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第3章:騎士は困惑し、干し肉は誰の手に

翌週の万葉歌人ギルド『月詠(つくよみ)の庵』は、朝から異様な熱気に包まれていた。いや、熱気というよりは、むわっとした獣脂の匂いと、甘く香ばしいタレの香りが混じり合った、なんとも食欲を刺激する(あるいは胃もたれを誘発する)空気が充満していた、と言うべきか。

原因は、カウンターの隅に鎮座する、山と積まれた『熟成干し肉一年分』の包みである。先日、王国騎士団のライオネル隊長が置いていったものだ。そして、その干し肉を賭けた『隊長殿の兜の素晴らしさを宇宙の真理として脳髄に刻み込む歌合戦・時々ポエムもあるよ大会』が、今まさに始まろうとしていた。


受付嬢・水月(みづき)は、今日も今日とて絶対零度フィールドを展開しつつ、なぜか手には審判用の白扇(もちろん自前)を持ち、その先端で自身の額をとんとんと叩いていた。普段の彼女なら、「面倒くさいことこの上ない」と一蹴しそうなイベントだが、厨房のあやめさんが「この干し肉を使って、ギルド創設以来の最高傑作『千年熟成肉と万年茸の和風ポトフ・隠し味は星の涙』を作ってみせる」と宣言したためか、水月の無表情の奥底にある「美味なるものへの探究心」という名のミジンコが、珍しくピクピクと反応した結果の開催であった。


「では、これより『ライオネル隊長ご提供・干し肉争奪!輝け!アシンメトリー兜の魂!歌合戦』を開始いたします。詠者は岩鉄様、草太様、それから……なぜか飛び入り参加のポンキチ殿(イタチ語の歌を水月が魂で解読する特別ルール適用)のお三方。審査員は、わたくし水月と、本日お越しいただいております依頼主、ライオネル隊長ご本人でございます」

水月の涼やかな声が響く。ライオネル隊長の顔は、期待と不安で微妙な色合いだ。兜の羽は、今日も元気に左右非対称を主張している。

ちなみに、歌仙翁は「儂は今、猫語の奥義を極めんとしておる故、歌合戦は辞退する。猫こそ宇宙じゃ」という内容の、非常に達筆だが判読困難なメモ(猫の毛が数本付着)を残して、どこかの縁側で日向ぼっこをしているらしい。


最初の詠者は岩鉄。彼は干し肉の山をチラチラと見ながら、よだれを隠そうともせず、豪快に詠い上げた。


兜の羽 天翔けりなば グリフォンも 唸るであろう アシンメトリー!

おお、その歪みこそ力! 歪みこそ魂! 叩いて伸ばして また叩いて! 我が鍛冶の鉄のごとく!

右を見れば希望の光! 左を見れば無限の闇! いや逆か! まあどっちでもいい!

とにかくすごいぞ隊長の兜! 干し肉よこせーっ!


「……い、岩鉄様。最後のは心の叫びが漏れ出ております。あと、兜は鍛冶屋の鉄とは若干異なるかと存じます」

水月が冷静にツッコミを入れる。

ライオネルは、「う、ううむ……力強い! 力強いが……我が兜の美学とは、少々方向性が……いや、しかしながらこの圧倒的な熱量は……!」と、頭を抱えて悩んでいる。


次に、草太が緊張した面持ちで前に進み出た。隣ではポンキチが「きゅきゅっ!(訳:芸術点高めで攻めろ!)」と指示を送っている。


静寂(しじま)に揺れる 一枚の羽 見る人の 心の鏡 映し出すなり

ある人はそこに勇気を ある人は刹那の美を ある人は……そう、幼き日に失くした小鳥の影を

隊長の兜の秘密 それはきっと 触れる者皆 詩人にする力……かもしれません


「……草太様、後半はもはやポエム、というかあなたの個人的な願望が滲み出ておりますね。小鳥を失くされたのですか? それは大変お気の毒なことで」

水月は、一瞬だけ(コンマ一秒)、わずかに同情的な視線を草太に向けた(ように見えたが、周囲は気づかない)。

ライオネルは「な、なんと繊細な……! 我が兜にそんな深い意味が……? いや、だがしかし兵士の士気向上には繋がるのか……? 詩人になっても困るのだが……」と、さらに混乱の度を深めている。


