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第3話

「よし、こんなもんか」


依頼を終わらせ、武器の手入れも済ませる。


今日は良く晴れた日で依頼をこなすのが予定より早かった。


冒険者ギルドに向かうと、ギルドの前に数人の冒険者が立っている。


「そういえば、今日の朝にジークを見たぞ。あいつってまだDランクなのか?」


「まさか。Bだよ」


「は!? なんであんな低級の依頼を受けているんだ?」


「さぁ?気まぐれだろ。意味が分からないけどな。むしろ嫌味かもしれないな」


何度も聞いた会話。


いや、実際は数回ほどしか聞いていないかもしれない。


それでも嫌な会話の時間は長く感じ、回数すらも多く感じるものだ。


どうせ時間に余裕もある。


太陽だってまだ真上にいて、ラナさんだってお昼ご飯が終わっていないだろう。


俺はギルド近くのベンチで十分ほど時間を潰してから、ギルドの中に入った。


並ぶのは一番端の受付。ラナさんの列。


ラナさんは俺の顔を見つけると、少しだけ恥ずかしそうに顔を逸らした。


俺の順番が来ると、ラナさんが定型文を丁寧な口調で告げる。


「こんばんは、今日はどうされました?」


「朝に受けた依頼を完了したので」


俺は魔物を倒した時にドロップされたものを机に置いた。


「確認しますね」


ラナさんが確認している間、俺はぼーっと先ほど聞こえた会話を思い出していた。


『気まぐれだろ。意味が分からないけどな。むしろ嫌味かもしれないな』


そんなことあるはずないだろ。


俺だってそんなに暇じゃない。


ただ……急いで生きるのが嫌になっただけだ。


ラナさんが確認を終え、俺の前に書類を置いた。


今日も三枚。


「ラナさん、寝ていて良いですよ」


八つ当たりだと分かっていても、こんな感情のままラナさんと目を合わせる気にならなくて、俺は書類に視線を落としたままそう言い放った。


『分かりました』と返答が来ると思っていたのに、ラナさんは淡々と『寝ませんよ』と答えた。


「え?」


つい顔を上げてしまう。


その日、初めてラナさんと目が合った。


「あ、やっと目が合いましたね。今日はどうかされたんですか?」


「なんで……」


「どう考えてもジークさんの様子がおかしいので。寝ても良いなら寝たいですが、目の前に嫌そうな表情の人がいたら寝にくいです」


ラナさんは初めて会った時のようなクールな態度で淡々と言葉を紡いでいく。



「私も多少のズルは推奨派です。書類を書くふりをして愚痴っても良いですよ。寝ている私なら多分聞こえません」



クールな言い方……でも、話している内容は優しすぎるほどだ。


そして、ラナさんは昨日と同じように壁に寄りかかって目を瞑った。


この厚意を無駄にしたくないし……ラナさんにならつい聞いて欲しくなってしまう。


後ろを確認しても並んでいる人はいない。今なら許されるだろうか?




「ずーっと焦って無理のある依頼だって受けていたら……余裕がなくなっていったんです。精神的にも体力的にも。人は余裕があるから他人にも優しくなれる」


「ある依頼の帰り道に転んだ子供がいて。助ける気力も湧かなくて、でも助けないとってゆっくり歩いているうちに他の冒険者が走って子供を起こしてあげてしました」


「それを見て思ったんです。『目の前で子供を助けているような冒険者になりたかった』、と。焦って冒険者の名誉はランクが高いことだと信じて疑わなかった。でも、求めていた冒険者像はそんなものじゃなかった」




ずっと胸に引っかかっていた思い出話を初めて人に話せた。



「なりたい冒険者は今の自分じゃないと心から思ったんです」



人から聞いたらしょぼすぎる思い出かもしれない。


それでも、幼い頃から格好良い冒険者に憧れていた俺にとっては大きな出来事だった。


ラナさんは目を瞑ったまま聞いてくれている、と思っていたが……




「すぅ……」




可愛らしい寝息が聞こえた。


俺はつい小さく吹き出してしまう。


「ふはっ」


本当に寝るんかい!と思いつつも、そんなラナさんだからこそ気楽に居られる。


簡単に俺の胸を軽くする言葉を言ってくれるけれど、それはラナさんにとって当たり前の優しさなのかもしれない。


その時、俺の後ろに別の冒険者が並んだ。


「ラナさん」


俺は急いでラナさんを起こすと、ラナさんがぱちっと目を開ける。


「ラナさん、話を聞いてくれてありがとうございます」


俺の言葉を聞いてラナさんの顔に分かりやすく、(あ、どうしよう。本当に寝ちゃってた……)と書かれている。


「寝ててくれた方がよかったです。お陰で気楽に話せました」


俺がそう言うと、ラナさんが何故か自信満々に「私のお昼寝も役に立ちましたね」と笑っている。


ラナさんが俺が書き終えた書類を確認しながら、「ジークさん」と俺の名を呼んだ。


「何か不備がありましたか?」


「いえ、書類ではなくて。何を悩んでいたかは分かりませんが、これからも話を聞くことはいつでも出来るので」


「寝ながらですか?」


「うるさいです」


ラナさんが書類の確認を終え、トントンと机で書類を揃えている。


「はい、依頼完了です」


報酬を渡され、すぐに俺の次の冒険者に順番が回っていく。


どこか呆気に取られたままギルドを出て、涼やかな風が顔を掠めてやっと俺は気持ちが楽になっていることに気づいた。



「さ、明日も頑張りますかー」



気ままに出来る範囲で頑張る冒険者と、お昼寝したいのんびり受付嬢。


そんな二人は割と気が合うのかもしれない。


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