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第二話 俺様農村でむせび泣く

「……」


 十五年前の俺を絞め殺してやりた~い。


 と、俺は記憶が蘇った瞬間に、そう強く思った。


 俺は村の畑を狙う魔豚を棒で叩いて追っ払っていた所、逆襲され体当たりされ河原に転げおちて岩に頭を打ち付け、十五年前の白い空間の記憶を取り戻し、前世の記憶も取り戻し、そして頭を抱えて後悔しながら河原でぐねぐねとしていた。


 チート、取っとけよおっ!!

 せめて貴族に生まれさせてもらえようっ!!

 馬鹿だなあ俺!!

 女神さまに見栄を張っても付き合っては貰えねえんだよっ!!


 おおおおおおっ。


 涙が出てきた。

 十五年前のご臨終ハイの時の頭では解らなかったが、この世界の平民は酷い。

 しかもだ、内陸の農村だ。

 WEB小説の小綺麗な平民なんか存在しないんだ、ここは本格ファンタジーどころか、リアルの西洋風味の中世農村だ。


 地獄だ地獄。


「ちっくしょ~~~!!!」


 前世の記憶は蘇ったが、この世界で十五歳まで馬鹿農民の子供として生きていた記憶もある。

 農作業づくめで学校どころか本を読んだ事もねえ。

 遊びは森に行って枝を拾って大暴れだ。

 しかも森には魔物が出るから、子供は年に五人は死ぬ。

 良く俺は死ななかったな。


 そして、ここは農村だ、農村。

 村中で小麦と芋を作って、それを売って細々と生きている。

 一年の楽しみは、たった二回、春祭りと、収穫祭だけだ。

 それ以外は休みも無く、ただ畑と向かい合う生活だ。

 飯も不味く、兄妹も多いから取り合いで殴り合いで取っ組み合いだ。


 あの時の俺は、転生先を日本の平民のつもりで考えていた。

 だが、この世界の現実の農村はいわばヘルモードだ。

 チートも無い、身分も金も無い。

 何が前世知識だ、料理の腕だ。

 農村ではそんなもの振るいようも無いだろうっ。


「そ、そうだステータスを見よう、女神さまかネコチャンさんが気を利かせて、なにか有能なスキルを入れてくれたかもしれない、農耕神の加護とかっ」


 俺は中に手をかざした。


「ステータスオープン!!」


 ……。


 何も出ませんでしたー。


 その後必死に、ステータスウインドウとか、オプションとか、レジストリとか思いつく限りの言葉を発したが、何も出ませんでしたー。


 俺はがっくりと河原に崩れ落ちた。


「俺の異世界グルメは、始まる前に終わった」


 俺は悲しくなった。

 涙を流した。

 おいおいと声を出してむせび泣いた。


 無理だ、金も才能も無くて、ただ前世の記憶だけを頼りに成り上がるなんて。

 俺は中世の農村舐めてた。

 舐め倒していた。


 西洋中世の農民の子供というのは、将来何になるかというと、農民なのだ。

 それ以外の選択肢は無い。

 勉強が出来ても、勉強が出来る農民になるだけで、料理が上手かったら料理が上手い農民になるのだ。

 前世の日本みたいな職業の自由なんてものは元から無いのだ。

 農民の息子が腕っ節が強いからといって騎士に取り立てて貰える事は、まず無い。

 良くて冒険者だ。

 そして、俺はこの世界で十五年育ってきて解った。


 俺は喧嘩がめっぽう弱い。


 村の中の男児の順位だと、下から五番目ぐらいだ。


――万策、尽きた。


 俺は立ち上がり、肩を落としてとぼとぼと家に向かった。

 夕方まで芋畑の見張りの約束だが、そんな気分になれなかった。


 家に帰って泣こう。


 柵に囲まれた村の中に入る。

 なんというかすんごいボロい家々が並んでいる。

 俺の家もその中の一つだ。


