父さんと兄貴二人が帰ってきた。
「おや、リュージ、畑の番はどうした?」
「魔豚が出て、追っ払ったけど体当たりされて頭を打ったから帰ってきて休んでた」
「また魔豚か、狩人に依頼しなければならないな、怪我は大丈夫か」
「平気だよ」
「兄ちゃん、頭打って気が狂った」
「狂ってねえ」
俺はピカリの頭をチョップした。
「料理したいとか言い出した」
「料理? 料理なんざ、女のやることだぞ、男のやる事じゃねえ」
「急にやりたくなったんだ」
「本気か?」
大兄ちゃんと小兄ちゃんもいぶかしげな顔で俺を見た。
「意外と器用で芋の皮むきを手伝ってくれたよ」
「怠ける言い訳じゃないのか」
そんな事はしない。
「まあ、飯をくおう」
姉ちゃんが村の集会所から帰ってきて、晩ご飯が始まった。
集会所では、機織り機で布を織っているんだな。
そこで出来た布は俺らの貧しい衣服となる。
今日のメニューは、シチューに黒パンだ。
黒パンはびっくりするほどでかい。
それをもしゃもしゃもしゃとみんな食べる。
農民は肉体労働だから、カロリーが無いとやっていけないんだな。
だから飢饉にも弱い。
おかずはスダラ芋のシチュー、具は芋と野草。
塩っ気はほとんど無くてまずい。
一度作ったら、一週間ほどこのシチューを続けて食べて、無くなったら、また同じシチューを作って食べる。
食事のバリエーションなんかは無い。
クソ不味い。
だが、完食した。
現地のリュージくんの感覚を総動員して飲み込んだ。
「それで、料理を作りたいとはなんだ?」
「俺は美味しい料理を作って立派な料理人になりたい」
「「「「「……」」」」」
食卓は嫌な感じに沈黙した。
「美味しい料理って、お前、街に出て料理店とかにでも勤めるのか?」
「できたらそうしたい」
「無理だ、伝手が無い、農民の子供が街に行っても雇って貰えるもんじゃないぞ」
「じゃあ、美味しい料理を作って認められたい」
「ばーか、お前はろくな料理を食った事が無いのに、美味い物なんか作れねえだろっ」
「リュー兄ちゃん、頭を打って狂った」
「ああ、そうなのか、面倒だな」
小兄ちゃんが嫌な顔をした。
「料理人になるのに何が必要だ? 金以外なら考えてやる」
「本当か、父さんっ!!」
「父さんは甘すぎる」
「どっちにしろリュージに分ける畑は無い、何かしたい事があるならやらせて見るのも手だ」
そうなのだ、農民は子だくさんだが、全員が独立できるほど家は裕福では無い。
俺はほっとくと、大兄ちゃんにこき使われる小作おじさんになってしまう。
そういうおじさんは村に沢山居て、色々見ていて切ない。
まず結婚も出来ない。
唯一の選択肢としては、開拓村に参加して、村を立ち上げるのに参加して、一家を立てるしかない。
というか、それも死ぬほどキツイ。
開拓村がちゃんと回り始めるまで、掘っ立て小屋で食うや食わずの生活を何年も続ける事になる。
参加した農民の半分は飢え死ぬという地獄だ。
「料理の材料が欲しい、芋と、小麦粉と、山羊の乳、それから塩」
この村ではそれくらいしか準備が出来ないな。
「芋も、小麦も、乳もあるけど、塩はねえ……」
母ちゃんが物憂げな顔でそう言った。
「塩なんか、秋の収穫祭に村で共同購入するような貴重なもんだ、リュージなんかに買ってやる必要はねえよっ」
「もっと他の職を考えろよ、大工とかどうだ? 鍛冶屋とかよう」
小兄ちゃんはガテン系を勧めてくる。
職人系は潰しが利くので確かにお勧めかもしれないな。
だが、俺は力仕事は嫌だ。
「塩があれば、料理が作れるのか?」
「あ、ああ」
芋とバターと塩があれば、マッシュポテトとか作れる。
料理とは言えないかも知れないが、俺のここでの十五年、お祭りの時でも見た事がねえ。
ひょっとするとこの世界は蒸かす料理は無いのかもしれない。
まあ、油が無いので揚げ物も見た事が無いが。
「よし、やってみろ、駄目だったら駄目な時だ」
父さんが首から革の小袋を取って、テーブルに置いた。
「俺が冒険者をやっていた時の唯一の宝物、岩塩だ」
革袋の中からピンク色の岩塩が顔を出した。
「冒険者やってたんだ」
「おお、若い頃、一攫千金を目指して冒険者になって、一年でやめた。一緒に行った村の奴がオークにぺしゃんこにされて死んで、俺は心が折れちまった。その冒険者時代の装備を売って、もしもの時のために岩塩を買ったんだ」
大兄ちゃんが立ち上がった。
「父さん!! この家の物は俺が相続するって」
「これは家の物じゃない、俺の思い出だ。俺の思い出を息子にやって何が悪い」
「いや、それを売れば金貨ぐらいになるじゃないかっ、こんな役立たずにやっちゃうのかよっ」
「大兄ちゃんはがめつすぎるよっ」
「なんだとっ、ピカリ!!」
「いひひっ」
ピカリは舌を出して食卓から逃げ出した。
「と、父さん……、良いのか?」
「ああ、思った通りやってみろ、それで駄目だったら、また何か考えろ。何時も怠けてばかりのお前が珍しく何かする気になったんだ、俺は応援してやる」
「父さん……、父さん……」
俺は感動で胸がつぶれそうになった。
涙で前が見えなくなった。
ああ、前世でもこんなに優しくされた事は無い。
俺は革袋を受け取った。
手の平に収まるぐらいに小さかったけど、なんだかずっしりと重かった。
「美味しい物を、作るよ、絶対……」
「ああ、がんばれ」
「良かったね、リュージ」
母さんも笑ってくれた。
大兄ちゃんは面白く無さそうに立ち上がり、服を脱いで寝台に転がった。
俺は岩塩の袋を首に掛けた。
ずっしりと重い。気がした。
「えへへ、良かったなあ、リュージ兄ちゃん、美味しい物作るのか」
「おう、作る」
「じゃあ、あたしが食べてやんよー」
「食いたいだけだろ、お前は」
とりあえず、服を脱いで寝台に入った。
隣にも全裸のピカリがするりと入ってくる。
世が世ならばセンシティブで大変だが、なにしろ西洋風中世である、色気とかは無いなあ。
まだ午後七時ぐらいな感じだが、灯りが無いので寝るしかない。
その代わりに、朝は太陽が昇ると同時に起き出すから早い。
健康的な生活と言えるが、まあ、地獄貧乏だよな。
ヤダヤダ。