次の日の朝、達也と真知子が工場の会議室に戻ってきた。さっぱりした服装に着替え、朝食の菓子パンと飲み物の入った買い物袋を手に持っていた。
達也は麻衣に買い物袋を渡した。麻衣は袋の中からパンと飲み物を取り出し、勝則と伽耶と沙耶に配った。達也と真知子も靴を脱いで、段ボールをひいた床の上に座った。
勝則たちは甘いクリームパンを紙パックの牛乳で胃に流し込んだ。
「よく寝られたか?」と達也。
「勝則と熱い夜を過ごしたわ」と麻衣。
「そういう冗談はよさないか」と達也。
「本気で段ボールの寝心地を聞いてるの?」と麻衣。
「他に言いようがあるだろう」と達也。
「勝則がいれば、他に何もいらないわ」と麻衣。
「わかったよ」と達也。「それで、……」
「聞いてくれないかしら」と珍しく真知子が達也の会話に割り込んだ。「お父さんとお母さんはあなた達のことで少し話し合ったの。」
「その話、今するのか?」と達也。
「今しないで、いつするの?」と真知子。「今日から、この子たちをばらばらに預けるのでしょ。」
「わかったよ」と達也。「お母さんから話してくれ。」
「ええ。まず、お父さんとお母さんはあなた達のことに口を出さないわ。恋人でも事実婚でも好きにしなさい」と真知子。
「本当なの?」と麻衣。
「本当だ。約束する」と達也。
「それなら毎日、勝則とやりまくるわ!」と麻衣。
達也が顔をしかめたが、何も言わなかった。
「お父さんを挑発しないで」と真知子。
「わかったわ。本気なのね」と麻衣。
「そうだ」と達也。
「次にあなた達の生活のことだけど、二組に分かれてもらうわ」と真知子。「二人をお父さんの実家、他の二人をお母さんの実家でしばらく預かってもらうことにしたから。誰がどちらに行くかはあなた達で決めなさい。」
「お父さんの実家は広いから、四人とも厄介になれそうだけど」と麻衣。
「おやじの家で同居してる兄夫婦がもめてるんだ。兄嫁とおふくろの折り合いがわるくてな」と達也。
「そんなの前からでしょ?」と麻衣。
「エスカレートしてるんだ。とても居候できる雰囲気じゃない」と達也。「だが、二人を今月だけという条件で頼んできた。」
「気苦労しそうだわ」と麻衣。
「そちらには私たちが行くわ」と伽耶。「姉さんと兄さんはお母さんの実家に行って。」
「それがよさそうね」と麻衣。「いいわね、勝則?」
「うん、わかった」と勝則。
「来月から公営の住宅に入居できるように手続きをするわ。だからそれまで我慢して」と真知子。
「お父さんとお母さんは離婚しないの?」と麻衣。
「離婚はしない。そして、家の外のことは互いに干渉しないことにしたわ」と真知子。
「今までどおり、仮面夫婦と言うこと?」と麻衣。
「ちがう。お父さんとお母さんは愛し合う夫婦だ」と達也。
「お父さんは愛人とその息子はどうするの?」と麻衣。
「もちろんオレが彼女らの面倒を見る」と達也。「オレにはその責任がある。だがお前たち家族を優先する。」
「離婚してほしいわ。有難迷惑よ」と沙耶。
「まったくね」と麻衣。
胡坐をかいていた達也が正座をした。「これまでお前たちに横暴なふるまいをしてすまなかった。どうか許してほしい」と言い、手をついて頭を下げた。「これからも家族でいてくれないか?」
麻衣がため息をついた。
真知子が達也の隣で正座をしていった。「私からもお願いするわ。愚かなお母さんを許してちょうだい。わがままなことは分かっているけど、これまで通り一緒に暮らしてくれないかしら。」
「今までどおりなんて意味ないわ」と伽耶。
「どうせ兄さんは、すぐに嫌になって出て行ってしまうわよ」と沙耶。
「わかってるわ。でもせめて朝食だけでも一緒に食べて。勝則、お願いよ!」と真知子。
「勝則、どうするの?」と麻衣。
「靡いてくれた今のうちに母さんに甘えておくよ」と勝則。「そうすれば、浮気性の母さんに捨てられたときに、心おきなく出ていけるから。」
一同は驚いた顔をした。
「勝則!お母さんは絶対にあなたを離さないわ!」と言って真知子は勝則の手の甲を握った。「絶対よ!」
「勝則って、少し世渡りが上手になったんじゃない?」と麻衣。
「少し腹が立つわ。女たらしよ」と伽耶。
「そうね。浮気だわ」と沙耶。
「お前たち、それは厳しすぎるよ」と達也。「まずは成長した勝則をほめてやってくれ。」
「わかったわよ」と麻衣。