「遠山理一を、総務部へ転属とする」
会議室に響いたその言葉は、唐突で、しかし予想の範囲内でもあった。
それを告げた月島の声音は、やけに愉快そうで、わざとらしい芝居がかった抑揚がついている。
理事たちの数人が、半ば儀礼的に、半ば面白がるように、「まあ頑張れよ」「やったな」と軽く拍手を送る。
遠山は立ち上がり、無言で一礼した。内心では呆れていた。
――なんて茶番だ。
この場には、冷たい損得しか存在していない。
この人事に正当性もなければ、驚きもない。
自分の価値や正しさを訴える気にもなれず、遠山はそのまま会議室の扉に向かおうとした。
――どうでもいい。
今はもう、それだけだった。
事件の真相。それだけが、彼をまだ前に進ませていた。
が、その瞬間。
「――待て」
背後から、静かだが重みのある声が飛ぶ。
振り返ると、声の主は向谷理事だった。
向谷奏。
日本バスケットボール界の生ける伝説。
現役時代には女子日本代表として、二十年ぶりのオリンピック出場を実現させた。
その実績と人格から、今もなお理事会内で絶大な影響力を持つ。
年齢はおそらく六十代――だが、誰よりも背筋が伸びていた。
「月島さん、その件については、理事会として再考の余地があると、私は思う」
会議室内に微妙な空気が漂う。
月島が眉をひそめた。
それでも、にこやかな仮面は崩さない。
「向谷理事、決定事項に対する異議ですか? これは事前に協議され、承認された案件ですが」
「“協議”ではない。事前に“通知”された案件だ」
向谷奏の声は静かだった。しかし、その言葉には鋭い刃があった。
その瞬間、場の空気が凍りつく。
月島の目が、微かに細くなる。
「月島さん。なぜ遠山さんが総務なの?」
真っ直ぐに投げかけられたその問いは、単なる確認ではなかった。
遠山自身が、思わず息を飲んだ。
理事たちのほとんどは、月島の掌の上に乗っている。
だが、向谷は違った。
バスケットボールという競技に人生を捧げ、正しいプレーが勝利を呼ぶことを信じてきた人間。
遠山は彼女と深く話した記憶こそないが、その姿勢には一貫した尊敬の念を抱いていた。
今回の事件で、月島が独断で動き回る中、遠山は各チームの現場に足を運び、選手やスタッフに頭を下げ、地道に意見を拾い上げてきた。
試合実施の是非を問うのではなく、「何をすれば選手たちが少しでも安心できるか」を探し続けた。
そのことを、向谷は見ていたのかもしれない。口に出さずとも。
「向谷さん、何か気になることはありますか?」
月島はあくまで穏やかな口調だった。
微笑みすら浮かべている。
一見、余裕の構え――だが、それが“演技”であることを、向谷奏にははっきりと見えていた。
目の奥に、揺れているのだ。焦りの影が。
むしろ、見せないようにすればするほど、その匂いは濃くなる。
「月島さん。あなたは、今、広報部に所属していますね」
「ええ。ですが、現在は田島会長と大野局長の“大命”により、特別統括本部長の役職にも就いています」
月島はやや誇らしげにそう答えた。
広報部長代行でありながら、緊急対応の“トップ”にもなっている――その立場の高さを強調する言い回しだった。
「それは“事件対応のための特設組織”として、ですよね?」
向谷の口調は淡々としていた。
しかし、その言葉は一本の杭のように月島の足元を打ちつけた。
「もちろんです。非常時対応の枠組みとして設けられたものです」
「では、お聞きします」
向谷は背筋をすっと伸ばした。
会議室の空気が、わずかに引き締まった。
「なぜ、“広報部所属”であり、かつ“非常設の対策本部長”に過ぎないあなたが、人事異動を指示できるのですか?」
静かながら、揺るぎのない問い。
会議室にいる理事たちの表情が一斉に強張る。
月島の笑みが、一瞬で凍った。
口元は微笑を保ったまま、だがその奥の目が、動揺を隠せていない。