さて、ポンキチの番。水月がポンキチの前にしゃがみこみ、じっとその小さな口元を見つめる。

「きゅーきゅきゅ! きゅるるるきゅー! きききゅーっ!(甲高い声)」

ポンキチは、全身を使って何かを訴えている。

しばらくの沈黙の後、水月が顔を上げた。

「……ポンキチ殿の歌、解読いたしました。『隊長の兜、イカすぜ! あれかぶって森に入れば、モテモテ間違いなしだぜ、きゅきゅ! 例えばそうだな、伝説の黄金イタチの姫君だって、一目惚れするかもしれねえ! だからその兜、俺にくれ! 干し肉も全部俺によこせ! きゅー!』……とのことでございます。最後のはやはり本音が」

「イタチにモテても仕方ないし、兜も干し肉もやらんわーっ!」

ライオネルの魂の叫びがギルドに木霊した。

ポンキチは「きゅっ!(ちぇっ)」と不満げに鼻を鳴らした。


水月は、やれやれといった風情で(実際には表情筋は一切動いていない)、白扇をパンと打ち鳴らした。

「さて、三者三様の、ある意味で非常に個性的な歌が出揃いました。ライオネル隊長、いかがでしたでしょうか?」

「うううむ……どれも……どれも、我が意図するところと、絶妙に、ではあるものの確実にズレているような……! しかし、この、なんというか、型破りな発想力は……あるいは……」

ライオネルが唸っていると、ギルドの扉が恐る恐る開かれ、ひょろりとした若い兵士が顔を覗かせた。

「あ、あの……隊長……やはり、こちらにいらっしゃいましたか……」

「おお、ホソイではないか! ちょうど良いところへ! 聞いてくれ、今、我が兜の素晴らしさを称える歌合戦をだな……!」

兵士ホソイは、ライオネルの兜の左右非対称の羽飾りを見た途端、顔をしかめ、くしゅん!と可愛らしいくしゃみをした。

「だ、隊長……申し訳ありません……やはり、その羽飾りを見ると、どうにもこうにも……くしゅん!」

「な、何故なのだホソイ! 我が兜のどこが不満なのだ!? 言ってみろ!」

ホソイは、おずおずと口を開いた。

「その……右の羽が長くて、左の羽が短い……そのアンバランスさが……その、昔、私が村で一番可愛がっていた、ミミナガウサギの『ピョンタ』を思い出しまして……ピョンタは、生まれつき右の耳だけが異常に長くて……それが原因で他のウサギにいじめられて……ある嵐の夜、ピョンタは村から姿を消してしまったのです……! うう……ピョンタ……! あの羽飾りを見るたび、悲しくて、夜も眠れなくなるのであります……! くしゅん! くしゅん!」

ホソイは、涙ながらに(くしゃみを交えつつ)訴えた。

ギルド内は、一瞬、水を打ったように静まり返った。

ライオネルは、口をあんぐりと開けて固まっている。

岩鉄は「ピョンタ……なんと悲しい運命のウサギなのだ……!」と、もらい泣きしそうになっている。

草太は「わかります……失ったペットへの想いは、時を超えて胸を締め付けますよね……」と、深く頷いている。ポンキチも「きゅぅ……(訳:ピョンタ、可哀想に……)」と神妙な顔だ。


水月だけが、冷静だった。彼女はすっと筆を取り、懐から取り出した水饅頭の包み紙の裏(!)にするすると一句書きつけた。


兜の羽 兎の耳と 重なりて 兵士(つはもの)泣かす 秋の夕暮れ


「……ホソイ兵卒。そのお気持ち、お察しいたします。とはいえ、ピョンタはきっと、どこか遠い理想郷で、幸せに暮らしていることでしょう。例えば、耳の長さを気にしない、おおらかなカピバラたちと友達になって、毎日温泉三昧とか」

