新学期二日目。今日は身体測定と体力測定の日だ。まずは身体測定から始まった。男子は学年ごとに交代で体育館に集められ、一斉に受ける。中等部二年の男子だけでざっと百人。どの測定コーナーも長蛇の列ができるのは当然だった。全校生徒の半数が同時に動くのだから。
女子はいいよな、とぼくは思う。クラス単位で、しかも自分たちの教室で受けられるんだ。さらに『戸澤総合病院先端医療研究所』から専門の女医さんが来てくれて、マンツーマンで「身体相談」とかいう手厚い待遇らしい。ひどくないか?
「女子は別室で身体相談とかマジ天国じゃん? 『戸澤病院』の先生、体育館にも巡回してくれよ!」
誰かがそんな風にぼやいていたのが聞こえた。湯川学園の校舎は地上一階建てでスタイリッシュな白い建物が自慢だ。そんな洒落た校舎でも、身体測定の時ばかりは、男子の体育館は戦場みたいな騒ぎになる。
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体育館の中は、男子生徒たちのざわめきと、測定器の無機質なピーピー音で完全にカオスだった。あっちこっちで「やった!」「また縮んだ!?」なんて声が飛び交っている。ぼくも順番が来て、身長計の前に立った。少しでも高く見せようと、思わず背筋をピンと伸ばす。
「155センチ……うーん、去年とあまり変わってないなあ。まさか身長、これ以上伸びないのかな、ぼく」
心配そうなぼくのつぶやきを、隣で体重を測り終えた山田が聞いていた。去年までぼくより小さかったくせに、最近ぐんぐん背が伸びている山田は、余裕の表情で笑う。
「なあにタケル、これからこれから!」
「うちの兄貴なんか去年中三から急に伸びて、あっという間に170センチまで一気に伸びたぞ。晩飯いっぱい食って寝ろ!」
「あとな……肉食え肉!」
「そっか……でもうちの親父、背が低いんだよなあ…遺伝って結構大きいっていうし……」
山田も身長を測った。
「お! 俺は167センチだ!」
「いいペースだな、この調子で卒業までには180センチいけるかも!」
なんだよ……山田のやつ。去年まで、ぼくより小さかったのに、いつの間にか追い抜いていたんだよな。ちょっと悔しい。
「お? カイトも測るのか?」
山田が身長測定をしているカイトの方へ近づいて行った。カイトはまっすぐに立ち、測定器の前に立つ姿勢さえも完璧に見えた。計測していた年配の男性教師が、タブレット端末でカイトの情報と測定結果を見比べている。先生は「ふむふむ」と何度も頷きながら、なんだか納得したような顔で呟いた。
「ま、設計通り、か」
そりゃあ設計通りに作るよな、人工知能ユニットなんだから。何を今更、と思ったその時だ。隣で、『全中(全国中学生)の平均データ』を見ていた若い女性教諭が、思わずといった様子で感嘆の声を漏らした。
「あら先生! ホントですね……誤差ゼロじゃないですか! 全国の平均値と全く同じだわ!」
「ホントだ……小数点以下までピッタリだ……すごいな、カイトくん……」
別の男性教師も驚きの声を上げる。カイトは先生たちの反応を静かに聞いていた。若本先生がカイトに声をかけた。
「カイトくん、次はあっちの体重計コーナーで体重も測ってみようか。いいかな?」
「はい、若本先生。了解しました」
カイトは淀みない動作で、若本先生について体重測定の場所へ移動した。先生たちはまだ「設計通り」という言葉に驚いているようだった。
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(カイトの思考ロジック:タケルと、山田の身体データを測定。分析を開始する)
「橘タケル君の骨格データに基づき、筋肉の断面積を推定しました。過去の運動データとの相関性から、運動不足の傾向が見られます。改善策としては、週に三回以上の有酸素運動と、基礎代謝を高めるための筋力トレーニングが推奨されます」
カイトは淡々と、分析結果を口にした。その数値データに基づいた論理的な指摘に、タケルは少し気まずそうな顔をした。
「タケル君の筋肉量は45キログラム。これは同年代男子の平均より12.3パーセント低い値ですが、標準偏差内です。山田君は平均より8.5パーセント高く、運動習慣が確認できます」
「山田君のBMIは22.5。データによればこれは『普通体重』に分類されます。しかし、筋肉量と体脂肪率のバランスから、運動による増強傾向が顕著に見られます」
カイトはさらにデータに基づいた分析を続ける。身長158センチ、体重50キロ……といった全中男子の平均データも参照しながら、ぼくや山田の数値を比較していく。なんだかよく分からない専門用語と数字の羅列に、少し目が滑った。
一方、山田はなぜか対抗意識を燃やしていた。
「俺のBMIは22.5だって!? 普通じゃねえよ! これは筋肉で鍛えられてる系だから! ただの普通体重と一緒にすんな!」
カイトの論理的な分析に、感情的に反論する山田。カイトは首を傾げているようだった。
「うーん、なんかすごいことは言ってるんだろうけど、数字ばっかりでよく分かんねーな……」
ぼくはカイトの分析を聞きながら、山田のリアクションを見て、なんだかおかしくなってきた。カイトの「平均的中二ボディ」からは想像もできない、細かすぎるデータ分析に、ぼくと山田はただポカンとするしかなかった。
―― 第3話へ つづく ――