「それは……明白です」
少しだけ、語尾に迷いがあった。でも、その不安をかき消すように語り出す。それもやたら長々と。
「遠山さんは、今回の事件に際し、現場を回り、選手への丁寧な聞き取りを行っていたのは事実です。そこは私も評価します。しかし一方で、彼は“無観客試合”という極端な選択肢を示唆し、外部メディアやスポンサーに不安を与えかねない対応をしました」
理事の何人かが顔を見合わせた。
「今回、我々リーグは事件の余波を受けながらも、ファンやスポンサーの信頼を保ちつつ、試合を実施するという難しい判断を迫られています。そうした局面で、“広報部”に求められるのは、慎重かつ一枚岩のメッセージ発信です。しかし遠山さんはその統一性を乱した。危機管理意識において、ややズレがあると私は判断しています」
さらに月島は続ける。
「ですので、遠山さんを一旦、現場との直接の連携が少ない“総務部”に配置し直し、冷却期間を置いてもらいたいと考えました。これは処分ではなく、組織全体の機能を正常に保つための、調整的措置です」
「黙らっしゃい!」
雷鳴のような声が、会議室に轟いた。
誰もが思わず息を止めた。
重々しい静寂が、会議室を包み込む。
その声を発したのは、他でもない向谷奏だった。
普段は冷静沈着な彼女が、ここまで感情を露わにしたのは――記憶にない。
月島の唇が、乾いたようにわずかに開いたまま動かない。
何か言い返そうとするも、言葉が出てこない。
会議室の空気がぴんと張りつめていた。
向谷が口を開いたのは、月島の“もっともらしい理由”を聞いた直後だった。
「何事にも、リスクヘッジは必要です。しかし、最終的に“何を優先するか”は、我々リーグの理念に照らせば自ずと見えてくるでしょう」
静かな口調だったが、言葉は鋭かった。
「月島さん。あなたは、その“理念”を言えますか?」
月島が眉をひそめた。少し間を置いて、答える。
「……バスケットボールを通じて多彩な力を結集させ、元気・感動・勇気を届け、笑顔あふれる社会に貢献する、ですね」
「よろしい。ではお聞きします。仮に、今回のような事件の中で、観客の安全が保障できない状況で試合を強行したとしましょう」
向谷の声に、温度が加わっていく。
「確かに、試合を開催すれば“経済効果”は出るでしょう。話題になるでしょう。スポンサーの顔も立ちます。しかし、もしその最中に、第二の被害者が出たら?」
会議室の空気が、さらに沈んだ。
「もちろん、“損失”というものは、無観客であれ有観客であれ、必ず発生します。それは単なる収支の話です。ですが——我々が本当に恐れるべきなのは、数字ではなく、“理念が損なわれること”です。
我々は、ただの金儲けのためにバスケットボールをしているわけではありません。リーグを運営しているのも、数字のためではない。選手は“商品”ではありません。試合は“イベント”ではない。選手には人生があり、夢があり、そして命があります。彼女たちを守れない組織に、競技の未来など託せない。
仮に“経済的な成功”だけを追うのならば、それはもはや“スポーツ”とは呼べない。選手の価値を、パフォーマンスの数字や動員数でしか測らないのだとしたら、それは“興行”であって、競技ではない。“理念”があるからこそ、我々は応援される。“理念”があるからこそ、あるべき試合の理想を追える。だからそれを見て、子ども達もこうなりたいと憧れる。理念なきリーグなど、ただの看板です。薄っぺらい空洞です。
そして最後に。最も重い“損失”とは、ファンの信頼を裏切り、選手たちの誇りを傷つけることです。その傷は、数字では換算できません。取り戻すのに何年もかかる。いや、二度と戻らないこともある。特に物理的に治せないんですよ……その覚悟があるのですか?」
月島は黙って聞いていた。
