1. 再び訪れる「結婚」の話題
平穏な日常が戻ったかと思われたある朝、直也が仕事へ出かける準備をしていると、お雪がリビングで何やら不穏な空気を漂わせていた。彼女は例によってテレビをつけ、深夜アニメの再放送を見ながら、何かを考え込んでいる様子だ。
「お雪、朝ごはんぐらい片付けろよ。俺、出かけるからな。」
直也が声をかけると、お雪は振り返り、唐突に言い放った。
「直也よ、そなたに言いたいことがある。」
「また何だよ……嫌な予感しかしない。」
「妾は、極論に基づいた新たな作戦を考えたぞ。」
「極論?……お前、まさか。」
直也の不安そうな顔をよそに、お雪は得意げに胸を張る。
「そなたと妾が結ばれるための、最も効率的な方法を見つけたのじゃ。」
「またその話かよ!何が効率的だよ……」
「聞けば納得するであろう。」
お雪は立ち上がり、リビングの中央に直也を座らせると、自信満々な顔で語り始めた。
---
2. お雪の「極論」
「妾は昨夜、人間界の結婚事情について徹底的に調べたのじゃ。そしてわかったことがある。」
「わかったことって……何だよ。」
「現代の人間界では、結婚をためらう理由が多く存在する。しかし、その中で最も重大なのは“きっかけ”が不足していることじゃ。」
「まあ、そうかもしれないけど……」
「つまり、そなたと妾にはきっかけが必要なのじゃ。そして、そのきっかけを作るために最も効果的な手段は何か、妾は考えた。」
「いや、考えなくていいから!」
直也が焦る中、お雪はまったく気にせず、さらに話を進めた。
「結論として、妾は無理やりそなたの記憶を改ざんし、すでに妾と結婚していると思わせる手段が最も有効と判断した。」
「はあああ!? 記憶を改ざん!?」
「うむ、妾の魔力を使えば容易いことじゃ。そしてそなたが目覚めた時には、妾と子を成し、家庭を築いているという未来が待っておるのじゃ!」
「ちょっと待て待て待て!それはやりすぎだろ!」
お雪の大胆すぎる発言に、直也は全力で否定した。
---
3. 直也の必死の説得
「お前、それが極論ってやつか?普通に話し合おうとか、そういう選択肢はないのかよ!」
「普通に話し合った結果、そなたがのらりくらりと妾をかわしておるのが現状ではないか。」
「いや、俺だってちゃんと考えたいんだよ。でも、記憶を改ざんするとか、それはやりすぎだろ!」
直也は必死に訴えるが、お雪は少し考え込むように顎に手を当てた。
「ふむ、確かに妾も記憶をいじるのは最終手段と考えておった。では、他の極論を提案しても良いか?」
「いや、極論はやめろ!普通の提案をしろ!」
「むぅ、そなたは妾の努力を全否定するつもりか?」
「努力の方向性がおかしいんだよ!」
直也のツッコミに、お雪は不満そうな顔をしながらも、次の案を口にした。
---
4. 新たな「極論」案
「ではこうしよう。妾がそなたの職場に乗り込み、そなたが妾と結婚しない限り職場を凍結する、と宣言するのじゃ。」
「やめろ!職場の人たちに迷惑だろ!」
「むぅ、それならば次の案はどうじゃ?」
「次!? まだあるのかよ!」
「そなたの家の周りを雪で埋め尽くし、外界から隔離する。そして二人きりで過ごすことで、自然と愛が芽生えるという作戦じゃ。」
「お前、それ完全に監禁だろ!」
「むぅ、そなたがこうも反対するとは……妾の案が受け入れられぬのは残念じゃ。」
お雪はしばらく考え込んだ後、ふと直也の顔をじっと見つめた。
「ならば、そなたが“妾と結婚したくなる理由”を教えよ。」
「えっ……いや、そういうのはもっと自然にだな……」
「自然に、というのは曖昧すぎる。具体的に言え。」
直也は頭を抱えながら、ため息をついた。
---
5. 二人の小さな進展
「お雪……お前、本気で俺のことを考えてくれてるのはわかるよ。でも、俺にはまだ準備ができてないんだ。」
直也は少し真剣な顔で話し始めた。
「結婚っていうのはさ、人生の一大事なんだよ。俺たちは同居人としてはうまくやれてるけど、結婚ってなるとまた別の話だろ?」
「ふむ……つまり、妾がそなたと結婚したいと思う気持ちは軽すぎると申すのか?」
「いや、軽いとかそういうことじゃなくて……お前が本気で考えてくれてるのは嬉しいけど、俺にも時間が必要なんだよ。」
お雪はその言葉を聞いて、少し考え込んだ。やがて静かに頷く。
「良かろう。そなたがそう申すならば、妾はもう少し待つとしよう。」
「お、お前がそんな素直に納得するなんて……」
「ただし!」
お雪が勢いよく指を立てる。
「そなたが時間を欲するならば、妾はその時間を無駄にせぬよう努力するのじゃ。」
「努力って、また極論とかじゃないよな?」
「ふむ、そなたに迷惑をかけぬ程度に頑張るとしよう。」
直也はその言葉にほっとしつつも、少しだけ不安を覚えた。お雪が「迷惑をかけぬ程度」という言葉をどう解釈するのか、それがまったく想像できなかったからだ。
---
6. 夜の静寂と新たな決意
その夜、直也が眠りにつくと、お雪はリビングで一人、窓の外の夜空を見上げていた。
「直也よ……そなたと妾が結ばれるその日が、必ず来ると信じておるぞ。」
静かな月明かりが彼女の顔を照らしている。その表情は、どこか穏やかで、どこか切なげでもあった。
「極論に頼らずとも、妾の気持ちをそなたに届ける術が、きっとあるはずじゃ。」
お雪はそう呟き、テレビのリモコンを手に取る。画面に映し出されたのは、また新しいラブコメアニメだった。
「まずはこれで勉強するのじゃ……」
彼女の真剣な眼差しが、月明かりの中で静かに輝いていた。