更衣室で真っ白なコック着に着替えた。
わあ、今世でこんな高級な布地の服を着たのは初めてだなあ。
なんだか偉くなったような気にもなるぞ。
ボフダナさんに教わった通りに舘の中を歩いて厨房へと入った。
でっぷり太った人相の悪い男と、五人のコックがいた。
「なんだあ、おめえ?」
「今日からお世話になるリュージと言います、よろしくおねがいしますっ!」
挨拶はハキハキ、元気よくやるのがコツだ。
ぼそぼそ言うと印象が悪いからな。
バイト先の先輩は、本当の俺達の姿なんか興味が無い。
取り繕った上っ面で付き合いやすいか、付き合いにくいで判断する。
俺はここでは初対面だし、下っ端で農村の出だからな。
下手に出よう。
「ああ、お前か、農民あがりの」
フリッツさまはじろじろと俺の上から下まで見た。
「スダラ芋のアイデア料理を作っただけで、ずいぶんな出世だなあ、ああ?」
「農民の分際でよお、生意気だなあ」
「御領主さまの要望だから、厨房に入れてはやるが、お前の仕事とか、ねえから」
「学の無い百姓に出来る仕事じゃあねえんだよ」
「なんか言ってみろ、ああ?」
俺はにこやかに微笑んだ。
「ご指導ありがとうございます」
まあ、仕事場に農民の息子が入って来たらムカつくのはわかるよな。
しかも御領主さまの肝いりときている。
「おい、お前、俺の親父がお前のレシピを金貨二十枚買い取ったんだってな。その金、出せよ。俺に十五枚、こいつらに一枚ずつだ」
「ひょー、そりゃあいいや、フリッツさま」
「話がわかりますねっ、さすがです」
期待で胸を一杯にして、フリッツさまと厨房の五人はゲラゲラ笑った。
「買い取りの金貨は親父に全部取られちまいまして、すいません、残ってません」
「ちっ、つっかえねえなあ、お前」
「俺達の金貨、どうしてくれんだ、ああっ?」
「ああ、じゃあ、給金から回してくれよ、なあ、リュージくん」
相当。
相当、質が悪いな、こいつら。
チンピラかよ。
一通り俺をいじって興味を失ったのか、フリッツさまと厨房の五人は調理を始めた。
「あの、俺は何をすればいいですか?」
「ああ? 農民なんかの仕事はねえよ、馬鹿っ!!」
フリッツさまに怒鳴られて小突かれたな。
なんだか前世のファミレスの厨房みたいだなあ。
でもあっちは先輩が何をすれば良いかぐらいは教えてくれたが、こいつらは俺の存在をまったく無視するな。
家令さんの言葉だと、俺はスダラマッシュを作るために呼ばれたっぽいんだけど、手下ののっぽが適当に作ってるな。
蒸してからじゃなくて、ゆでてからマッシュして山羊バターをドバドバ入れている。
水芋を使ってるからあれでは水っぽくなってしまうのだが。
ああ、だから山羊バターをあんなに……。
「何見てんだよっ、ああ?」
「ああ、いえ、なんでも」
しかし、チンピラみたいな連中だけど、調理の手際は結構いいな。
料理の盛り付けも美しいし、技量は高そうだ。
しかし、なんだこのお昼ご飯のメニューは。
肉肉肉、肉スープ、肉シチュー、白パンだ。
貴族は肉を食べると聞いたけど、こんなにか。
だから豆大福さんはあんなにプクプク太っているんだなあ。
五人の料理人の中で一番痩せて若い人が鍋や笊を洗い始めた。
「俺がやりますよ、先輩」
「ああ?」
若い人はフリッツさまを見た。
フリッツさまは舌打ちをして、手をひらひらさせた。
若い人は洗い物をやめて場所を譲ってくれた。
頭を下げて洗い場に入った。
厨房には木の樋で水が流れていた。
その水で食器を洗ったりできるようだ。
なかなか文化的だな。
フリッツさまと先輩たちに突っ込まれないように丁寧に鍋や笊を洗った。
若い人が時間を掛けて洗った什器を観察をした。
「まあまあだな」
「あざっす」
お昼の準備が終わり、メイドが配膳に持って行くと厨房は静かになった。
なんだかゲラゲラ笑いながらつまらない話をフリッツさまと厨房の五人がしていた。
俺は隅っこで目立たないようにじっとしていた。
家令さんと、豆大福さんが厨房にやってきた。
スダラマッシュのお皿を持っているな。
「こ、これはベンジャミンさま、シャーロットさま、ど、どういたしましたか、なにかお口に合わない物でも」
フリッツさまが帽子を取ってペコペコと頭を下げた。
「これはリュージさんが作ったスダラマッシュではありませんね」
「え、あ、いや、その、リュージは本日入ったばかりなので、その、まだ調理は早いかと思いまして、その」
「リュージさんを厨房に入れたのは、彼のスダラマッシュが食べたいから、お父様にお願いして入れてもらったのです。彼にスダラマッシュを作り直させてください」
「は、ははあ、ご期待に添えず申し訳ございません。今すぐ作り直させてお持ちいたしますので」
豆大福さんはシャーロットさんというのか。
俺のスダラマッシュのファンになってくれたのか。
ありがたい事だなあ。
「今すぐお作りしますので、お待ちいただけますか?」
「リュージさん、お願いしますよ。お父様の分も欲しいそうですわ」
「はい、お待ち下さい」
シャーロットさんは家令さんと一緒に去っていった。
「さ、さっさと作れ、リュージ!」
「はい、ええと、蒸しをしたいのですが、調理器具はありますか?」
「え、どうするんだ、リュージ」
一番若い人が俺の言葉に反応してくれた。
「鍋とザルが要ります。ええと」
「ケハンだ、蒸すとか聞いた事も無い、鍋は普通ので良いのか?」
「はい、あと芋は水芋を、御領主さまとお嬢様用なので、四つほどいただけますか」
ザルと鍋を組み合わせて軽便な蒸し器を作った。
「ゆでじゃだめなのか、リュージ」
「味が違うんですよ、ええと」
「ピエールだ、煮方をやってる」
「よろしくおねがいします、ピエールさん」
名前を教えてもらえるのは助かるな。
フリッツさまがむっつりとした表情で睨んでいるのが気になるが。