「もし、あなたが今後“開催を強行することで得た利益”を正当化するなら、その裏で起きたことすべてに責任を負う覚悟があると、ここで明言してください」
短い沈黙のあと、月島はわずかに顎を引いて、答えた。
「……ええ。もちろん、責任は取ります」
「そうですか。分かりました」
向谷は、椅子からゆっくりと立ち上がった。
「では、遠山さん。試合当日までは、これまで通り広報部にいてください。最後までやり抜きなさい。その後、総務部へ異動。それは私、向谷奏の正式な人事命令です。特別本部長ではなく、正式に人事権を持つ、理事会の人事担当としての判断です」
月島の頬がわずかに引きつった。
「以上。今日の定例会はこれで終わりにしてください。遠山さん、あなたは少し残りなさい」
月島が憮然とした顔で退出する。
続いて理事たちが口々に軽く挨拶を交わし、部屋を出ていく。重たい沈黙が戻ったのは、それからだった。
静かにドアが閉まり、会議室に残ったのは、向谷と遠山だけ。
「……すみません。助かりました」
遠山が小さく頭を下げた。姿勢は真っすぐだったが、声には明らかな疲労が滲んでいる。「謝る必要はありませんよ。全く、バカバカしい話です」
向谷は苦笑しながら言った。椅子に深く腰を下ろし、顎に手を当てたまま天井を見上げる。
「……今回の件ですか」
「いや、事件自体は深刻です。そこは誤解しないでほしい。選手やスタッフだけじゃない。観客にまで被害が及ぶ可能性があるのなら、それは最も重く、最も優先すべきリスクです。だが――」
言いかけて、少し間を置く。
「その大前提があるにもかかわらず、あの会議でやっていたのは何ですか? 自分の立場と影響力を拡大するための人事とマウント取りばかり。まるで政争ごっこです」
吐き捨てるような口調になったが、すぐに静かな声音に戻る。
「私はね、遠山さん。こういうときにこそ、“組織の器”が出ると思ってる。だからこそ、あなたがあの中で一人だけ、選手や現場の声を聞こうとしていた姿勢に、私は希望を感じました。……いや、まだ、希望を託せると、そう思っています」
「……恐縮です」
遠山は再び頭を下げる。その礼はさっきよりも深く、声はわずかに震えていた。
「別に誉めているわけじゃないです。事実を言ってるだけ。君がすべきことは、感謝じゃない。答えを見つけることです」
「……はい」
「で? 何か分かった?」
向谷の声が、少しだけ低くなった。
「君がただ暇つぶしに現場を嗅ぎ回っていたとは思っていない。そういう男じゃない。何か――掴んでるんでしょう?」
「お気づきでしたか」
「何年、君を見てきたと思っているの。こういう非常時こそ、黙って耐えることができないのが、君です。自分に何もできないと感じることが、いちばん堪える性分」
遠山はふっと、短く笑った。
「……ええ。さすがです。嘘をついても仕方がないので、はっきり申し上げます。今回の件、月島が何らかの形で関わっている可能性が高いと見ています」
「証拠は?」
即答だった。問いは短く、鋭く、容赦がなかった。
「……いえ。今のところ、決定的な証拠は掴めていません。あくまでも状況証拠にすぎません」
「……話にならないね」
向谷はすぐに立ち上がり、背中を向けたまま窓の外を見た。雨がガラスを細く叩いていた。無言の時間が、数秒続く。
「でも――」
遠山が口を開く。向谷は振り返らない。
「“でも”?」
「まず月島という身内の人名に驚かず、さらに証拠を尋ねてきたということは……理事ご自身にも、思い当たる節があるのではないですか?」
わずかな沈黙ののち、向谷は肩をすくめるようにして振り返った。苦笑混じりの表情だったが、その目は決して笑っていなかった。
「……まったく。そういうところは、よく考えが及ぶくせに、社交辞令とか建前のやりとりは本当に苦手ですね」
向谷は、遠山を見据えて微かに笑った。