水月の、何の根拠もない、けれど妙な説得力のある言葉に、ホソイは「え……カピバラ……温泉……ピョンタが……?」と、少しだけ顔を上げた。

「左様にございます。それから、ライオネル隊長。兵士の士気を上げるのに、必ずしも兜の美的センスの共有が必要とは限りません。時には、ただ共感し、寄り添うことが、何よりの力となることもございます。あるいは、美味しいものを一緒に食べるとか」

水月は、そこでチラリと干し肉の山に視線を送った。

ライオネルは、はっとした顔で水月を見た。

「な、なるほど……! そうか、そういうことだったのか……! 我が悩みは、なんと浅はかであったことか……!」

ライオネルは、なぜか一人で深く感動している。そして、ホソイの肩を力強く叩いた。

「ホソイ! お前のピョンタへの想い、よくわかった! 我が兜は、これからはお前にとっても思い出の品だ! ……そうだ! 今日は皆で、この干し肉で盛大に宴会を開こうではないか! そして、ピョンタの冥福と、カピバラとの新たな友情を祝おう!」

「た、隊長……! ありがとうございます!」

ホソイは、今度は嬉し涙を流している。くしゃみも止まったようだ。

こうして、ライオネル隊長の依頼は、兜の羽の美的問題から、失われたペットへの追悼と、謎のカピバラ友情祈願へと、華麗にシフトチェンジし、なぜか丸く収まったのだった。干し肉は、ギルドメンバーとライオネル隊、それにホソイ兵卒によって、その日のうちに美味しく消費され、あやめさんの『千年熟成肉と万年茸の和風ポトフ』は、幻のメニューとなった(水月は内心、非常に残念がった)。


***


一方その頃、万葉の湯捜索隊の面々は、相変わらずの迷走を続けていた。

ギルドには、定期的にカラス便が届いていたが、その内容はカザミの胃痛を加速させるものばかりだった。


カラス便・岩鉄より:

歌う蜜蜂 奥義伝授と 相成りて 我が歌声に 花も咲き誇る

(訳:蜜蜂の師匠に認められ、歌の力で花を咲かせる技を習得したぞ! 歌仙翁捜索? ああ、そんなこともあったな! まずは歌の道を極める!)

ポンキチ、岩鉄の弟子入りを祝し、蜜集めに励む。美味なり。 草太記


カラス便・歌仙翁より:

猫の国 我を王にと 望む声 断りきれずに 茶をすする午後

(訳:近隣の猫たちが集まってきて、なぜか儂を猫の王にしようと画策しておる。困ったものじゃが、猫たちのもてなしが心地よくて、つい長居をしてしまうのう。万葉の湯? ああ、そういえばそんな話もあったような……まあ、急ぐ旅でもないしな、ふぉっふぉっふぉ)


カザミは、それらの報告を受け取るたびに、研究室の床を転げまわりたい衝動に駆られた。

「だ、だめだ……もうだめだ……! 源泉は枯渇し、私の研究もここで終わりだ……! いっそ、私も猫の国へ行って、歌仙翁様と一緒にお茶でもすすっていたい……!」

完全に心が折れかかった彼が、最後の望みを託して再び『月詠の庵』を訪れたのは、ある日の午後。顔色はもはや土色を通り越し、アスファルトのようだった。


「み、水月さん……! もう、万策尽きました……! 応援部隊は蜜蜂に夢中だし、肝心の歌仙翁様は猫の王になりかけてるし……! 万葉の湯は、もう……!」

涙目で訴えるカザミに、水月は、いつものように手元の木簡(今回は乾燥昆布に直接書いている。理由は「インクの乗りが意外と良いから」)から顔も上げずに応じた。

「カザミ様、ごきげんよう。お顔の色が、まるで『深淵を覗きすぎた者の末路』という名の新作墨汁のようでございますね。お労しいことです」

「そんな墨汁いやですっ! それより、万葉の湯は!?」

「ああ、その件でしたら、先ほど興味深い報告が別のルートから入りましたのよ」

水月は、ひらりと一枚の羊皮紙(妙に香ばしい匂いがする)をカザミに見せた。差出人は不明だったものの、使者の風貌は「全身がパンで出来ていて、蜂蜜の香りを漂わせる吟遊詩人」だったらしい。

