冬の夜は静かだった。
気温が下がり、街全体が雪に覆われると、音も匂いも消えてしまったように感じる。直也はそんな冷たい空気の中、自分の部屋の暖房を強め、膝に毛布を掛けながらコーヒーを片手にテレビを見ていた。
部屋は整然としており、一人暮らしの彼の日常がよく表れている。机の上には読みかけの本や仕事用のパソコン、棚には趣味で集めたアニメのBlu-rayやフィギュアが整然と並んでいる。それらを見て、直也はふと苦笑した。
「……これも全部、俺が頑張って働いて手に入れたものか。」
雪が降りしきる窓の外を眺めながら、直也は一人呟いた。この数年間、仕事に追われる毎日を過ごしてきた。生活は安定しているものの、満たされないものもあった。
「……また山にでも行きたいな。」
ぼんやりとした思考の中で、ふと数年前の出来事がよぎる。雪山で命を失いかけたあの日――そして、彼の命を救った不思議な女性の姿。長い白髪に、透き通るような白い肌。冷たい瞳を持ちながらも、なぜか優しさを感じさせる彼女――雪女。
「……助けてもらったのに、あれから何もないままだな。」
直也はコーヒーを一口飲むと、静かに目を閉じた。彼女が現れたのは命の危機だったが、それ以来、どこか彼の心に残っている存在だった。もう一度会いたいという気持ちがないわけではなかったが、現実的に考えれば、それは非現実的すぎる願いだ。
そんな考えにふけっていた直也だったが、突然、不意に現実へと引き戻された。
「……誰だ?」
部屋のドアをノックする音がしたのだ。こんな時間に訪ねてくる人などいない。友人もほとんどおらず、仕事関係の人間が訪ねてくるような状況でもない。
直也は眉をひそめながら、玄関に向かった。
「こんな時間に……まさか宅配か?」
軽い疑念を抱きながらドアを開けると、そこに立っていたのは驚くほど美しい女性だった。肩まで流れる長い白髪、透き通るような白い肌、そして鋭いながらもどこか懐かしさを感じる瞳――彼女だった。
直也は目を見開き、一瞬声を失った。
「……あなたは……?」
「旅の者ですが、道に迷い、そうこうしているうちに日も暮れてしまい……難儀しております。一夜の宿をお貸しいただけませんか?」
彼女の声はどこか穏やかで、しかし冷たさも感じさせる不思議な響きを持っていた。
直也は数秒間、言葉を失ったままだった。こんな唐突な再会があるだろうか?しかし、彼女の顔には確かに見覚えがある。
「……雪女さん?」
直也がそう口にすると、女性の表情が一瞬だけ崩れた。
「ほえ?なぜバレた?せっかく人間に変化してきたのに……」
そう言うと、彼女は小さくため息をつき、肩をすくめた。そして、その場で真の姿を表すかのように、どこか非現実的な冷気をまとい始めた。
直也はその変化に驚きつつも、確信した。この女性は間違いなく、数年前に雪山で命を救ってくれた雪女だ。
「今時、道に迷ったなんて言い訳もおかしいし、そもそも“誰にも話すな”って言ったのに自分から来るなんて、台無しじゃないか?」
直也が呆れたように言うと、彼女は微かに眉をひそめた。
「ふむ……その点は耳が痛いが、妾には妾の事情があるのじゃ。」
「事情?」
「そうじゃ。お主が秘密を守っておるか確かめに来た。」
「えぇ……そんなことでわざわざ来たのかよ……」
直也は心の中で頭を抱えた。非現実的な出来事に巻き込まれるのは、彼にとってもうこりごりだったはずだ。しかし、彼女の突然の登場に心のどこかで懐かしさを覚えている自分もいた。
「とにかく、寒いんだから中に入れよ。道に迷ったっていう割には全然寒そうじゃないけどな。」
「それは当然じゃ。妾を誰だと思っておる?」
そう言いながらも、雪女は直也の言葉に素直に従い、部屋の中に入った。
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再会の余韻
部屋に入ると、暖かさにほっとしたような表情を見せる雪女。しかし、直也はそれを見逃さなかった。
「さっきから気になってたけど、なんか人間っぽくなったよな?」
「む……妾がどれほど人間の姿を研究してきたと思っておる?こうして普通の人間として振る舞うのも楽ではないのじゃ。」
「いや、別に振る舞わなくていいけど……普通に雪女らしくしてればいいんじゃないか?」
雪女は直也の言葉に微かに笑みを浮かべた。
「ふむ……まあ、妾の正体がバレた以上、変装する必要もなかろう。それよりも、改めて問うが、お主は妾との約束を守っておるか?」
「約束って、誰にも話すなってやつだろ?もちろん守ってるよ。」
「ふむ、ならば良い。」
雪女はそう言うと、直也の部屋を興味深そうに見回した。棚に並ぶBlu-rayやフィギュア、仕事用のPCに目を輝かせる。
「この部屋……妾には未知のものばかりではないか。直也よ、これは何じゃ?」
「ちょっと待て!勝手に触るな!」
こうして、直也と雪女の奇妙な再会は幕を開けた。そして、再び始まることになる二人の奇妙な同居生活――その序章だった。