控え室で待機しているのが正しいのだろうけど、フリッツさまから難癖をつけられそうで入れないなあ。
舘の表の方には行けないらしいから、裏庭に出た。
おっと、騎士団が訓練しているな。
バーモント子爵さまは一応軍隊を持つ貴族の最下層だ。
子飼いの騎士兵士たちが五十人ほどいる。
やっぱり中世風味の世界で騎士兵士やってる奴はガタイが凄いな。
筋肉もりもりだ。
盾と木剣を使って稽古をしてるね。
なかなか勇壮である。
木陰で涼みながら騎士団の訓練風景を眺めていると、若い騎士が息も絶え絶えに木陰に逃げ込んできた。
「お、料理人、新しい奴か」
「今日からお世話になった、リュージって言いますよ、騎士さま」
「そうかそうか、スダラマッシュのリュージだな。俺は准騎士のダーナムだ、よろしくなあ」
そういってニッカリ笑うとダーナムは水筒の栓をあけ、水をぐびぐび飲んだ。
「毎日こんな激しい訓練してるんですか?」
「ああ、戦が起こるのはいきなりだからな、日々鍛えておかねえと、死んじまうのよ」
この世界、意外に戦争がある。
大抵は王国の端っこで隣国との領地紛争で、ここらへんまで戦火が広がってくる事は無いのだが、絶対に無い、とは言い切れない。
あと、北の方には魔王国があって、魔王軍が南下してくる事もよくある。
こっちは、軍隊というより、勇者さまたちが対処する案件らしいけどね。
まあ、戦争がここら辺まで来ないのは、ダーナムさんみたいな人達が頑張ってくれているお陰だから感謝しないと。
「騎士団もなあ、お前の作ったスダラマッシュが好物になってさ、美味しいよなあれ」
「ありがとうございます。晩餐にも付けますから」
「おお、そうか、それは楽しみだ、じゃあな、リュウジ」
そう言うとダーナムさんは兜をかぶり直して訓練に戻った。
舘の裏庭は騎士の訓練場、ちょっとした花壇、小さい畑があって調味料に使われるハーブとかが育てられているな。
舘には塔があって、天辺に時計があって時間が解るようになっていた。
なんだかんだ言ってこの舘は三郷六村の中央施設だから豪華だよな。
そろそろ三時だ、厨房に戻って晩餐の準備をしないと。
俺が厨房に着くと、控え室からフリッツさまと厨房の五人がぞろぞろと出てくる所だった。
フリッツさまが、今日の晩餐のメインメニューを読み上げて、厨房の五人が動きだす。
俺も水芋を蒸かし始めた。
「騎士団の人の晩餐はここでは作ってないんですか?」
「ああ、兵隊は別のキッチンでメイドが作ってる」
ああ、メイドさんが作ってるのか。
事情がわかれば、マッシュスダラのレシピを教えて……。
そういや、レシピはちゃんと書記さんに書いてもらって手順を記録したなあ。
なんで、こっちの厨房ではゆでて作ってたんだろうか。
まあ、蒸し器がなかなか無いのは解るけどな。
さすがに晩餐だけはあって、フリッツさまは手間の掛かる肉料理を沢山作っているな。
豪華な豚肉のロースととかを時間を掛けて焼き方の調理人が焼いている。
俺の仕事は、二皿、お嬢様と御領主さまのスダラマッシュを作るだけだから、ちゃっちゃとやろう。
やっぱり、そのままだと少し寂しいから、キュウリというか、ズッキーニというか、その系統の青い瓜系の野菜を飾り切りしてチシャ葉と一緒に盛り付けた。
彩り的にトマトが欲しいだけどなあ、まあ、飾り切りで綺麗だからいいか。
「まあまあ、これなに、食べられるの?」
「ズッキーニだから、食べられるよ」
「まあ、ズッキーニなの、切り方だけでこんなに素敵になるのねえ」
配膳係のメイドさんに飾り切りは大好評だった。
「え、なにそれ、リュージ、どうやんの?」
「ズッキーニを特殊な切り方をしただけですよ、こうやってこうやってこうです」
「「「おお~~」」」
料理人さんたちが、飾り切りに興味津々であった。
フリッツさまは、眉間にシワを寄せて不機嫌そうにしていた。
「お嬢様が可愛いズッキーニを褒めてたわよ、リュージ」
帰って来た配膳メイドさんがそう教えてくれた。
「そうでしたか」
今度赤カブを使ってお花の飾り切りとかしてみるかな。
スダラマッシュは見た目が地味だから、こうやってエンタメするのも大事なんだよな。
飾り切りはファミレスの料理長に教えてもらった。
ファミレスでは飾り切りとか使わないんだけど、ああいう所の料理人は料理テクとかが大好きだからなあ。
なんでも覚えておくと役にたつな。
時間を掛けた晩餐が終わって、食器類を洗って今日の仕事は終わりだ。
控え室でコック着を脱いでいると、メイド長のボフダナさんがみんなの着ていた服を回収していた。
「リュージ、明日は予備のを着てな、その間にこれを洗って置くからよ」
「ありがとうございます」
洗濯もやってくれるのか、ありがたいな。
というか、男所帯の厨房だと洗濯とかしない奴が出て来そうだからだろうなあ。
「騎士団の厨房をやってる所はどこですか?」
「ん、なんだい?」
「スダラマッシュのコツとか教えようかと思いまして」
「ああ、そうかい、それは助かるね、こっちだよ」
「はい、ありがとうございます。ではみなさん、お先に失礼しますね、また明日」
「「「「「……」」」」」
返事は無かったが、二三人はちょっと手をふったりしてくれた。
フリッツさまの手前があるんで、挨拶は出来ないが、ちょっと合図はする感じだな。
ボフダナさんに先導されて、騎士団キッチンへとむかう。
「あんたは、やっぱり睨まれてたね、でもまあ、しばらくの我慢だよ、あんたはお嬢様に気に入られてるからさ、フリッツさんもそうそう酷い手は使えないよ」
「ありがとうございます。今日来ていただいたのも、そのせいですよね」
「まあね、フリッツさんは新人に肝心な事を教えないで汚い制服のまま働かせていたりするからさ」
「たすかりますよ」
「まあ、あたしはメイド長だからさ」
ボフダナさんはカカカと笑った。