「だからこそ、民間企業では向いていなかったんです」
遠山は苦笑しながらも頷いた。
「ふふ、まあいいわ。私も様々な現場をいくつか回ってみましたが、おそらく月島は黒でしょうね。あの人だけじゃない。スポンサーの一部もグレーどころか、黒に近い。あまりにもガサツで、雑すぎる作戦よ」
「そう思いますか?」
「これ、見たことある?」
向谷はそう言って、分厚いファイルの中から一枚のレポートを取り出した。
「株価ですか?」
「そう。最近のうちの主要スポンサーの株価推移よ。そして、月島が契約した警備会社のもの」
遠山はレポートを覗き込み、眉をひそめた。
「……あからさまですね」
「株価を不当に吊り上げようとしている。これは普通に罪になるわ。なのに、本人たちはばれないと信じ切っている。馬鹿げているわ。数字だけを追いかけて倫理観が欠如しているのよ。ルールの中なら、どんな手段でも許されると思い込んでいる。でも、そのルールすら、まともに把握していないの。どうせすぐに漏れるでしょうね。キャバクラかどこかで自慢話して、あっという間に」
向谷は冷ややかに吐き捨てるように言った。
「でも、問題はそこじゃない」
「そこじゃない?」
遠山は顔を上げ、向谷の言葉を待った。
「早川って警察官、覚えている?」
「ええ、もちろんです」
「さっき早川から聞いた話だけど、SNSの投稿者とか、秘密裏に逮捕されてるらしいですよ」
「え……?」
「闇バイトの連中だそうです。テレグラム経由で動いているらしいよ。あの事件の日、リーグ事務所に入ってきた刑事も、ホテルで張り込んでいた刑事も、ぶつかった外国人も、みんな闇バイトだそうです」
「そんなこと、全く気づかなかった……」
「ホテルで監視役をしていた刑事が焦ったみたいなんだ。あまりにも派手にぶつかったため、言われた以上に動いてしまった。心配になったんだろうね」
向谷は薄く笑みを浮かべたが、その目は険しい。
「で、早川たちの推測では、月島たちもその“闇バイト”的な立ち位置なんじゃないか、ってことだ」
「闇バイト……ですか?」
「ニュアンスは違うけど、ようするに今回の騒動のネタは外部から流れ込んできて、それを月島たちが利用しているんだ。話題になることを狙ってね。で、事態がその通りに進んでいるから、月島たちはよほど安心しきっているんだろう」
「最悪ですね……」
「いや、違う。問題は、その黒幕が誰なのかってことです」
遠山が声を潜めて訊いた。
「警察はどうするつもりなんですか?」
「その特定には時間がかかるそうですね。試合当日まで、もう残り四日。いや、実質三日しかない。だから警察はまだ様子を見ている。静観しているようです」
「ということは……」
「表向きは無観客試合を口にしているけど、犯人を捕まえたいからこのまま見守っているんでしょうね。泳がせて、ぼろが出るのを待つってこと。そうでなければ、この混乱は収まらない」
向谷の目が鋭く光った。
「月島たちはおそらく、金儲けの話を持ちかけられて動いている。指示に従って動いているだけ。最終的に一番危ないのは選手やスタッフ、そして観客です。それだけは間違いありません」
向谷は椅子に座ると、ゆっくりと背もたれに体を預けた。薄く唇を結び、目を閉じる。その横顔には、年輪を刻んだだけの重みと、理事としての覚悟が滲んでいた。
やがて彼女は目を開け、静かに言葉を紡いだ。
「……遠山さん。いいですか。警察は、確実に動いています。早川さんたちは優秀ですし、黒幕の特定も時間の問題でしょう。でも、試合当日までに逮捕までこぎつけるのは──おそらく、難しい」
彼女の口調は淡々としていたが、そこには確かな重みがあった。
「だから、私は覚悟しています。試合当日に起きる何かと、今の月島の暴走を止められなければ……リーグ理事の私が、責任を取るべきです。辞任は避けられません。けれど、その前に、どうしてもケリをつけたい。せめて、未然に事件を防ぎたい。犯人を、この手で引きずり出しておきたいのです」
