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第10話 なめらかマッシュスダラで大層褒められた

 なめらかマッシュスダラを御領主さまに献上したところ、大層気に入られて褒められた。

 カトリの家は逃散を免れた、というか、普通のスダラ芋よりも大幅に儲かりウハウハであった。

 カトリにも、カトリ姉にもめっちゃ感謝されてくすぐったいのである。

 クララのようにカトリ姉のミリアさんも俺に熱い視線をくれてきた。


 農村でモテモテになるのはわりと簡単だ。

 金持ってて目立つとモテる。

 若い頃は喧嘩が強い奴がモテるが、大人になると勉強が出来る奴、そしてお金を稼ぐ奴がモテるな。

 あと、俺は妹のピカリにもモテている。

 奴はどっちかというと、料理の実験で出たマッシュスダラ目当てではあるけどね。

 前世でも今世でもこんなにモテた事は無いので、わりと自尊心は高まるな。


 カトリの家は水芋専門農家となり、村の何軒かの農家も後追いで水芋栽培を始めた。

 普通のスダラ芋は大量に掘り出せるだけで、安値でしか売れなくて村外への販売はあまり無かったんだけど、水スダラは領館が積極的に買い取ってくれるから結構良い稼ぎになったようだ。


 領主の舘の家令さんが馬で我が家にやってきて、丁重な褒め言葉と共に、領館の厨房で働かないかと勧誘してきた。


「凄いじゃ無いかリュウジ」

「領館に働きに出るなんて、夢のような出世だよ」


 父ちゃんも母ちゃんも躍り上がるようにして喜んでくれた。


「リュウジ兄ちゃん居なくなるとマッシュスダラが食えなくなるじゃーん」


 と、ピカリは一人不満そうである。


「なに、領館は近い、朝に来て夜に帰ればいいぞリュウジ」

「良いんですか、俺みたいな農民をキッチンに入れて」

「良いとも良いとも、やはりなあ、リュウジのスダラマッシュが美味しいのだ、お舘様も、お嬢様も、同意見でな、とりあえず、マッシュ係として入って、厨房の事を色々覚えて出世すれば良いぞ」

「ありがとうございます、謹んでお受けしたいと思います」

「そうか、そうか、では明日から入ってくれ。うむ、楽しみにしておるぞ、リュウジ」


 領館の家令さんといえば、村の者が直接口をきく事がはばかられるほどの偉い人なんだけど、なんだか、俺の事を気に入ってくれているみたいだね。

 なんだか嬉しい。


 家令さんが帰った後、うちの一家総出でお祝いをしてくれた。

 領館に出仕とはそれぐらい凄い事なんだよな。

 村のよろず屋からエールを買って何本も開けた。

 お祭りの時ぐらいしか飲めないエールを飲んでみんなで陽気に騒いだ。

 つまみはなめらかマッシュスダラと森で兄ちゃん達が獲ってきたウズラの塩焼きだ。


 夜、エールで酔って火照った体を外で座って冷やした。

 頭上には二つの月、夜風が冷たくて心地良い。


――女神様、ねこちゃんさん、見てますか、リュウジは少し出世しましたよ。


 どこかで、ねこちゃんさんがニョーンと鳴いて、リュウジよかったなあと祝ってくれたような気がした。


 領館で厨房作業をしたという実績を作れば、街に出てレストランにも就職できるかもしれないな。

 そのまま出世して、どんどん稼いで、父ちゃんや母ちゃんに楽させてあげたいな。

 そんな事を考えながら、俺はニマニマしながら月を見上げていた。


 次の日は朝から母ちゃんとピカリに見送られて領館へと出勤した。

 川縁の道をぶらぶらと上流に歩くとバーモント子爵さまの領館だ。

 格式のある大きい舘でなかなかの豪華さだ。

 といっても、子爵さまなので舘で城ではない。

 それでも家令さん以下、たくさんの使用人を使った、我がバーモント領、三郷六村の中枢機関である。


 とりあえず、裏門から入り、勝手口でベルを鳴らした。

 太ったおばちゃんのメイドさんが出て来てじろじろ見られた。


「あんたが今日から来るリュウジだね、話は聞いている、私はメイド長のボフダナだ、覚えておきなさいよ」

「はい、よろしくおねがいします、ボフダナさま」


 ボフダナさんは、おやと眉を上げた。


「農民の息子というから、どんな無礼な奴が来るかとおもったけど、意外にちゃんとしてるね、ではおいで、コックの服を与えるよ」

「ありがとうございます」


 まあ、心を隠してにこやかにするのは、前世のバイトでさんざん叩き込まれたからな。

 仕事場に居る人はべつに俺の友達じゃないから、一歩距離を置いてニコニコ接すればいいんだ。

 やっぱ、前世の記憶は強いなあ。

 農村だと、そういう営業スマイルとか身につかないからな。


 ボフダナさんは俺に二着のコック着をくれた。

 朝、出勤してきたら、これに着替えて、厨房に入れ、だそうだ。


「料理長はフリッツさんだ、あとは下働きが五人、真面目に働けばお給料はちゃんと貰えるし、休みも貰えるよ、頑張るんだね」

「ありがとうございます、ボフダナさん」


 ボフダナさんは、ちょっと左右に目配りをして、小声で囁いた。


「フリッツさんは難しい人だけどね、逆らっちゃいけねえよ。理不尽があっても我慢しな。御領主さまがメイドに産ませた庶子だからさ、絶対に勝てないからね」


 それはそれは、なんというか、うん、まあ料理作るのを覚えられれば問題ないな。

 どこでもヤナ奴はいるからね。



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