「『万葉の湯、最近湯量が減ったと思ったら、源泉近くの洞窟で巨大なナマズが昼寝してて、その寝息で歌のエネルギーがうまく循環してなかっただけだったっぽいです。ナマズを起こしたら、なんかゴボゴボって音と共に湯がドバドバ出てきました。めでたしめでたし』……とのことですわ」

「…………へ?」

カザミは、あんぐりと口を開けたまま、完全にフリーズした。

数秒後。

「ナ、ナマズ!? 巨大なナマズの寝息ぃ!? そ、そんな……そんなバカな理由で……私の数ヶ月に及ぶ苦労は……! 古代歌のエネルギー循環理論は……!?」

「アストラルディアの日常茶飯事でございます。伝説の裏には、だいたいナマズか、うっかり者の小神様か、あるいはものすごく食いしん坊な妖精が関わっているものですのよ。当ギルドの過去事例データベースによれば、その確率は約73パーセントでございます」

水月は、さらりと言いのける。

「で、では……私の依頼は……?」

「結果的に解決いたしましたので、成功報酬として、ギルド歌人の好物『みたらし団子一年分』を後日ご請求させていただきます。ああ、それと、解読不能な歌仙翁様のカラス便解読料として、大福を百個ほど追加でお願いできますでしょうか。最近、ポンキチ殿の通訳の精度が落ちてきて、水増し解読が必要なケースが増えておりますので」

「だ、団子一年分と大福百個……!?」

カザミは、もはや何に驚けばいいのか分からなくなり、ただただその場にへたり込んだ。

水月は、そんなカザミに、そっと心のなかで(今回は少しだけ声に出して)言った。

「……カザミ様。人生とは、かくも理不尽で、かくもゆるふわなもの。今回の件で、一つ賢くなられたことと存じます。落ち込まれましたら、厨房のあやめさん特製『絶望の淵からの生還プリン・希望のカラメルソースがけ』でもいかがですか? 今なら焼き立てでございますわよ」

その言葉に、カザミはなぜか少しだけ元気を取り戻したようだった。美味しいものは、やはり偉大である。


***


ギルドの日常は、いつしか、いつも通り奇想天外に過ぎていく。

ある晴れた日の午後、ギルドの中庭では、歌仙翁が、どこからか連れてきた大量の猫たち(なぜか全員、歌仙翁とお揃いの小さな和歌の巻物を首に巻いている)に囲まれながら、のんびりとお茶をすすっていた。岩鉄は蜜蜂の歌を応用し、庭の植木に無理やり桜を咲かせようとして、木の精霊に怒られている。草太とポンキチは、二人(と一匹)で新作の連歌「愛と友情と時々おやつ~ポンキチ叙事詩・第7章~」を創作中だったが、助詞の使い方で大喧嘩の真っ最中だ。


水月は、そんな騒がしい(しかし平和な)光景を窓辺から眺めながら、受付カウンターに頬杖をついていた。彼女の足元には、最近ギルドに住み着いた「哲学するナメクジ」のナメゾウ(「我思う、故に我あり……しかし、我はそもそも殻がない故に家なき子……この矛盾こそ宇宙の真理か……ぬぅ」などと常に呟いているものの、誰も聞いていない)が、のろのろと這っている。

ふと、水月の脳内奇想天レンダーが、カチリと音を立てて回転した。


(……そういえば、最近ギルドの屋根裏から、夜な夜な妙な音がするのよね。誰かがこっそり干し柿でも作っているのかしら。それとも、忘れ去られた古代の神様が、退屈しのぎにタップダンスでも踊っているのかしら。もし神様なら、きっとリズム感が絶望的に悪いタイプに違いないわ。そうでなければ、こんな中途半半端な音にはならないもの)