向谷は机の上の指を、ぎゅっと握った。
「私はね。今後の日本の女子バスケに──いえ、場合によっては日本のバスケそのものに、禍根を残すようなことはしたくない。こんな事件で、人々の記憶に“バスケの暗黒時代”を刻まれるなんて、あってはならないことです。だから、残りわずかの時間ですが……必死に動いてください、遠山さん」
遠山は目を伏せた。そこに込められた想いの強さに、返す言葉をすぐには見つけられなかった。
「……お気持ちは、痛いほど分かります。でも……それでも、今のところ、決定打となるヒントが……」
その時、向谷がふっと苦笑した。歳月が刻んだ目尻の皺が、やや深くなる。
「神崎勇の小説でしょうね」
「え?」
「神崎ほのかに、新潟経由でヒアリングしたけど……彼女はまだまともに話せる状態じゃないです。母親は既に他界していて、事情を知る者はいない。唯一のヒントは、公開されている“あのパチモノ”──あの小説、読んでみたけど、まったくひどい。幼稚で支離滅裂。お世辞にも文学とは言えない。だけど……」
「……ヒントにはなります。内容自体に、何か“意図”がある気がして」
「うん。私もそう思っています。だからこそ──その投稿者本人が、こっちのリーグに、直接、手紙を送ってきたんです」
「えっ、本当ですか!?」
思わず前のめりになった遠山の目が見開かれる。向谷はため息まじりに目を細めた。
「まあ、いいわ。それより、これを見て」
「……手書き、ですね」
「そう。私宛に届いた。封は開けたけど、まだ誰にも見せていない。他の理事たちも、この存在すら知らない。遠山さん。私の代わりに、この差出人に会いに行って。真実を確かめてきて」
封筒の端には、細い筆跡で書かれたペンネームのような名前と、簡単な差出人住所だけが記されていた。奇妙に思えるほど整った文字。その静かな佇まいに、逆に不気味な意図がにじんでいるようにも見えた。
遠山が封筒に指をかけようとした瞬間、向谷が表情を引き締めて言った。
「気をつけて。月島に邪魔されちゃだめよ。それと──警察に知られてもいけない」
「……どうしてですか? 彼らも犯人を追っているのでは?」
「もちろん、犯人逮捕を目指してはいる。でもね、それ以外は、どうでもいいと考えている節があるの。事件が解決すれば、選手が何人倒れようと、試合が台無しになろうと構わない。極端な話、次に何かが起きるまで泳がせておいた方が、証拠も揃いやすいし、逮捕も確実だってね」
「……」
「私が聞いた限り、警視庁の中でも、色々と水面下で綱引きをしているらしいの。特に話題の事件だし、誰の手柄にするかってことよ。だから現場で判断が遅れる。すぐ動いてくれるとは限らない」
向谷の目が、ぐっと鋭くなる。
「いい? ここからは、時間との勝負よ。何が起きているのか、何が起きようとしているのか、あなた自身の目で、早く状況を掴んで。選手たちを、守りなさい」
その瞳の奥に、一瞬だけ揺れるものがあった。後悔──消せない過去の記憶。
「羽田の……前田選手を守れなかったときみたいなのは、もう無しよ」
その名を聞いた瞬間、遠山の中に、はっきりと感情が目を覚ました。
ケガを抱えていた前田早苗は、それでもコートに立ち続けようとしていた。チームの期待、エースとしての責任感、リーグの年間MVP。周囲もその姿勢に安心して、任せてしまった──それが、結果として選手生命を絶たせることになった。
あのとき、何もできなかった自分。誰よりも近くにいたのに、守れなかった悔しさ。叫びたいほどの後悔。今でも夜、ふとした瞬間に胸を突く記憶。
だからこそ、今度は──。
遠山は静かに手紙を受け取り、視線をしっかりと上げて向谷を見据えた。そして、深く一礼する。
「……必ず、守ります」