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第5話

次の日も俺はギルドの掲示板に貼られた紙を見ながら、受ける依頼を考えていた。

今日は低級魔物の討伐依頼が少ないな……。


「ジークさん、どうされました?」


名前を呼ばれ、咄嗟とっさに振り返るとラナさんが掲示板の張り紙を足そうとしている。


ラナさんの腕には十枚ほどの新しい依頼の紙が抱えられていた。


朝の空いている時間なので受付以外の仕事も頼まれたのだろう。


「あー……えっと、受けたい依頼が少なくて……」


「確かに今日は低級魔物の依頼が少ないですね」


ラナさんは俺の悩みを聞いていたわけでないが、依頼の受け方で何となく察していたのかもしれない。


ラナさんは腕の中の紙をパラパラとめくり、低級魔物の依頼を探してくれているようだった。


「うーん、こちらの依頼も中級以上ばかりですね」


ここで「中級の魔物にも挑戦したらどうですか?」と言わないところがまさにラナさんだった。


そして、まさかのこう言うのだ。




「うーん、これは今日はお休みにした方が良いかもですね」




その言葉に俺はつい「ふはっ」と吹き出して笑ってしまった。


「ジークさん……!?」


「いや、あまりに当然のように休みを提案されたので驚いてしまって。仮にもギルドの受付嬢に」


「先に息抜きを教えたのはジークさんじゃないですか!」


ラナさんに言い返されても笑いが止まらない。


やっと笑いがおさまってきた頃に、俺は笑いすぎて溢れた涙を拭いながら顔を上げた。


「そうですね。今日はお休みにしようかな。あ、でもここに一枚低級魔物の依頼がありますね。これだけ受けてから……」



その時、ギルドの外からドガッと大きな音が聞こえた。



俺が振り返ったと同時に、プラスで二回ほど大きな音が鳴り響く。


今度は地響き付きで。



「きゃぁああああああ!!」



街の至る所から悲鳴が響き渡る。


異常事態が起きたことは明らかだった。


俺が慌ててラナさんの方を振り返ると、ラナさんはもういなかった。


ギルド内を見回すと、ラナさんが他の職員と状況確認をしながら話し合っている。


こういう時こそ行動が早くて、落ち着いているラナさんを素直に尊敬してしまう。


俺も負けていられない。


ギルドに飛び込んできた街の人が「街の方に魔物が出たの!」と職員に叫んでいる。


ライナード国は魔物生息エリアと人々が住む街は離れているはずだ。


なぜ街に魔物が入ってきた?


疑問が浮かんだが今はそんなことを言っていられない。


「魔物の種類は分かりますか?」


街の人を驚かせないように出来るだけ落ち着いた声で聞く。


「そんなの分からないわ! でも前に物語で読んだドラゴンみたいだったわ!」


街の人の話から推測するに街に現れたのはワイバーンだろう。


ライナード国では生息数が少なくはない魔物だが、どうやってここまで飛んで来た?


しかし今はとりあえず対処法を考えなければ。


ワイバーンを確実に仕留めるならばBランク以上の冒険者が五人はいるだろう。


俺は受付の方向に向かって「今Bランク以上の冒険者はこの街に何人いますか!?」と叫ぶ。


その疑問を受付嬢たちが確認している間に、俺はギルドの扉を開けて街へ走り出した。


ワイバーンを目視で確認する。


街にある家の上を飛びながら、たまに家の屋根に着地して屋根から瓦礫がれきを落としている。


しかしサイズ的には小さい方だろう。


これならばBランク以上が4人で対応出来そうだ。


街の避難指示の進み具合を確認すると、衛兵がしっかりと指揮をとっているようだった。


俺がギルドに戻ると、ラナさんが「ジークさん、四人ほど集められそうです! ただ到着に十分ほどかかるかと思います!」と叫んでくれる。


その情報が分かっただけで十分だった。



「他の冒険者が来るまで時間稼ぎをしますので、他の冒険者が到着したらすぐに合流するよう伝えて下さい! それと、C級の冒険者はいますか! 少し離れた位置からワイバーンの正確な位置を逐一ギルドに伝えて下さい! その位置情報を元に街の人の避難経路の確保を行い,

B級以上の冒険者が到着したら合流する場所としても伝えて下さい!」



ああ。今までこんなにのんびりと過ごしてきたはずなのに、頭は何故かよく回る。


B級の魔物と戦うのは久しぶりだ。


傲慢さと大胆さを持て余せば、当たり前に命を落とすだろう。


自分の技量を見極めて行動しないと。


ブランクの長さも考えると、他のBランク以上の冒険者が来るまでの時間稼ぎは出来れば上出来だろう。


それでも、無理もあるかもしれない。


ここで自分に過信することは街の人の命に関わる。


それに街の人の命を預かるということは責任も当たり前にある。


早く決めないと……早く考えないと……!


頭はよく回るとか言っていたのはどこのどいつだよ。


こんなのじゃ何の役にも立たないあの頃のまま。


転んだ子供をすぐに助けられる人間になりたかったのに、力がなければ助けることも出来ないということだろうか。


やっぱり焦っても力をつけていたあの頃が正しかったというのだろうか。


ああ、もう嫌だ。頭が熱くなるようなこの感覚は嫌なのに……





「ジークさん!」





よく通る声が聞こえて反射的に振り返る。


ラナさんの声は本当に通りやすい。






「ジークさん、ワイバーンを倒す倒せないじゃない! 街にいる転んだ子供を起こしてあげるつもりで駆け出して下さい!」






きっと他の人からしたら少し意味が分からない言葉かもしれない。


でも俺には分かる。


ラナさんは「出来る範囲で出来ることを『後悔なく』やってこい!」と言ってくれている。


その言葉がどれだけ俺に勇気をくれるのかなんて分かりきっていた。


俺はギルドの扉を開けて、文字通り飛び出した。


あの時、寝ていたはずのラナさんはどうやら俺の話を聞いていたらしい。


そういうところは本当にズルい。


それでも……




「働く時は働かないとな。多少のズルは働いてからの楽しみにしよう」




俺は自分の武器である大剣を取り出して、街を駆け出した。


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