そんな、全くどうでもいい妄想にふけりながら、水月は目の前にあった領収書の束の一番上に、さらさらと一句書きつけた。


屋根裏の 音は何ぞと 思へども 多分どうでも いいことだらう


彼女は小さくため息をついた(ように見えたが、実際は無表情で二回まばたきをしただけだ)。

「さてと……今日の夕飯は何かしら。あやめさん、確か『無限増殖する魔法のパン生地を使ったピザ・トッピングは昨日採れた謎のキノコ』を試作すると言っていたような……。果たして食べられるものなのかしら。まあ、このギルドでは、日常が常に実験みたいなものだから、今さら驚くことでもないけれど」


ギルドの扉が、またしてもギギ、と音を立てて開く。

現れたのは、配達人風の男だった。手には、ずっしりと重そうな麻袋を抱えている。

「こ、こちら、月詠の庵様でよろしいでしょうか? あの……『森の賢者』様からのお届け物でございます。曰く、『先日お世話になったナマズが、お礼にと言って置いていった「輝く泥団子」ですが、どう見てもただの泥団子なので、そちらで有効活用してください』とのことでして……」

水月は、その泥団子の山(確かにただの泥団子にしか見えない)を一瞥し、やはり表情一つ変えずに応じた。

「承知いたしました。有効活用……そうですね、ギルドの庭に撒いて、何か奇跡的な植物でも生えてくるのを期待するか、あるいは岩鉄様に粘土細工の材料として提供するか……後者の方が現実的でしょうか」

配達人が恐縮しながら泥団子を置いて去っていくと、水月は、その泥団子の一つを指でつつきながら、またもや脳内レンダーを回転させた。


(輝く泥団子……ね。もし本当に輝いていたら、アクセサリーにでも加工して、次の依頼人に高値で売りつけられたかもしれないのに。ああ、でも、よく見たら、この泥、少しだけキラキラ光る粒子が混じっているような……まさか、ダイヤモンドの原石……なわけないわね。きっと、ナマズの鱗粉か何かでしょう。だとしたら、アレルギー持ちの人は大変ね)


そんなことを考えながら、彼女は今日何度目かわからない筆を取り、今度は受付の電話機(もちろんダイヤル式の黒電話だが、なぜか時々宇宙からの混線を受信する)の横に置いてあったメモ帳に、一句書きつけた。


泥団子 光るか光らぬか それが問題だ ナマズの心は 読めぬものかな


(……本当に、このギルドは、意味のないものと、ゆるふわな出来事と、そして時折訪れる美味なもので出来ているわね)

水月は、静かに目を閉じた。ほんの一瞬、彼女の唇の端が、ほんの僅かに、本当にマリアナ海溝の深海魚のヒレの先ほど、上がったように見えたかもしれない。それは、アストラルディアの七不思議を超える、八番目の奇跡と言っても過言ではなかった。

だが、次の瞬間には、いつもの絶対零度な無表情に戻っている。


「さて……そろそろお茶の時間ね。あやめさんに、例の『飲むと過去のトラウマがどうでもよくなる紅茶・ただし副作用で三日間語尾が「にゃん」になる』淹れてもらおうかしら。たまには、そういうのも悪くないかもしれないわね、にゃん……あら、もう効果が出始めたかしら」

その呟きが、本当に水月のものだったのか、それとも近くにいた猫の鳴き声だったのか、あるいは彼女の脳内再生だったのかは、永遠の謎である。

かくして、万葉歌人ギルド『月詠の庵』のゆるふわな一日は、またしても意味のない歌と、奇想天外な出来事と共に、ゆっくりと暮れていくのであった。次の依頼は何だろうか。どんな面倒くさい……いや、どんな創造力を刺激する案件が舞い込んでくるのだろうか。

――その答えは、明日吹く風と、厨房から漂ってくる甘い香りのみが知っているのかもしれない。たぶん。

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