 部屋は一部屋、藁の寝台でみんな裸になって毛布にくるまって寝る。

 シラミ、ノミ完備で、犬も居る。


 前世の水準からすると考えられないぐらいの水準の貧乏なのだが、恐ろしい事に、これで村では中流家庭だ。

 下を見ると、どこまでも貧しい人が居る。

 女神様へのリクエスト通り、これがこの世界の平民なのだ。

 文明という物が無い暗黒の中世農村はここまで酷いのだ。


「ただいまー」

「おかえり兄ちゃん、畑の番は?」

「ちょっとショックな事があったので今日は休みだ」

「えー何言ってんの、お父さんにぶたれるよ」


 このわらで縄をなっている、ちょっと可愛いが芋臭いのが今世の妹のピカリだ。

 ハツラツとした働き者だが食いしん坊である。

 良く俺のシチューの肉をかっぱらって来る。


 このピカリを混ぜてこの家には五人の兄妹がいる。

 兄が二人、姉が一人、俺が一人、妹がピカリだ。

 あと三人兄弟が居たのだが、色々あって死んだ。

 農村の人間は沢山生まれて沢山死ぬ。

 病気で、飢えで、怪我で、魔物に食われて、人は死ぬ。

 なんというヘルモードか。


 悲しくなって涙が出てきた。


「わわ、大丈夫かリュージ兄ちゃん、マジに具合悪いのか」

「兄ちゃんは心の病にかかったんだ」

「なんだあ、恋の病か、マリアか? セシルか? 兄ちゃんも気が多いからなあ」


 ピカリが言う村の女子の顔を思い出す。

 ……、良くもまあ、あんなジャガイモみたいな女の子に欲情していたな、俺。


 ああ、この前世の記憶って呪いかもしれない。

 思い出さない方が楽しい異世界農村生活を過ごせたかもしれないなあ。

 ヨヨヨ。


 母ちゃんが野草を籠一杯に摘んで戻って来た。

 部屋の隅で泣いている俺を見て眉間にシワを寄せた。


「どうしたんだいリュージ」

「なんか、ついに脳に来たみたい」

「んな事ねえよっ!」

「畑の番してたんじゃ無いのかい」

「魔豚が来たんで追っ払ったけど体当たりしてきて、吹っ飛ばされて頭を打ったから休みに来た」

「お、ほんとだ、すげえこぶ」


 ピカリが後頭部を撫でた。


「いてえっ!」

「あ、ごめん」


 母ちゃんが寄ってきて、俺の額に手を当てた。

 ゴツゴツしてるけど暖かい手だな。

 前世では施設に居たんで母ちゃんを持ったのは今世が初めてだ。

 照れくさいが悪くは無い。


「熱は無いね、打ったのかい? 気を付けないと、頭を打つとぽっくり逝ってしまう事があるからね」

「それよりも母ちゃん、俺は頭を打って料理に目覚めた」

「「は?」」

「美味しい物を作るから材料を出せ」

「男は料理なんかしない物だよ」

「兄ちゃんおかしくなったか?」

「いいんだ、うるせえっ」


 俺は二人の声を振り切って台所に立った。

 というか、一間の家だから入り口の隣だ。

 というか、カマドと作業台しかねえ。

 包丁と、まな板ぐらいはあるが、ザルとかがねえな。


「母ちゃん、塩はどこだ」

「無いよ、そんな高い物」


 俺は母ちゃんの顔を見た。

 嘘では無いようだが、塩分が無ければ人は生きていけないぞ。


「シチューの味付けはどうしてんだよ」


 そういや、俺の記憶の中のシチューはやたらと薄味だったな。


「塩漬け肉から出る味で調整してんだよ」


 ……塩が、無い、だと……。


「じゃあさ、じゃあ、砂糖とかも……」

「お前、馬鹿な事を言ってんじゃあ無いよ、砂糖なんかお貴族様が薬に使うような物で私なんか見たことも無いね」


 俺は台所でがっくりと膝を付いた。


 グルメ無双、本格終了~~~。



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