目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第9話 水芋という災害

 カトリの家の畑に行くと、カトリ一家が総出で畑の中で泣いていた。


「村長~~、村長~~、もうだめだあ、俺の畑のスダラ芋が全部水芋になったあっ、俺の家は潰れで逃散だああっ」

「畑の芋が全滅か、まさか、そんな事が!」

「端から端まで水芋だあああっ」


 俺はカトリ家の畑に入り込み土を掘ってスダラ芋を手に取った。


「ああ、これは駄目だなあ」


 普通のスダラ芋よりも大きくなって水を含んでぶよぶよしていた。

 割ってみると芋が白くて水っぽかった。


 この水芋の状態は別に病気ではないんだ。

 もともとスダラ芋はこのような状態で取れる芋だったんだけど、食べにくいので水分が半分のスダラ芋に品種改良された。

 で、なんかの拍子で先祖返りすると、こんなぶよぶよな水芋になる。

 こうなったら芋としては使い道が無いので捨てるしか無い。

 隣の家の畑に伝染するのもいけないから、掘り出して火を掛けるのが通常の対処方だ。


 カトリの家は貧農だ。

 小麦を作ってそれを税として収め、自分たちはライ麦で作った黒パンを食べ、スダラ芋を食べて生活している。

 その命の綱のスダラ芋が全滅すると、まあ、カトリ家は破産して、潰れ農夫となり、村から追放され流民となる。

 流民となると、川沿いで魚を細々と捕って生活して、数年で死ぬ。

 カトリ家総出で畑でオンオン泣く訳だよ。

 目に見える破滅なんだな。

 中世水準の異世界の農村に社会保障とかは無い。

 破滅した奴を助けるシステムはほとんどない。

 ある程度なら村役場から借金をする事も出来るが、畑全体がやられている場合は、無理だな。


「とりあえず、水芋を掘り出して火に掛けろ、そしてだな、荷物を売り払い、村を出て行け……。三日待ってやる」


 村長のその冷たい言葉を聞いてカトリ一家はうおおおんと泣いた。

 泣いて泣いて泣きわめき、地面を叩き、暴れ回った。


――水芋でマッシュスダラを作ったらどうなるんだろう……。


 俺はカトリに声を掛けた。


「おい、水芋で、マッシュスダラを作ってみる」

「な、なに言ってんだよお、リュウジに何が出来るんだよお」

「俺は料理が出来るんだ」


 俺はカトリに笑いかけた。

 こいつとはずっと一緒に育って来たしさ。

 カトリは顔をくしゃくしゃにして泣き止んだ。


「リュウジ、水芋がマッシュスダラになるの?」


 クララが恐る恐る聞いて来た。


「わかんね、作って味を見てみないと、でも水芋が品種改良されたのは、シチューに入れるとグズグズに崩れて味がぼけるからだろ。ってことはマッシュにしやすそうじゃんよ」


 俺は籠に水芋を十個ほど入れた。


「ちょっと実験してみる、カトリのおじさんたちも来なよ。駄目でも、まあ、水芋が食えるかもだしさ」

「お、おう、料理始めたってのは本当なんだな、リュウジ」

「ああ、頭を打ってなんか目覚めたんだ」


 村長が難しい顔をしてこっちを見ていた。


「リュウジ、人を期待させて上手くいかなかったら、事だぞ、恨まれるかもしれん」

「まあ、その時はその時だよ、幼なじみを問答無用で村から追い出す気にはならないからさ」

「そ、それもそうだな、うん」


 俺は、カトリ一家、村長、クララを引き連れて自宅へと向かった。

 自宅では母ちゃんが料理をしていて、ピカリが縄をゆっていた。

 いつもの光景だな。


「どうした兄ちゃん! カトリたちを連れてるなっ」

「カトリの畑でスダラ芋が水芋になって逃散のピンチなんだ」

「なんだって!!」

「まあ、本当なの、奥さんっ」

「本当なのよ、畑一面水芋になっていて、私は私は」


 カトリの母ちゃんは、わあと子供のように泣いた。


 俺は水瓶から水をボールに掬い、水芋を洗った。


「それでどうすんだ、兄ちゃん」

「水芋でマッシュスダラを作る! 上手く行けばなめらかスダラマッシュが出来るぞ」

「お、おおっ、本当か?」

「しらん、だから実験するんだ」


 水洗いした水芋を四つに割って蒸し器の上に並べた。

 三個も蒸せば良いか。


「母ちゃん、山羊バターはあるか?」

「最近夕飯にはマッシュスダラだからね、あるよ」


 母ちゃんが戸棚から山羊バターの入った壺を出してきた。


 さて、竈に火を付けてしばらく蒸す。

 いつものスダラ芋の良い匂いがしてきた。

 櫛を挿すとすっと通るようになった。

 普通のスダラ芋より火の通りが良い感じだな。


 あ、行けそう。

 なんか、芋が良い感じの肌触りに蒸されているな。

 熱々の皮を剥いて木匙で潰す。


「おお、すっと潰れるな、兄ちゃん」

「良いな」


 木匙潰すとすぐ形が無くなり、すっと伸びる。

 山羊バターを入れ、胸元の袋から岩塩を出してちょっと入れて、練る。

 練る練る練る。

 おお、伸びる伸びる、すげえすげえ。


「で、出来たのか、リュウジ」

「出来た、喰ってみる」


 木匙でちょっとしゃくって口に入れてみる。

 これで青臭かったり、変な味だったりすると、カトリ家は逃散確定だな。


 もっしょもっしょ、ゴクン。


 俺の顔が自然にほころんだ。

 食感が前世のマッシュポテトだ!!

 すげえすげえっ!!

 そして、ジャガイモでも、サツマイモでもない、ちょっと甘めででもねっとりした良い感じのスダラ味だ。


「ふふふふ、食べろカトリ」

「あ、ああ」


 カトリが恐る恐る木匙を口に入れた。

 奴の目が極限まで見開かれる。

 そしてその目からどばどば涙があふれ出た。


「美味え、美味えよ、リュウジ!! 普通のスダラマッシュ以上だよこれッ!!」

「なんじゃと、ワシにもくれ」

「私も味が見たいわ」

「兄ちゃん私にもっ」


 水芋スダラマッシュは作る端からみんなにバクバク食べられた。

 泣きわめいていたカトリ家の人が笑顔を見せた。


「カトリ、恐れながらって、御領主さまの舘にこのマッシュを持って行け、そして、このマッシュを作る水芋を御領主さまに買ってもらえ、ただのスダラ芋の倍の値段が付くぞ」

「そ、そんなにか、そんなにかっ」

「水芋の種芋を残しておけ、というか、ワシにもくれ」

「ええですよ、村長。ああ、リュウジ、リュウジ、お前は俺を、俺の一家を救ってくれた、なんてお礼を言えばいいのか」

「この水芋を作って、俺に卸してくれりゃあいいぜ、この芋はこの地方の起爆剤になるぜ」

「種芋の保護をせねばな、これは凄いぞリュウジ」


 村長も大喜びであった。

 クララもなんだか俺を熱い視線で見ているな。

 うひひひ。

 俺に惚れるなよ。


 ちなみに水芋は後日『なめらかスダラ芋』という名前でブランド化された。

 カトリ家はちょっとリッチになったな。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?