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第3話 平均的中二ボディ【女子編】

 わたしたち女子は、教室で身体測定を受けていた。体育館の男子とは違い、人数も少ないせいか、全体的に静かな雰囲気だった。『戸澤総合病院先端医療研究所』から派遣されたという女性医師の、優しくて落ち着いた声が響いている。測定を受ける生徒たちの緊張を和らげているようだった。ナギさんも、その静かな列に並んでいる。


「高野さん、次は身長と体重を測りましょうね」

「えっと、何か気になることは?」

「いえ、特に……」

 心の中では、全部気になるよ……! と思っている、けど言わない。


 医師に呼ばれて、わたしは少し緊張しながら身長計の前に立った。朝、タケルが身長が伸びないって心配していたのを思い出す。わたしも少しでも伸びてるといいんだけど……。


 ――結果が出た。

 数値は乙女心に配慮してね。秘密。


 しっかし、身長はまたあんまり伸びてないのに、どうしてお腹周りとか太ももだけ……こう……しっかりしてくるんだろう。もぅっ! スカートのウエスト、きつくなった気がするな……。


 体育の授業なんて、憂鬱でしかない。着替える時だって、みんな、もう大人みたいな体つきの子もいるのに、わたしはまだ全然で……かと思えば、別のところは妙に目立つような気がして、嫌だな。

 体育着のハーパンの上にシャンプーハットみたいなスカートを重ね着するのが流行ってるけど、これも体型を隠したい子の流行なのかな、なんて思ったりする。でも、そのまま男子の前に出たりはできない。ちゃんと、普通のスカートに履き替えないと。


   ◯


 測定が終わり、今度はナギの番になった。ナギは、なんの迷いもなく、流れるような自然な動作で測定器の前に立つ。その姿は、人間の女の子と全く見分けがつかないほど精巧だった。


 ナギは、きっと身体測定の結果も全部、設計通りなんだろうな。伸びたいところにちゃんと伸びて、太りたいところには無駄なく脂肪がついてて……わたしみたいに、あっちこっちちぐはぐに変わっていく身体とは違うんだ。

 医師がタブレットでナギの情報を確認し、測定結果を入力する。その瞬間、医師は目を見開いて、そして小さく息を呑んだ。隣に控えていた隣のクラス担任の橋本先生も、タブレットの画面を見て驚いているようだった。彼女たちの目線が、ナギ、そしてナギの情報が表示されたタブレットの間を行き来する。


「あの……先生……?」

 医師が、信じられないものを確認するかのように、もう一度画面を見た。

「ええ……間違いありません……カイト君もそうでしたが……本当に完璧な……」

 橋本先生の声も、驚きを含んで震えているようだった。

「……全国の中学二年生女子の……平均値と……小数点以下まで……」


 医師と先生は、ナギの「平均的中二女子」としての完璧すぎる数値に、ただただ感嘆し、そして困惑しているように見えた。ナギは、そんな大人たちの反応を気にする様子もなく、ただ静かに立っていた。


   ◯


 身体測定が終わり、わたしはナギと少し離れた場所で待機していた。ナギは、測定されたわたしのデータをすぐさま分析し始めた。その分析は、カイトがタケルたちにしたように、データに基づいた非常に詳細なものだった。


(ナギの思考ロジック:高野咲良の計測及び分析を開始する――)


「高野咲良さんの身長は平均より1.8センチ高く、成長期の波形としては後期型に分類されます。骨密度は同年代女子の平均より高い数値を示しており、これは食生活や、おそらく兄弟構成にも影響されており──」

「え、なんで兄弟のこと知ってるの!?」


 思わず、わたしの声が上ずった。ナギの口から「兄弟構成」なんて言葉が出てくると思わなかったからだ。わたしには、小学生の弟が一人いる。そのことをナギに話した覚えはない。


「データから推測しました。登録されているご家族の人数と、過去のビッグデータとの照合、そして咲良さんの骨密度の数値との相関性を分析した結果、兄弟が存在する可能性が最も高いと判断しました。家族構成は個体の成長に影響します」


「!!」

「待って待って! 一回黙って!」


「了解しました。……黙ります」

「一回……一回とは、どのくらいの時間が必要なデータの単位でしょうか? 経験データから判断すると、人間の会話における『一回黙って』とは、平均的な沈黙時間を考慮して、5秒というデータが算出されます。このデータに基づき、5秒間の沈黙を実行します」


 ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……

 ポーン!


「5秒経過しましたので、会話を続けてよろしいでしょうか?」

「よっ、よろしくありませぇぇぇん!! やめてー」


 わたしは思わず叫んでしまった。ナギの、あまりに正確で、あまりに無機質な反応に、驚きと、そしてちょっとした可笑しさがこみ上げてきたのだ。ナギの顔は相変わらず冷静そのものだけど、その視線を逸らさぬ眼差しが、なんだかプログラミングされたユーモラスな反応のように見えて、少しだけ笑ってしまった。


 そして更にナギは続けて――


「咲良さんの体脂肪率は、平均的な女子中学生の許容範囲内ですが、特定の部位に偏りが見られます。これは将来的にふくよかになるというリスクを高める可能性があります」


「やめて」


 顔から火が出るほど恥ずかしくなってきた。


   * * *


 身体測定も無事に……? 終わって、待ちに待った昼休みだ。ぼくと山田はコンビニに昼ご飯を買いに出かけることにした。今日の午前中の身体測定で、カイトがぼくの運動不足をデータで指摘してきたのを思い出す。山田もぼくの身長をからかってきたし、今日の午前中は散々だったかもしれない。


「おーいタケルぅ、昼飯買いにいこうぜ! 俺、今日の午後の体力測定に向けて、がっつり食いたい気分!」

「おー! いいな! 今日は給食ないんだっけか。カロメでも買っとけばよかったなぁ……って、山田はカイトに運動習慣あるって言われて調子乗ってんだろ!」

「へへーん! まあな!」


 なんて言いながら、ぼくたちは昇降口へ向かう。山田はコンビニで何を買うかもう考えているらしい。


 さて、午後からは体力測定だ。体育館で男女合同で一斉にやる。午前中よりさらに人が増えるだろうから、もっと混雑しそうだな……。あー……考えるだけでちょっと憂鬱になってきた。体育は得意じゃないし、またカイトに変なデータを取られて分析されるんだろうか。ナギも来るのかな……。


          ―― 第3話 おわり ――

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