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第14話 家

「さてと、何から始めようか」

「始める?」

「優一の、死体探し」

「ああ……」


ほんと、穏やかじゃない会話だ。でも他に選択肢があるかと言うと、何もない。十年と言う月日を、無駄にはしたくない。

ぼくたちは、当時のことをよく知る人物、つまりぼくの父親に話を聞くことにした。


「お父さん、あの時のこと、訊かれるの嫌かな」

「どうだろう。僕たちと同じかもしれない」

「同じ?」

「つまりはさ、話すのは辛いけど、でも誰かに話したい。誰かと分かち合いたい、みたいな」

「そっか。そうだよね。そういう話、やっぱりしないんだ」

「しない。それどころか、普通の話もなかなかしなくなったよ」

「変わらなきゃね、恵斗も」


そうだ。ぼくは変わらないといけない。人を避けるのも、ただ何かを待つのも、自分らしくあることとは違う。

ぼくたちは、ぼくの家へと向かう途中、優一の家の前を通りかかった。花音が言っていたように、庭がかなり荒れている。誰も手をつけられないくらいに草が伸び、郵便受けには新聞が挟まったままになっていた。


「誰か、住んでるよね」

「お父さんがいるはずだよ」


辺りは少し暗くなり、各家の門灯がついているのに、優一の家の門灯は、ついていなかった。蜘蛛の巣が張り、プラスチックのカバーがひび割れている。


「お母さんと柚葉ちゃんが出て行って、気落ちしたのかな」

「かもしれない」

「優一のお父さんに話を聞くって手もあるとは思うけど」


僕たちは顔を見合わせる。


「無理か、やっぱり」


花音がため息をつく。今ここでインターフォンを鳴らすことはできる。でもそのあと、優一に何があったのか、などと直接訊く勇気はなかった。ぼくたちは、足早にぼくの家に向かった。


長屋の前に来て花音は足を止めた。


「変わってない、ここも」

「親父、驚くだろうな。花音に会ったことは言ってあるけど」


ぼくは家の戸を開けた。


「おかえり」


いつもの声がした。ぼくはいつもより少し大きな声で答える。


「ただいま」


ぼくたちは家の中に入っていく。父親はゴソゴソと冷蔵庫の野菜室を漁っていた。花音のことにはまだ気づかないでいる。


「親父、お客さん」

「え?」


親父が顔を上げた。花音は軽く頭を下げた。


「ひょっとして、ひょっとして」

「花音です。お久しぶりです」

「うわあ、大きくなったね。あー嬉しいなぁ来てくれて。いや恵斗から話は聞いたよ? 会ったって。でも来てくれるなんてさ、何年振りだろう」

「ちょうど十年です」

「そっか、十年か」


父親は花音の足先から頭の先までじっくりと見る。


「親父、そんなに見たら花音だって困るだろ」

「ああそうだね、ごめんごめん」


開けっぱなしの冷蔵庫が、ピーピーと音を立てた。慌てて親父は野菜室のドアを閉めた。


「何か食べる? お腹空いてる?」

「ペコペコです」


花音がそう答えると、親父の目が輝く。


「じゃあ、今すぐ何か作るから待ってて」


親父はまた野菜室を開け、キャベツとにんじんを取り出した。


「野菜炒めしかできないけど」


親父が嬉しそうにしている。ぼくはなぜか、同じように嬉しくなった。でもこのあと、親父には嫌な話を聞かなければならない。そのことが気がかりだった。


「恵斗、恵斗の部屋が見たいな」

「え? まあ、いいけどさ……」


ぼくは部屋のドアを開けた。普段からあまり散らかさないようにはしている。でもさすがに人に見られるのは恥ずかしい。


「変わってないね、ここも」

「だよね」


花音は部屋を見回し、棚に置いてあったトランプに目をつけた。


「これ、あの時の」

「うん」


誕生日会をした時、遊んだトランプ。ぼくは大事にしているものだ。


「七並べ、優一強かったよね」

「うん。スピードなら勝てると思ったけど、意外とあいつ、素早くてさ」

「頭が回るんだよ優一は」

「何やらせても、勝てる気がしなかった」

「そう? あたしはケンカなら勝てる気がしてた。優一にも、恵斗にも」


花音が笑う。つられてぼくも笑った。ぼくたちは料理が出来上がるまでの時間、二人だけで七並べをした。


「これってさ、先に並べたものが勝ちだよね」

「そうだよ?」

「じゃあ、ぼくが先攻だから、ぼくの勝ちなんじゃないの?」

「え?」


ぼくたちは顔を見合わせた。少しの間を置いて、ぼくたちは吹き出した。


「できたよ」


父親の声が響いた。そんなに大きな声を出さなくても聞こえるような小さな家だ。壁は薄いし、隣近所にまで響き渡っていただろう。

食卓には、ご飯と野菜炒めが並んでいた。


「味噌汁は勘弁してくれよな。俺最後に残るつぶつぶが苦手だからさ」

「あーそうでしたよね」

「知ってたの?」

「恵斗が言ってたことがあります」

「そうか」

「じゃあ、ありがたくいただきます!」


花音が手を合わせて言った。ぼくと父親も「いただきます」と手を合わせた。

誰かと食卓を囲むのは何年振りだろう。ぼくは少し硬いキャベツを噛み締めながらそう思った。


ご飯と野菜炒めを食べ終え、父親がお茶を入れた。ゆっくりとした時間が流れる。おもむろに父親が口を開いた。


「それで、何か訊きたいことがあるんじゃないのか?」


ぼくはゴクリとお茶を飲み込んだ。むせそうになるのを抑える。ぼくが口を開こうとした時、花音が湯呑みを食卓にドンと置いた。


「そのことですが、単刀直入にお聞きしたいと思います」

「何?」

「あの時のこと、教えてください。覚えてる限りのことを」

「そんなことだと思った。いつか、いつかこんな日が来ると思ってたよ」

「じゃあ、何か知っているんですね」

「いや、残念だけど、あまり知らないんだ。俺の話が役に立つかどうか」

「なんでもいいんです。わたしたち、優一を見つけたいんです」


花音が立ち上がる。


「落ち着いてよ花音ちゃん。さあ、座って」


父親に促されカノンが椅子に腰掛ける。


「見つけると言うことは、真実を知ると言うことだ。見たくないものを、見なければならないかもしれない」

「覚悟してます」

「恵斗もか?」

「あ、うん」


ぼくは大きくうなずく。


「そうか。じゃあ、どこから話そうか」


父親が食卓に肘をつき、悲しげな目をしたのを、ぼくは見逃さなかった。

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