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第4話 カイトとぼくらの体力測定

 ぼくとカイトと山田は、校庭に出てきた。

 新学期の校庭は、きれいに整地されている。花壇からは、土の匂いに混ざって、水仙の花の、少しひんやりしたような、いい匂いがしてくる。桜もどんどん散り始めていてすこしずつ緑が増えてきた。高い青い空に真っ白な雲がゆっくりと流れていく……。

 ぼくは腕を目一杯あげて背伸びした。んーっ。


 午後からは男女合同で体力測定。体育館と校庭で各種計測がブースになって分かれている。ぼくとカイトと山田は一緒にまわることにした。


「さて順番も決まってないことだし、どこから攻略しようか」

「お! 握力コーナーに女子が一杯いんじゃん。タケル! あそこから行こうぜ」

 あいかわらずの山田である。

「えー混んでるじゃん、ぼくはやだなあ。先に50メートルいかね?」


(カイトの思考ロジック:なぜ山田は女子が沢山いるとそれを優先にするのか)


   ――分析開始――

 山田君の行動は、異性、特に生殖可能な年齢の女性集団に対する自己の優位性アピールと解釈されます。これは生物種が子孫を残すために備えた本能的なプログラミング、進化の過程で獲得された行動様式であり、社会的な評価や遺伝子の拡散といった複雑な要因が絡み合っています。彼の脳内でドーパミンやセロトニンといった神経伝達物質が特定のパターンで分泌されている可能性が高いと推測されます。

   ――分析終了――


「今年は結構自信あんだよな」

「いいから! 女子にいいとこ見せないでどうする。いくぞ!」

 隣で山田が腕をモミモミしながら自信満々といった感じだ。ぼくも軽く肩を回す。

「お前はパワーだろ、自信あるの」と返すと、山田はニッと笑った。

「んだよ、タケルだって持久走とかそこそこじゃん」

「俺は今日、パワーを見せつけて、女子にアピールすんだ!」

 そんな他愛ない会話をしながら、握力測定ブースに向かった。


   ◯


「っしゃあァァァ!」


 山田が気合いを入れて握力計を握り込む。顔を真っ赤にして力んだ結果は、同級生の中でもかなり良い記録だった。


「どうだ! これが俺のパワーのちから!」


 山田は満足げに髪をかきあげ、近くにいた女子たちの方をチラリと見る。かきあげるような長さじゃないのにな。


「えー山田くんすごーい!キャッキャッ」

 何人かが黄色い声を上げるのに、ぼくは呆れて笑うしかなかった。


 ぼくの記録はまあ、普通より少し上くらい。他の男子たちも、自分の記録に一喜一憂している。

 カイトがじっと山田を見ている……。黙っていると不気味なんだよな、また分析しているのかもしれない。


「山田は、ほんと力はあるよな」

「タケルこそ、もっと気合い入れろって。ほら、女子見てんぞ?」

「見てないって」

 そう言いながらも咲良はどこかな? と目だけで探していた。


 カイトが計測を始めた。表情一つ変えず、淡々と握力計を握る。記録が表示される。数値は、全国平均とほぼ同じだった。


「お、おぉ……」


 担当の先生が少し戸惑った声を出す。

 カイト、また平均か……。あんなに完璧そうに見えるのに、なんで記録は普通なんだ?


   ◯


「さてタケル、お待ちかねの50メートルに行こうぜ」

「お待ちかねって、まあ少しは自信あるけどさ……」

「――タケルは、50メートル走に自信がある……分析開始――」


 ん? カイトのやつ、なんか気になる事を言うなぁ。

 ぼくたち3人は、50メートル走の受付に向かった。


「おい、タケル……ありゃあなんだ?」

 山田が、テントがあるブースを指さして、聞いてきた。

「あれは僕とナギを詳細に分析し、調整をしている。戸澤製作所の研究所から派遣されているエンジニアと研究者のテントです」

「へぇ……なかなか興味深い機器が並んでいるな(ゴクリ)」ぼくは思わず、計測機器をながめながら唾を飲んだ……ゴクリ。

「タケルはああいうの好きだよな。俺は、なんだかピカピカ光ってたり線が一杯あって、わけわかんないけどな」


 ごもっとも。普通の男子いや、体育会系は、ああいうのあまり興味ないもんな。


 合図と共に、カイトの体が射出されたかのように滑り出した。

 足音は驚くほど静かだ。姿勢は微動だにせず、手足の動きは一切の無駄がない、定規で引いたような直線と曲線だけで構成された完璧なフォーム。

 それは、力強いというより、重力を無視したかのような、異様なまでの美しさだった。

「うわ、きっっもちわる……」と山田が思わず顔をしかめる。

 他の生徒たちからも、どよめきとも困惑ともつかない声が漏れた。

 その時、体育館の片隅のテントブースでは、モニターに映し出されたカイトのバイタルデータと共に、【リミッター:ON】【松果体:安定】という文字情報が点滅していた。研究員たちが、データを見ながら何かを話し合っているのが遠目に見えた。


 今の動き……まるでロボットみたいだった……。あれが、カイトの「普通」なのか?


「なっ……あんなに綺麗なのに、速くねえのかよ……気持ち悪……」


 山田が再び顔をしかめる。

 だが、一部の女子たちは違った。カイトの完璧な走行フォームを見て、「きゃー! カイトくん、かっこいいー!」と黄色い声援が上がる。

 その声援を聞いたカイトは、ゴールラインを過ぎたところでピタッと止まると、フッと口元を緩め、先ほどの山田の仕草を真似て、サラリと前髪をかきあげた。そして、声援を送った女子たちのいる方を見たのだ。


「きゃあぁぁぁぁ!」

「いやぁぁぁぁぁん」


 女子たちの歓声が、一段と大きくなる。

 山田は「はぁ!? なんだあいつ!」と悔しそうにカイトを睨みつけていた。


「今の……、山田の真似? なんで、急にあんなことを……?」


 ぼくは、カイトの行動に理解が追いつかず、ただ困惑するばかりだった。カイトは、女子の反応を見て、ああいう仕草をすれば喜ばれると判断したのだろうか? それとも山田のマネをする事で実証試験でもしているのだろうか。まるで、人間の行動パターンを分析し、シミュレーションしているみたいだ。


 さて……ぼくの番がまわってきた。少し緊張したが、スタートでうまく地面を蹴れた。練習通りの、堅実で無駄のない走り。速筋と遅筋のバランスが良い、最後まで粘れる自分の走りを信じて、まっすぐに前を見て走り抜けた。


「っしゃあ!」という咆哮と共に、山田は筋肉の塊が飛び出すようなスタートを切った。太ももや肩周りの筋肉が躍動しているのが見える。しかし、どこかぎこちなく、全身のバネを連動させるより、腕力と脚力だけで無理やり進んでいる印象だ。後半、このままのペースを維持できるのか、少し不安になるような走り方だった。


          ―― 第5話へ つづく ――

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