おれは
外は一面の無彩色でぼんやりと明るい。本来は庭とおぼしきがらんとした空間を、色を失った針葉樹が囲んでいる。
静かだ。近隣に他の人家は見られない。しんしんと降り続ける雪は、見上げると灰色の塵が無数に舞うようだ。
生者だった頃の習性か、律儀に玄関から外に出てしまう。車寄せには
車は数台ポーチの傍らに止められているが、いずれも分厚く雪をかぶり半ば埋葬されている。寂しい場所だ。ここに生きた人間たちが集っていることを、他に誰が知っているのだろうか。
おれは石段から数歩踏み出した。おれが雪の上を歩いても足跡はつかず、この世の理からはぐれた身の上を思い知らされる。こんな厳寒の中でも死神の身体は凍えず、ただ若干の肌寒さを感じるだけだ。それも風景がそんな気にさせているだけかもしれないが。
小夜子。
寝台に腰かけていた彼女の、美しい横顔を思い出す。人妻の不貞など珍しくもない話だが、どうしても彼女の儚くも神秘的な美貌とは結びつかない。あの浮世離れして華やかな夫婦には似つかわしくない、
しかし、それを前提とすると東條の不真面目な態度も納得がいく気がした。かれは妻の裏切りを知り、内心で苦しんでいるのだろうか。妻を愛するあまり告発もできず、思い詰めて死を考えているのかもしれない。だとすれば、生まれてくる子どもの顔など見たくもないだろう。
そんな女々しい男にも見えなかったが、死神には人間の心を読む能力がある訳ではない。ただ、人間の死相や殺意が見えるくらいだ。東條には濃い死相が現れていたが、おれという死神が来たのだから当然だと思っていた。
しかし、かれの絶望がそのような形で表れていたとしても不思議ではない。小夜子といい東條といい、人間の本心は分からないものだ。
おれはそんな男を殺すために顕現したのか。なんとなく後味の悪い心持がする。ひとの死に爽快感を求めていた訳ではないが、東條が死んだ後であの家は、小夜子や腹の子はどうなるのかと思うと気が沈む。
おれはとぼとぼとあてもなく館の周囲を歩き、やがて庭の端までたどりついた。死神は結び付いた人間から遠く離れられない、この辺りが限界だろう。
振り向けば、銀烏荘の全体が見える。図書室にあった絵はこの場所から描かれたに違いない。
陽光に輝いていた銀烏荘からは色彩が抜かれ、灰色の塊になっていた。二階のヴェランダに並んだフランス窓の片方から淡く暖かい光が漏れ、上の煙突から白い煙がかすかにたなびいている。あちらが小夜子の部屋だ。煙突キャップの上にも雪が積もり、隙間から細く煙が出ている。あの熱では、雪を解かすに至らないらしい。
スクラッチ・タイルで覆われた館の外壁には雪がこびりつき、白い苔が這うように見えた。近代的で、それほど古い建物には見えないのに、このまま雪に侵食され崩されてしまうのではないかと不安になる。手すりも窓庇も、煙突掃除用だろう、外壁のはしごすらも半ば雪で覆われている。これらが使われるのは雪が解けた後なのだろうが、それでも今の有様は廃墟じみている。
――
おれは夕闇が銀烏荘の輪郭を溶かすまで、ぼんやりと館を眺めていた。