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第4話

それからも午後一番にラナさんの列に並んで、お昼寝のお手伝いをする日々。


「今日も寝てて良いですからね」


「……」


「ラナさん?」


「いつもジークさんは私が寝ている時に次のお客さんが来たらすぐに起こしてくれますよね」


「え、はい」


「それに書類が書き終わったもすぐに起こしてくれる」


「ゆーっくり書いていますが……」


ラナさんがどこか不服そうにしている。


「ラナさん? 何か不満でもありましたか?」


「無いから怒っているんです」


「え?」


「仮眠は取れるし、午後からの仕事の進みも速くなりました。文句は一つもないです……だからこそジークさんに頼りすぎではないかと思ってしまって……」


「別に大した手間もかかっていないので大丈夫ですけど」


俺が当たり前のようにそう返すとラナさんがぷくぅと頬を軽く膨らませた。


「そういう所が腹が立ちます」


「は!?」


「まず私はお昼ご飯の後に仮眠がいるし」


「まぁ、それは仕方ないじゃないですか」


「ジークさんの悩みを聞く時もうっかり寝ちゃうし」


(まだ気にしていたんだ……)と心の中でツッコミと入れてしまうが、言える雰囲気じゃない。


ラナさんが周りに聞こえないくらいの音量で机をペチンと叩いた。


「だから! 今日は寝ません!」


「え、大丈夫なんですか? どうせ寝ますよね?」


「ジークさんは私のことを馬鹿にしすぎです!」


「ここで寝ておかないと次の人の時に眠くなりますよ?」


「っ! うう……」


ラナさんが若干俺のことを睨んでいるが、本当のことしか言っていないので気にしないでおこう。


「じゃあ、今度ジークさんがお昼寝したい時は私が手伝いを……!」


「俺の場合は、別に普通に家で寝るんで」


どこからか可愛らしい悔しそうなうなり声が聞こえた気がするが聞かなかったことにしておこう。


「じゃあ、何か私にして欲しいことはないんですか……!?」


「特にないですね。とりあえずそろそろ寝ないと時間なくなりますよ」


もうすぐ昼過ぎの混み合う時間になってしまう。


お昼ご飯を食べ終えた冒険者がギルドに来るのが、その時間なのだろう。


ラナさんは悔しそうに壁に寄りかかって目を瞑った。


一分ほどで「すぅ……」と寝息が聞こえてくる。


相変わらず寝るのが早い。


後ろに並ぶ人がいなければ、ラナさんのことは誰にも見えないだろう。


横の列に並んでいる人も俺が障害になって見えない。


それが一番端のカウンターというもの。


たった15分にも満たないラナさんの仮眠。


その小さな寝息を聞きながら、ゆっくりと書類を確認してサインをしていくのは嫌じゃない。


世界の時間がここだけのんびりに感じるような、そんな雰囲気。


10分経てば……


「ラナさん」


すぐにぱちっと目を覚ましたラナさんは珍しく寝ぼけていた。


「おはようございます、ジークさん。良い朝ですね」


「もう昼ですね」


そこでラナさんはハッと我に返ったようだった。


「ちょっとした冗談です」


「寝ぼけてましたよね」


「気のせいです」


「あ、ラナさん。先ほどラナさんにして欲しいことはないかって言いましたよね。ここで使います。正直に答えて下さい。寝ぼけましたよね?」


「っ! ジークさん、段々意地悪になってませんか!? 寝ぼけただけじゃにゃいですか!……あ」


「噛みましたね」


ラナさんが今度はしっかりと俺の目を見て睨んでいる。


「からかいすぎました。すみません」


「分かれば良いです」


ラナさんがコホンと咳払いをして、書類の確認をする。


「ラナさん」


「はい?」


「一つして欲しいことがありました」


ラナさんが俺の次の言葉を真剣な顔で待っている。




「俺、割とラナさんのお昼寝時間が好きなので、他の人に頼まないで下さいね」




それはこの時間が嫌じゃない本心と……やりたくてやっているのだから気にしなくて良いと伝わって欲しかった。


何か俺にお返しをしないと、なんて考えてほしくなかった。


しかし……何故かラナさんの顔は少し赤くなっている。


「ジークさんってそういう所ありますよね」


「え、どういう所ですか?」


「何というか……普通の人が恥ずかしくて言うのを躊躇ためらうことを軽く言い放つところがありますよね」


「そんな変なこと言いましたか……!?」


ラナさんが小さくため息をついた「まぁ、たまには素直も大事ですよね」と呟いた。


「私もジークさんといると『休憩って悪いことじゃないなぁ』とか『疲れるくらいならこれくらいのズルは良いか』と思えます」


「それは、褒めてますか……?」




「褒めてますよ。私もこの時間が割と好きってことですから」




その瞬間、やっとラナさんの言葉の意味が分かった。


というより、同じ言葉を言い返されてやっと分かった。


「確かに普通に恥ずかしいもんですね……」


すると、ラナさんが「分かればよろしい」と自信満々な顔をしている。


書類の確認を終えたラナさんが「依頼完了です」とよく通る声で言う。


俺が席を立つと、何故かラナさんが「ジークさん」と俺を呼び止めた。




「明日も待ってますので。仮眠同盟として」




俺はどこか悔しくて「お昼寝同盟ですね」と言い返してから席を離れる。




「そこは仮眠にしといて下さい! そっちの方がまだ格好良く聞こえます!」




後ろからラナさんの抗議の声が聞こえた気がしたが……うん、無視しよう。


これは「お昼寝同盟」なのだから。


だから……当たり前に明日もラナさんのお昼寝のお手伝いをすると思っていた。


明日はお昼寝どころではなくなることを知りもせずに。


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