1. お雪の不在
ある朝、いつものように目覚めた直也は、リビングの異変に気づいた。テレビは消え、ソファにいつも座っているはずのお雪の姿がない。
「お雪?どこに行ったんだ?」
リビング、キッチン、浴室、どこにも彼女の姿はない。いつもなら寝ぼけながらでも直也に声をかけてくるお雪が、突然いなくなるのは初めてだった。彼の胸に不安がよぎる。
「まさか、何かあったんじゃ……」
直也はそのままアパートを飛び出した。雪女であるお雪がどこに行くのか心当たりはなかったが、とにかく近所を探し回ることにした。
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2. 公園で見つけた彼女
近所の公園にたどり着いた直也は、ようやくベンチに座るお雪の姿を見つけた。彼女はじっと空を見上げており、いつもの快活な表情はどこか影を潜めているようだった。
「お雪!」
直也が声をかけると、彼女は驚いたように振り向いた。
「……直也か。どうしてここに?」
「どうしてじゃないだろ!いきなりいなくなるから心配したんだぞ!」
お雪は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに目をそらした。
「……妾は、少し考え事をしておっただけじゃ。」
「考え事?」
「ふむ。妾とそなたが結ばれる未来についてじゃ。」
直也はその言葉に息を飲んだ。彼女がいつも冗談半分で言っているように見えて、その言葉には本気が込められていることを感じた。
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3. 彼女の本音
お雪はゆっくりと話し始めた。
「妾は300年もの間、雪山でただ静かに過ごしてきた。それが当たり前だと思っておった。だが、そなたと過ごす日々は、妾にとって新しい世界を見せてくれた。」
「……お雪。」
「人間界は素晴らしい。そして、そなたとの日々はさらに素晴らしい。妾は……もっとこの世界で、そなたと一緒に生きたいと思うようになったのじゃ。」
お雪の声には微かな震えがあった。それが本心から来るものだと直也にはすぐに分かった。
「でもな、直也。妾には不安もある。妾がそなたに災いをもたらすのではないかという恐れがあるのじゃ……」
「災いなんて……そんなの気にするなよ。」
「いや、それでも妾がそなたと共にいることが正しいのかどうか、時折わからなくなるのじゃ。」
お雪の瞳には、どこか切なさが宿っていた。
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4. 直也の葛藤
お雪の真剣な言葉を聞き、直也の胸に複雑な感情が渦巻いた。彼は今までお雪の言葉を軽く流していた自分を少しだけ後悔した。
「……お前、本当に俺のことをそんなに考えてくれてたんだな。」
「むぅ、そなたは妾を侮っておったのか?」
「いや、そんなつもりはなかったけど……俺がちゃんと考えてなかったのは確かだ。」
直也はポケットに手を突っ込みながら、言葉を探した。
「でも、俺にも怖いんだよ。お前が俺の生活に入り込んできてくれるのは嬉しいけど、それがどれだけ長く続くのかってこともわからないし……お前が俺を必要としなくなる日が来るんじゃないかって思ったりもするんだ。」
「直也……」
「お前といるのが楽しいし、今の生活を壊したくないって思う。でも、それだけじゃ駄目なんだよな……ちゃんとお前に向き合わないと。」
お雪は少し驚いたように直也を見つめていた。
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5. 直也の決断
しばらくの沈黙の後、直也は深呼吸をして言った。
「お雪、俺も決めたよ。お前とこれからのことを真剣に考える。結婚とか、家庭とか、俺にはまだ自信がないけど……お前がそこまで俺を思ってくれるなら、俺も応えたい。」
「……本当か?」
「本当だよ。でも、その代わり、もう少しだけ時間をくれ。俺がちゃんと自分の気持ちに自信を持てるようになるまで。」
お雪は直也の言葉を聞いて、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「良かろう。妾はそなたを信じることにする。」
「ありがとう。」
直也は安堵の息をつき、彼女の隣に座った。
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6. 二人の新たなスタート
その後、二人は夜空を見上げながら、静かに語り合った。お雪は、直也の隣でいつも通りの無邪気な笑顔を見せていた。
「そなた、妾のことをこれからもっと好きになっても良いのじゃぞ。」
「お前、それが目標だろ?」
「むふふ、その通りじゃ。」
二人は夜空を見ながら、これからの未来に思いを馳せた。お雪の言葉は突拍子もないものが多いが、その中に確かな温かさがあることを直也は感じていた。そして、彼女と一緒にいることが、今の自分にとってどれだけ特別なものかを改めて実感していた。
「お雪、これからもよろしくな。」
「むろんじゃ。」
二人の未来には、まだ多くの困難や驚きが待ち受けているだろう。しかし、その一つひとつを乗り越える覚悟が、直也の中に芽生えていた。