秋祭りを楽しみ尽くした二人は、夜道を歩いてアパートへと帰ってきた。周囲はすっかり静まり返り、提灯の灯りも一つずつ消えていく。冷たい夜風が心地よい反面、秋の深まりを感じさせる。
「今日は楽しかったのう。」
お雪が満足そうに呟く。両手には、たくさんの屋台の食べ物やゲームの戦利品が抱えられている。直也は苦笑しながら、自分の財布の軽さを思い出していた。
「そりゃ良かったよ。けど、お前、食べ過ぎだぞ。明日お腹壊しても知らないからな。」
「むぅ……妾の身体が、そんな軟弱なものに思えるか?」
お雪は得意げに胸を張るが、その姿に直也は呆れたように頭を掻いた。
「いや、お前のことだから平気なんだろうけどさ……でも、限度ってものがあるだろ。」
「祭りとは、限界を超えて楽しむものではないのか?」
その無邪気な答えに、直也は笑ってしまった。
「まあ、確かにな……お前の言うことも一理あるよ。」
アパートに戻ると、お雪はすぐにソファに倒れ込み、戦利品をテーブルに並べ始めた。りんご飴、チョコバナナ、焼きそば――どれも食べきれずに持ち帰ったものだ。
「さて、直也よ。この“冷蔵庫”とやらに入れれば、これらはまた明日でも食べられるのじゃな?」
「そうだよ。でも、先に全部片付けてくれよ。テーブルが汚れるだろ。」
「むぅ……面倒じゃのう。」
お雪はしぶしぶ片付けを始めたが、その途中でテレビをつけ、深夜アニメに目を奪われる。
「おい、片付けるのは後回しかよ。」
「ふむ、これは大事な研究じゃ。そなたも付き合え。」
結局、直也もテレビの前に座り、二人でアニメを見ることになった。お雪が興味津々にアニメの登場人物を見ながら、まるで自分がその世界に入ったように楽しむ姿に、直也はまた少しだけ笑顔になる。
「こうしてゆっくり過ごすのも悪くないな。」
お雪が呟く。直也はその声に応え、少しだけ頷いた。
アニメが終わり、直也がベッドルームへ向かうと、お雪はリビングに残り、静かに夜空を見上げた。窓の外には、冷たい月光が差し込んでいる。
「……直也と過ごす時間は、楽しいものじゃな。」
そう呟いた後、お雪の表情は少し曇る。
「だが、妾がここに居座り続けることで、直也に災いが降りかからねば良いが……」
彼女の声はどこか寂しげだった。雪女としての自分と、直也との関係――それがいつか破綻するのではないかという予感が胸を締め付ける。
「妾は雪の存在……この温かな場所にいるべきではないのかもしれぬのう。」
お雪は月光に照らされながら、静かに目を閉じた。その胸に秘めた想いは、まだ誰にも明かされない。
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翌朝、直也は朝日と共に目を覚ました。リビングに向かうと、お雪が電子レンジをじっと見つめながら、何やら格闘している。
「おい、また電子レンジに挑戦してるのか?」
「ふむ、これを使いこなせば、妾も現代人の仲間入りができるのではないかと思ってな。」
「いや、別に無理して使わなくてもいいけど……また爆発させるなよ。」
「そのような失敗は、二度と繰り返さぬぞ!」
お雪の自信満々な顔に、直也は少しだけ不安を覚えながらも、彼女を見守ることにした。
「で、何を温めてるんだよ?」
「これじゃ!」
お雪が取り出したのは、昨夜の祭りで買ったたこ焼きだった。すっかり冷めていたが、電子レンジで温め直したことで香ばしい匂いが漂い始める。
「うん、ちゃんとできてるじゃん。意外とやるな。」
「ふふん、妾を誰だと思っておる?」
そんなやり取りを交わしながら、二人は笑い合う。それはまるで、何年も一緒に暮らしてきた家族のような温かさを感じさせた。
その日、直也が仕事に出かける準備をしている間も、お雪は窓辺に立ち、外の景色を眺めていた。秋の空は高く澄んでおり、柔らかな風が葉を揺らしている。
「……この平穏が、ずっと続けば良いのだがのう。」
彼女の呟きには、不安と希望が交錯していた。彼女が感じる「居心地の良さ」と「雪女としての宿命」が、彼女自身を苦しめているようだった。
だがその後ろ姿を見た直也は、その心の葛藤に気付くことはなかった。ただ、彼女がどこか楽しそうにしているのを見て安心し、家を後にした。
「行ってくるよ。」
「うむ、気を付けるのじゃ。」
お雪の声に送り出され、直也は一日を始めた。その後ろで、お雪は再び窓の外を見つめる。
「そなたに何かあれば、妾は……」
彼女の言葉はそこで途切れ、静かに秋の風に消えていった。
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