村の衆総出の労働奉仕で御領主さまの畑へ。
まあ、この時期はあまりやること無いので雑草むしりぐらいである。
家令さんが来たので父ちゃんが恐れながらと、綺麗な鉢に入れたマッシュスダラ芋を差し出した。
一口食べて家令さんは目を丸くして固まった。
「これは素晴らしい、本当にスダラ芋か?」
「はい、うちの息子が工夫して料理いたしました」
「ちょっとまて」
家令さんは御領主さまの舘へピューと走っていった。
ここの御領主さまはバーモント子爵さまという貴族様だ。
領主の舘は素晴らしく大きく見えるが、前世の感じからすると豪邸って感じでお城ではないね。
貴族様は文化的な生活してるんだろうなあ。
美味しい物も食べ放題だろうに。
やっぱり地産のスダラ芋だからという利点があるのだろうか。
家令さんがピューと戻って来た。
「レシピをお買い上げになるそうだ、よかったな、ミカル」
「ははぁっ」
「は?」
父さんは頭を地に着くぐらい下げた。
俺は、なんだかぼんやりしていた。
「良かったなっ!! リュージ!!」
「レシピを買う?」
「そうだ、この画期的な料理法を買い上げるとのお達しだ。天晴れだ、ミカルの息子リュージよ、さあ、中に入れ、御領主様が顔を見たいそうだ」
「え、いや、その」
この格好でお貴族さまと面会するの?
「ミカルも来い、いやいや、めでたいめでたい」
家令さんに押されるように俺は御領主さまの舘に入った。
おお、前世の学校で行った博物館みたいな室内だな。
家令さんに通された広間には、子爵様とおぼしき髭のおじさんと、丸まると太った御令嬢がいた。
太っている上にニキビだらけで、あれだ豆大福令嬢と心の中で呼ぼう。
「料理を作った、ミカルの息子、リュージを連れて参りました」
「おお、ご苦労。リュージというのか、農民の息子のくせに、このような繊細な料理を作るとは、いやはや天晴れ天晴れ、レシピを買い上げてやろう」
「あ、ありがたき幸せ」
豆大福令嬢はマッシュスダラ芋をフォークで口に運びもぐもぐと食べて、とびきりの笑顔を見せた。
「わたくし、スダラ芋が苦手でしたの、シチューに入っていても避けていたぐらいよ、でも、この料理法なら幾らでも食べれますわ。口当たりが良くて、ほんのり山羊バターの香りがただよって、素敵な味わいね。リュージさん、お名前を覚えておきますわ」
「あ、ありがとうございますっ」
なんか、ぽっちゃりさんだが、笑うと可愛いな。
家令さんがお盆に革袋を乗せてきた。
子爵様がそれを受け取り、俺の方に差し出した。
「褒美の金貨二十枚である。また何か料理を思いついたら持って参れ」
「期待しているわよ、リュージさん」
「ははぁっ!!」
俺は金貨袋を受け取り、父さんと一緒に地面に着くぐらい体を曲げて頭を下げた。
ああ~~、なんだか、すごく嬉しいな。
俺の異世界グルメがやっと開幕した感じだ!
やったぜ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
父さんと一緒に家路につく。
「父さん、金貨を半分持って行って」
「馬鹿、お前が稼いだ金だ、次の料理の準備に使え」
あ、思いついた。
「じゃあ、金貨十枚で岩塩を買うよ、それなら良いでしょ」
「お、おう、だけど良いのか、金貨一枚出せば、もっと良い岩塩が沢山買えるぞ」
「父ちゃんの思い出の岩塩だからさ。これは幸運の品で使わないでお守りにしておくんだ。苦しい事があったら、これを見て頑張るんだ」
「こいつう」
父さんは笑って俺の頭をガシガシと撫でた。
遠い山脈に日が落ちようとしていて、あたりは夕焼けで真っ赤だ。
不意に差し込むように胸が痛くなって、涙が流れた。
「ど、どうした、どこか痛いのか」
俺は首を横に振った。
「なんか俺は悔しいんだ」
「な、なんでだ、御領主様もお嬢様もあんなに美味しいって褒めてくれたじゃないか」
ちがう、俺の知ってるマッシュポテトは、もっともっと美味しかったんだ。
「もっと美味しく出来たはずなんだ、俺は、父ちゃんに、母ちゃんに、ピカリに俺の思っていた美味しい料理を届ける事ができなくて、それが悔しいんだよ」
父ちゃんは静かに深く笑った。
「馬鹿だな、まだまだこれからだろう、もっと美味しいものを俺たちに食わせてくれるんだろう」
「うん、うん……」
涙がこんこんと出てきた。
ああ、そうか、俺は料理で成り上がりたいんじゃ無いんだ。
俺はこの世界で出来た初めての家族に美味しいものを食べさせたかったんだ。
だからこんなに悔しいんだ。
すとんと腑に落ちた。
がんばろう、本格的で無駄にリアルで大変な異世界だけど、美味しい物を作って、家族を笑顔にしよう。
沢山の人を笑顔にしよう。
御領主さまも、豆大福令嬢も、みんなみんな。
この異世界の全ての人を俺の作った料理で笑顔にするんだ。
俺は、そう、決めた。