目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第6話

前に「お前に大剣は似合わない」と言われたことがあった。


別に親しくもないのに、偶然一度だけ同じパーティーになった冒険者に言われた。


「大剣よりもっと弓などの遠方攻撃用の武器が向いているんじゃないか」


面と向かってそう言い、陰では、


「あいつの性格で大剣は似合わない。積極的な性格じゃないからな」


と嘲笑っていた。


俺は……逆だと思う。


積極的じゃないからこそ状況把握は得意だった。


それこそが一番大事な能力だと分かっていた。


それでも……どこか攻めきれないところがあるのも事実だった。


そんな性格のくせに沢山の依頼を入れて、無茶なスケジュールをこなしていた自分。


そんな無茶をする馬鹿者のくせに、本当のリスクは取らない自分。


最後の一振りを諦める癖がある。


矛盾ばかりの格好悪くて最悪な冒険者。


それが俺だろう。


どこか一貫した折れない芯が欲しい。




ああ、なんで目の前でワイバーンが暴れ回っているのにこんなことを今考えているのだろう。




久しぶりに命の危機に瀕しているからだろうか。


ワイバーンを相手にした時間稼ぎなんて、下手をしたら死ぬだろう。


それでも結局ワイバーンに向き合ってしまうのだ。


目の前のワイバーンが街に進みそうになる度に大剣を振るう。


出来れば、もっと街から離したいが進ませないようにするので精一杯だった。


あとどれくらいで他の冒険者は到着するだろう。


後ろでC級の冒険者が俺の指示通りにワイバーンの位置を逐一ギルドに報告している。


ワイバーンを後退させるつもりだったから「逐一報告してほしい」と言ったが、今の俺ではワイバーンの位置はほとんど変わっていない。



「ははっ、かっこわる」



ワイバーンに大剣を振るいながら、独り言のように自分で自分を嘲笑っている。


あと十分じゅっぷんが体力的に限界だろう。


他の冒険者の到着がそれ以上遅れたらどうすれば良いだろうか。


方法は思いつかない。


つまり俺が出来るだけ頑張るしかない。


今日が終われば、一週間寝込んでも良いから頑張らないと。


無理でもやらないと。


やるしかないのだから。



そんな思考は……そんな自分を追い詰めるような思考が巡るのは、無理をしていた時の自分のようだった。



頑張らないと。


やるしかない。


手を抜いて良いはずがない。


ラナさんの言葉が頭をよぎる。




『ジークさん、ワイバーンを倒す倒せないじゃない! 街にいる転んだ子供を起こしてあげるつもりで駆け出して下さい!』




その言葉に勇気をもらった。安心した。


それでも、ここで俺が無茶しないと人が死ぬ。



その瞬間、ワイバーンが唸り声を上げた。



俺に少しずつ傷をつけられてストレスが溜まったのだろう。


高く空に上がり、そしてもう一度街に飛び込もうとしている。


あの助走のまま飛び込んだら家が二十軒は吹き飛ぶだろう。


少なくとも俺の力が防げるはずがない威力であることは確か。


街の人の避難が済んでいるか確認すると、家の中に人はもういなさそうだった。


ならば、ここは一旦退避を……





「うわぁあああああああん!」





聞こえたのは幼い男の子の泣き声。


家の前で転んで足を痛めたようで歩行すら困難そうな男の子。


ワイバーンの被害に遭うであろうギリギリのライン。


こんなところで過去と重なるなど皮肉すぎるが、目の前に起きていることは現実だ。


俺は無我夢中で子供を拾い上げ、全速力で走る。


ワイバーンが飛び込んでくるまで、あと数秒であるはずなのにとても長く感じる。



ドーン、という音と共にワイバーンが家に飛び込んだ音がする。



地面から振動が伝わってくるのを無視して走り続ける。


家にぶつかった衝撃で瓦礫が飛び散っている。


もっと離れないと……と思った瞬間に視界の上に瓦礫の破片が見えた。


咄嗟に男の子を庇うように体を丸めた俺に、ドンッと衝撃が走る。


これは瓦礫が当たった音じゃない。





「ジークさん! 早く起き上がって走ってください!」





ラナさんが俺を押して、飛んできた瓦礫からギリギリけさせたようだった。


まだ瓦礫は飛び交っているので、俺は子供を抱えたままラナさんと走り続ける。


「ラナさん! なんでこんな危ない所に出てきているんですかっ!」


俺がそう叫びながら走っているのに、ラナさんは俺の言葉を無視して「走るのに集中して下さい!」と言い返した。


安全な場所に着く頃にはワイバーンの衝撃も収まりつつあった。


飛び交う瓦礫はなくなり、土埃だけが舞っている。


そこでやっとラナさんは止まり、「他のB級以上の冒険者が到着しました。A級二人とB級二人です。既にもうワイバーンの方へ向かっています」と早口で言い切った。




「ジークさん、体力は残っていますか?」




ラナさんは俺と目を合わせたままだった。




「残っているなら今すぐに応援に行って下さい。体力的に限界ならこのままギルドへ」




今、ラナさんと目を合わせてやっと分かった。


ラナさんはずっと「俺を信頼してくれていた」。


俺の判断を信じてくれていた。


俺はそれが死ぬほど嬉しかっただけだ。




「体力はまだ余力があります。無理が来るまでは応援に行きます。限界が来たら……」




そこでラナさんが俺の言葉を取るように先に口を開いた。





「無理なく帰ってきて下さい。私はちゃんとギルドにいますので」





ああ、俺は何を不安がっていたんだ?


無理する自分が嫌い?


それでも頑張るしかなくて……でも自分の無力さも嫌で。


矛盾ばかりで嫌になる?


違う、矛盾じゃない。


いつだって俺たちは出来る範囲を見極めて、頑張っているだけ。





死に物狂いで。





そんな無我夢中の自分が嫌いじゃないだけ。


それで疲れた時は多少のズルで休憩する。





「ラナさん。俺、頑張ってきますね。それで今日が終わっても、たまに下級以外の魔物にも挑戦します」






「休みがあるから頑張れるんで。次は俺の休憩を手伝って下さい」





ラナさんはこんな状況なのにクスッと少しだけ笑ってくれる。





「仕方ないですね。いつも私の休憩に付き合ってもらってるので」





俺はもう一度ワイバーンに向かって走り出した。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?