カトリの家の畑に行くと、カトリ一家が総出で畑の中で泣いていた。
「村長~~、村長~~、もうだめだあ、俺の畑のスダラ芋が全部水芋になったあっ、俺の家は潰れで逃散だああっ」
「畑の芋が全滅か、まさか、そんな事が!」
「端から端まで水芋だあああっ」
俺はカトリ家の畑に入り込み土を掘ってスダラ芋を手に取った。
「ああ、これは駄目だなあ」
普通のスダラ芋よりも大きくなって水を含んでぶよぶよしていた。
割ってみると芋が白くて水っぽかった。
この水芋の状態は別に病気ではないんだ。
もともとスダラ芋はこのような状態で取れる芋だったんだけど、食べにくいので水分が半分のスダラ芋に品種改良された。
で、なんかの拍子で先祖返りすると、こんなぶよぶよな水芋になる。
こうなったら芋としては使い道が無いので捨てるしか無い。
隣の家の畑に伝染するのもいけないから、掘り出して火を掛けるのが通常の対処方だ。
カトリの家は貧農だ。
小麦を作ってそれを税として収め、自分たちはライ麦で作った黒パンを食べ、スダラ芋を食べて生活している。
その命の綱のスダラ芋が全滅すると、まあ、カトリ家は破産して、潰れ農夫となり、村から追放され流民となる。
流民となると、川沿いで魚を細々と捕って生活して、数年で死ぬ。
カトリ家総出で畑でオンオン泣く訳だよ。
目に見える破滅なんだな。
中世水準の異世界の農村に社会保障とかは無い。
破滅した奴を助けるシステムはほとんどない。
ある程度なら村役場から借金をする事も出来るが、畑全体がやられている場合は、無理だな。
「とりあえず、水芋を掘り出して火に掛けろ、そしてだな、荷物を売り払い、村を出て行け……。三日待ってやる」
村長のその冷たい言葉を聞いてカトリ一家はうおおおんと泣いた。
泣いて泣いて泣きわめき、地面を叩き、暴れ回った。
――水芋でマッシュスダラを作ったらどうなるんだろう……。
俺はカトリに声を掛けた。
「おい、水芋で、マッシュスダラを作ってみる」
「な、なに言ってんだよお、リュウジに何が出来るんだよお」
「俺は料理が出来るんだ」
俺はカトリに笑いかけた。
こいつとはずっと一緒に育って来たしさ。
カトリは顔をくしゃくしゃにして泣き止んだ。
「リュウジ、水芋がマッシュスダラになるの?」
クララが恐る恐る聞いて来た。
「わかんね、作って味を見てみないと、でも水芋が品種改良されたのは、シチューに入れるとグズグズに崩れて味がぼけるからだろ。ってことはマッシュにしやすそうじゃんよ」
俺は籠に水芋を十個ほど入れた。
「ちょっと実験してみる、カトリのおじさんたちも来なよ。駄目でも、まあ、水芋が食えるかもだしさ」
「お、おう、料理始めたってのは本当なんだな、リュウジ」
「ああ、頭を打ってなんか目覚めたんだ」
村長が難しい顔をしてこっちを見ていた。
「リュウジ、人を期待させて上手くいかなかったら、事だぞ、恨まれるかもしれん」
「まあ、その時はその時だよ、幼なじみを問答無用で村から追い出す気にはならないからさ」
「そ、それもそうだな、うん」
俺は、カトリ一家、村長、クララを引き連れて自宅へと向かった。
自宅では母ちゃんが料理をしていて、ピカリが縄をゆっていた。
いつもの光景だな。
「どうした兄ちゃん! カトリたちを連れてるなっ」
「カトリの畑でスダラ芋が水芋になって逃散のピンチなんだ」
「なんだって!!」
「まあ、本当なの、奥さんっ」
「本当なのよ、畑一面水芋になっていて、私は私は」
カトリの母ちゃんは、わあと子供のように泣いた。
俺は水瓶から水をボールに掬い、水芋を洗った。
「それでどうすんだ、兄ちゃん」
「水芋でマッシュスダラを作る! 上手く行けばなめらかスダラマッシュが出来るぞ」
「お、おおっ、本当か?」
「しらん、だから実験するんだ」
水洗いした水芋を四つに割って蒸し器の上に並べた。
三個も蒸せば良いか。
「母ちゃん、山羊バターはあるか?」
「最近夕飯にはマッシュスダラだからね、あるよ」
母ちゃんが戸棚から山羊バターの入った壺を出してきた。
さて、竈に火を付けてしばらく蒸す。
いつものスダラ芋の良い匂いがしてきた。
櫛を挿すとすっと通るようになった。
普通のスダラ芋より火の通りが良い感じだな。
あ、行けそう。
なんか、芋が良い感じの肌触りに蒸されているな。
熱々の皮を剥いて木匙で潰す。
「おお、すっと潰れるな、兄ちゃん」
「良いな」
木匙潰すとすぐ形が無くなり、すっと伸びる。
山羊バターを入れ、胸元の袋から岩塩を出してちょっと入れて、練る。
練る練る練る。
おお、伸びる伸びる、すげえすげえ。
「で、出来たのか、リュウジ」
「出来た、喰ってみる」
木匙でちょっとしゃくって口に入れてみる。
これで青臭かったり、変な味だったりすると、カトリ家は逃散確定だな。
もっしょもっしょ、ゴクン。
俺の顔が自然にほころんだ。
食感が前世のマッシュポテトだ!!
すげえすげえっ!!
そして、ジャガイモでも、サツマイモでもない、ちょっと甘めででもねっとりした良い感じのスダラ味だ。
「ふふふふ、食べろカトリ」
「あ、ああ」
カトリが恐る恐る木匙を口に入れた。
奴の目が極限まで見開かれる。
そしてその目からどばどば涙があふれ出た。
「美味え、美味えよ、リュウジ!! 普通のスダラマッシュ以上だよこれッ!!」
「なんじゃと、ワシにもくれ」
「私も味が見たいわ」
「兄ちゃん私にもっ」
水芋スダラマッシュは作る端からみんなにバクバク食べられた。
泣きわめいていたカトリ家の人が笑顔を見せた。
「カトリ、恐れながらって、御領主さまの舘にこのマッシュを持って行け、そして、このマッシュを作る水芋を御領主さまに買ってもらえ、ただのスダラ芋の倍の値段が付くぞ」
「そ、そんなにか、そんなにかっ」
「水芋の種芋を残しておけ、というか、ワシにもくれ」
「ええですよ、村長。ああ、リュウジ、リュウジ、お前は俺を、俺の一家を救ってくれた、なんてお礼を言えばいいのか」
「この水芋を作って、俺に卸してくれりゃあいいぜ、この芋はこの地方の起爆剤になるぜ」
「種芋の保護をせねばな、これは凄いぞリュウジ」
村長も大喜びであった。
クララもなんだか俺を熱い視線で見ているな。
うひひひ。
俺に惚れるなよ。
ちなみに水芋は後日『なめらかスダラ芋』という名前でブランド化された。
カトリ家はちょっとリッチになったな。