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第三話 俺様かーちゃんを手伝う

 塩も砂糖も無いとは思わなかった。

 俺の唯一の取り得が前世のバイトで覚えた調理経験だと言うのに……。

 女神様が貴族へ転生を勧める訳だよなあ。

 というか、チートが欲しい。

 俺は再びむせび泣いた。


 まて俺、泣いてばかり居ても何も解決しないと、タキシード仮面様も言っていた。

 出来る事を考えるんだ、出来る事……。


 小麦はある。

 だが、高く売れるので俺らの口には入らない。

 俺たちが食うのはライ麦で作った黒パンだ。

 白パンをお婆ちゃんのために箪笥に隠していたのはハイジだ。

 だが、ある事はある。


 塩も砂糖も無い、だが酸っぱくなったワイン由来の酢(ビネガー)はある。

 料理のさしすせそのすだけあるのだ。

 せ、の醬油も、そ、の味噌も無い。

 というか、この世界だとたぶん無い。

 西洋風味だからな。


 バターは……、ある。

 臭い山羊バターだが。


 あと芋もある。

 芋はジャガイモじゃなくてサツマイモでもなくて、なんだスダラ芋という前世では見た事がない芋だ、里芋っぽいかな。


 塩気は塩漬け豚肉の物を使えばどうか?


 ……。


 だめだ、あれは秋に漬けた肉で今や真っ黒で臭い。

 臭みが移っては料理とは言えまい。


 ああ、前世の真っ白な塩が欲しい。

 ピンク色の岩塩でも良い。

 どうにかして手に入らないものだろうか。


 どかんと背中を蹴られた。

 振り返ると母ちゃんが俺に膝蹴りをくらわせていた。


「なにをするっ」

「おどき、晩ご飯の準備をするんだよ。料理とか言ってたんだから手伝うんだよね」

「お、おう」

「まずは水を汲んできな」

「解った」

「今日はえらく素直だね」

「何時も文句たらたらなのにねえ」


 だまれピカリ、兄ちゃんはさっき生まれ変わったのだ。


 バケツを二つ持って家を出るとピカリもバケツを持って付いて来た。

 ちなみに、バケツは木製で取っ手は縄だ。


 井戸は村の中心にある。

 晩餐前なのでおばちゃんたちが並んでいるな。


「あら、リュージちゃん、お手伝いかい、偉いねえ」

「そうなのよ、おばさん、お兄ちゃん頭打って気が狂ったみたい」

「そうなのかい、でも水くみしてくれるのは良いねえ」


 水くみは女の仕事と言うことで、男は手伝わない。

 水くみを手伝う男は珍しいんだろうなあ。


 井戸は桶を投げ入れて、地下十メートルぐらいある水面からくみ出す。

 文字通り腕力で引っ張り上げる単純な構造だ。


 巻き上げ式井戸……、そういや竹の反発で水を汲む井戸をアニメか何かで見た事があるな。

 手押しポンプとか作れれば良いんだけど、構造がわからん。

 木工技術があれば異世界知識チートが出来そうではあるが……。

 おっと、おばちゃんの水くみが終わった。


 桶を投げ入れ、水を引っ張り上げる引っ張り上げる引っ張り上げ……。

 重いんじゃこのやろうっ!

 くそう、リアル中世農村のいまいましさよっ!

 こう、水魔法とかでさあ、ばしゃばしゃやれないんですかっ?

 魔法がある世界なんでしょうにっ。


「ピカリ、お前、水魔法とか使えないのか?」

「何言ってんだ兄ちゃん、庶民は魔法なんか使えないぞ、魔法が使える子供がいたら御領主様がさらって行って家来にしてくれるぞ」


 ……。


 あー、たしかに記憶でもそうだわ。

 村の神童だったタルカシくんが御領主さまにさらわれて行って、戦争に行って骨になって帰ってきたわ。

 ああもう、リアル中世ってクソだなっ!


 ぜいはあ言いながら二つのバケツに水を汲み終わった。

 両手にバケツを持つ。

 重い。


「兄ちゃんは欲張って馬鹿だなあ。一個のバケツで何回かに分けて運べば良いんだよ」

「だまれ、そんな非効率な事ができるか」


 俺はそこら辺に落ちていた棒を拾ってバケツを左右に釣るし肩に乗っけた。

 カンフー映画の修行シーンでみた光景だ。


「お、おおっ?」

「これなら二倍運べるぜっ」

「おおっ、兄ちゃん頭良いなっ!」


 ちょっと後ろのバケツが落ちそうだから、紐でくくってみた。

 うん、ヨシ!

 そのままひょいひょいと家に帰る。

 家に入るとヤジロベエのような俺を見て母ちゃんが爆笑した。


「面白い事するねえリュージ」

「お母ちゃん、これ、便利だよ。ねえねえっ、専用の棒作ろうよ兄ちゃん」

「そうだな、バケツが落ちないように左右に出っ張りを付けると良いかも」

「それだ、兄ちゃん!」


 水を水瓶に移した。

 これを日に何回もやるのか。

 水道が欲しいなあ。

 あと、シンクとガスコンロ。


 母ちゃんが台所に立って芋をむき始めた。


「手伝うよ」

「あら、珍しい」


 包丁を取って芋をむく。


「あら、ピカリよりも上手いわね、どうしたの初めてなのに」

「まかせてっ」


 芋の皮むきは前世のバイトでよくやっていたからね。

 でも切れない包丁だなあ。


 俺は土間に目をやって、落ちている石を拾った。

 まあ気休めだけど。

 石を使って包丁を研いだ。

 若干切れるようになったかな。


「ありがとう、二人でやったから早かったわ」

「任せてよ、母さん」

「兄ちゃんが母ちゃんに媚びを売っている」

「うるせえっ」


 あとは鍋で煮るだけだな。

 というか、何時ものシチューだ。

 一年中、食事と言えばシチューと黒パンだけだな。

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