。


「そっか。まあ、ぼくも勝手だよね。戻りたくないって言いながら、死体を見つけてくれなんて」

「ひどいよ」


ぼくは子供のように言った。


「ひどいよ優一……。ぼくにそんなことできる訳ないじゃないか。そんなの認めたくないじゃないか。君はあの日、ぼくの誕生日を祝ってくれた。今度は君の誕生日に、ぼくが祝うはずだったのに。殺されただなんて、ぼくは信じない。信じない!」


ぼくは気がつくと、涙で濡れた目で腕時計を睨みつけていた。優一から、殺されたなんて事実から、逃げようと思った。


「行っちゃうの?」


寂しげな細い優一の声が、歪んでいく。ぼくは返事もせず、腕時計を見続けて、やがて元の世界へと、戻って行った。


ロシア語の教授の、滑らかで美しい声が響いていた。ぼくは今までよりも強い、胸の苦しみに襲われた。ぼくは大きく息を吐いて自分をなだめた。これが現実。ここが現実。そう言い聞かせて。


講義が終わり、教室を出ようと黒板の前を通りかかり、ぼくはゾッとした。

黒板の低いところに、子供の手形がクッキリと付いていたのだ。ふざけた優一が、教授の真似をして黒板を叩いた時についた手形に違いない。ぼくは恐る恐る、その手形に、自分の手を合わせた。

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