「さてと、何から始めようか」
「始める?」
「優一の、死体探し」
「ああ……」
ほんと、穏やかじゃない会話だ。でも他に選択肢があるかと言うと、何もない。十年と言う月日を、無駄にはしたくない。
ぼくたちは、当時のことをよく知る人物、つまりぼくの父親に話を聞くことにした。
「お父さん、あの時のこと、訊かれるの嫌かな」
「どうだろう。僕たちと同じかもしれない」
「同じ?」
「つまりはさ、話すのは辛いけど、でも誰かに話したい。誰かと分かち合いたい、みたいな」
「そっか。そうだよね。そういう話、やっぱりしないんだ」
「しない。それどころか、普通の話もなかなかしなくなったよ」
「変わらなきゃね、恵斗も」
そうだ。ぼくは変わらないといけない。人を避けるのも、ただ何かを待つのも、自分らしくあることとは違う。
ぼくたちは、ぼくの家へと向かう途中、優一の家の前を通りかかった。花音が言っていたように、庭がかなり荒れている。誰も手をつけられないくらいに草が伸び、郵便受けには新聞が挟まったままになっていた。
「誰か、住んでるよね」
「お父さんがいるはずだよ」
辺りは少し暗くなり、各家の門灯がついているのに、優一の家の門灯は、ついていなかった。蜘蛛の巣が張り、プラスチックのカバーがひび割れている。
「お母さんと柚葉ちゃんが出て行って、気落ちしたのかな」
「かもしれない」
「優一のお父さんに話を聞くって手もあるとは思うけど」
僕たちは顔を見合わせる。
「無理か、やっぱり」
花音がため息をつく。今ここでインターフォンを鳴らすことはできる。でもそのあと、優一に何があったのか、などと直接訊く勇気はなかった。ぼくたちは、足早にぼくの家に向かった。
長屋の前に来て花音は足を止めた。
「変わってない、ここも」
「親父、驚くだろうな。花音に会ったことは言ってあるけど」
ぼくは家の戸を開けた。
「おかえり」
いつもの声がした。ぼくはいつもより少し大きな声で答える。
「ただいま」
ぼくたちは家の中に入っていく。父親はゴソゴソと冷蔵庫の野菜室を漁っていた。花音のことにはまだ気づかないでいる。
「親父、お客さん」
「え?」
親父が顔を上げた。花音は軽く頭を下げた。
「ひょっとして、ひょっとして」
「花音です。お久しぶりです」
「うわあ、大きくなったね。あー嬉しいなぁ来てくれて。いや恵斗から話は聞いたよ? 会ったって。でも来てくれるなんてさ、何年振りだろう」
「ちょうど十年です」
「そっか、十年か」
父親は花音の足先から頭の先までじっくりと見る。
「親父、そんなに見たら花音だって困るだろ」
「ああそうだね、ごめんごめん」
開けっぱなしの冷蔵庫が、ピーピーと音を立てた。慌てて親父は野菜室のドアを閉めた。
「何か食べる? お腹空いてる?」
「ペコペコです」
花音がそう答えると、親父の目が輝く。
「じゃあ、今すぐ何か作るから待ってて」
親父はまた野菜室を開け、キャベツとにんじんを取り出した。
「野菜炒めしかできないけど」
親父が嬉しそうにしている。ぼくはなぜか、同じように嬉しくなった。でもこのあと、親父には嫌な話を聞かなければならない。そのことが気がかりだった。
「恵斗、恵斗の部屋が見たいな」
「え? まあ、いいけどさ……」
ぼくは部屋のドアを開けた。普段からあまり散らかさないようにはしている。でもさすがに人に見られるのは恥ずかしい。
「変わってないね、ここも」
「だよね」
花音は部屋を見回し、棚に置いてあったトランプに目をつけた。
「これ、あの時の」
「うん」
誕生日会をした時、遊んだトランプ。ぼくは大事にしているものだ。
「七並べ、優一強かったよね」
「うん。スピードなら勝てると思ったけど、意外とあいつ、素早くてさ」
「頭が回るんだよ優一は」
「何やらせても、勝てる気がしなかった」
「そう? あたしはケンカなら勝てる気がしてた。優一にも、恵斗にも」
花音が笑う。つられてぼくも笑った。ぼくたちは料理が出来上がるまでの時間、二人だけで七並べをした。
「これってさ、先に並べたものが勝ちだよね」
「そうだよ?」
「じゃあ、ぼくが先攻だから、ぼくの勝ちなんじゃないの?」
「え?」
ぼくたちは顔を見合わせた。少しの間を置いて、ぼくたちは吹き出した。
「できたよ」
父親の声が響いた。そんなに大きな声を出さなくても聞こえるような小さな家だ。壁は薄いし、隣近所にまで響き渡っていただろう。
食卓には、ご飯と野菜炒めが並んでいた。
「味噌汁は勘弁してくれよな。俺最後に残るつぶつぶが苦手だからさ」
「あーそうでしたよね」
「知ってたの?」
「恵斗が言ってたことがあります」
「そうか」
「じゃあ、ありがたくいただきます!」
花音が手を合わせて言った。ぼくと父親も「いただきます」と手を合わせた。
誰かと食卓を囲むのは何年振りだろう。ぼくは少し硬いキャベツを噛み締めながらそう思った。
ご飯と野菜炒めを食べ終え、父親がお茶を入れた。ゆっくりとした時間が流れる。おもむろに父親が口を開いた。
「それで、何か訊きたいことがあるんじゃないのか?」
ぼくはゴクリとお茶を飲み込んだ。むせそうになるのを抑える。ぼくが口を開こうとした時、花音が湯呑みを食卓にドンと置いた。
「そのことですが、単刀直入にお聞きしたいと思います」
「何?」
「あの時のこと、教えてください。覚えてる限りのことを」
「そんなことだと思った。いつか、いつかこんな日が来ると思ってたよ」
「じゃあ、何か知っているんですね」
「いや、残念だけど、あまり知らないんだ。俺の話が役に立つかどうか」
「なんでもいいんです。わたしたち、優一を見つけたいんです」
花音が立ち上がる。
「落ち着いてよ花音ちゃん。さあ、座って」
父親に促されカノンが椅子に腰掛ける。
「見つけると言うことは、真実を知ると言うことだ。見たくないものを、見なければならないかもしれない」
「覚悟してます」
「恵斗もか?」
「あ、うん」
ぼくは大きくうなずく。
「そうか。じゃあ、どこから話そうか」
父親が食卓に肘をつき、悲しげな目をしたのを、ぼくは見逃さなかった。