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第3話 旅の騎士

ファルーンはとうに気付いた様子で、知らぬ振りして食事を続ける。

やがて男は席を立つと、サラの元へと歩んできてトンッとテーブルを指で叩いた。


「こちら、良いかな?」


サラが怪訝な表情で顔を上げ、戸惑った様子でファルーンを見る。

しかしファルーンはニッコリ微笑むばかりで返事をしない。


「ン、もう意地悪ね。」


サラはキッと男を睨み付け、スプーンを置いて背筋を伸ばした。


「無礼な、下がりなさい。」


「は?」


言われてきょとんとした顔の男は、つばの広い帽子を脱いでボスッとファルーンの頭にかぶせる。

その顔は長旅で薄汚れているが、黒い髪は肩まで伸びて、浅黒い肌にブルーのキリリとした目つきの若い青年だ。

供もなく、気ままな一人旅なのか荷物は少なく、ただ腰に下がる立派な長剣が目を引いた。


「まあ、なんと面白いお嬢さんだ。いきなり無礼かね。」


許しも得ず、ドスンとファルーンの隣に座る。

サラが驚いて身を引いた。


「な、何をする?!私は座って良いとは言っておらぬ!」


「まあまあ、怒るな。怒るとますます可愛い。」


「んま!ファルーン、何か言ってちょうだい。」


頬をほんのり赤く染めて、腹を立てる彼女に動じる事もなく、男が店員を捕まえる。


「ああ、すまんがワインを一つくれ。」


「はーい!」


ふうと男は一息つき、髪をなで上げながら彼女に向き合った。


「なかなか良い食べっぷりだ。しかしその姿は旅をしているようには見えんな。

供はどうした?この小さな少年一人か?」


「あなたに関係有りません。」


プイッとサラはへそを曲げて、うつむいたまま残った食事を急いで平らげる。

ファルーンは彼の大きな帽子を嬉しそうに、くりくり見回し、またかぶった。


「騎士様は、お一人なのですか?」


「ああ、この国には興味があってね。別に目的地とかはない、物見遊山の旅だよ。君達は?」


「ええ、そうですね……目的地は主様(あるじさま)次第(しだい)でございます。」


「あるじ?このお嬢さんが?そりゃあ大変だ。」


「まあ!それはどういう事ですの?騎士とはいえ失礼な。」


「あっははは、そりゃあ失礼。しかし、その姿は旅をする格好じゃあないな。

街を出ると、あっと言う間に盗賊に襲われるよ。」


ドキッと彼女が顔を上げる。しかしその顔は、何故か場違いに明るい顔だった。


「盗賊?まあ、凄いわ。ファルーン、私盗賊を見てみたいわ。」


小鳥のように涼やかな彼女の高い声が食堂に響いた。

一瞬の静粛(せいしゅく)の後に、人々がざわめく。

たまらず後ろにいた街の男が、青い顔して立ち上がった。


「お、お前、盗賊が見たいだと?

この街の人間が、どれほど盗賊どもに苦しめられているか、わかって言ってるのか?」


「この、ふざけた女だ。」


カッと立ち上がった男達に、騎士がやれやれと顔を上げる。

すると隣で、ファルーンがポロンとハープをつま弾いた。


ポロポロポロロポロロロロ

ポロン、ポロン


美しい旋律が、優しい風を呼び静かにゆったりと人々の気持ちを落ち着かせる。


「なんでハープなんか……」

「しっ!」


それぞれが時を惜しむように口をつぐみ、耳を傾けた。

その音は鳥を呼び、渇いた心に一筋の小川を生み出し、セイレーンの歌声にも似て澄み切った音に心が洗われていく。

いきりだって立ち上がった人々は怒りを忘れ、ハープの音色に耳を傾けて、その場にすとんと腰掛けうっとり聞き入った。


ファルーンが、サラの腕を握る。

ハープはひとりでに音を出し、音を立てないように立ち上がる。

彼女にしっと指を立て、そっと席を離れ店を出た。


「ウフフ……」


サラが腕をひかれて急ぎながら、クスクス笑う。


「本当に、困った主様ですね。」


「だって、あんなに怒らなくてもいいじゃない?」


ファルーンがやれやれと首を振り、二人は振り返りもせず人混みに紛れて行った。

遅れて店から出てきた騎士が、はっきりしない頭をガシガシ掻く。

苦々しい顔でボスッと帽子をかぶると、腹立たしそうにため息をついた。


「ああくそっ、不覚を取った、なんと言う魔力か……

この俺が聞き入って気がつかないなど、こんな恥さらしがあるか!」


すでに視界から消えた二人を見送り、彼はその後を追って歩き出した。




 午後のワイワイと人があふれかえる道を、2人ははぐれないよう手をつないで歩いていた。

国境も近い街は旅人が多く、街の人々も生き生きとして、商魂たくましいのか呼び込みも激しい。

サラは買い物など初めてのことで、ウキウキした様子で何にでも目を囚われてしまう。

ファルーンは彼女を急かしながらまずは食べ物を探し、キョロキョロと低い背丈をもどかしく思いながら、辺りを見回した。


「ファルーン、凄い人だわ。まるで祭りでもあるみたいね。これからどこへ行くの?」


「はい、旅支度をせねばなりませんので。みなさんから頂いたお金で食べ物と、あとは馬を買いましょう。

今日の宿も探さなくては。」


「まあ、馬を買うの?私、白い馬がいいわ。

城でもお父様がとても美しい馬を私に下さったのだけれど、白じゃなかったのよ。ひどいでしょう?」


「いいえ、馬は色ではなく、金額と力強さで選びます。色など何の役にも立ちません。」


「まあ!意地悪ね。」


突き放すような言い方に、サラがカチンと来てプイと顔を背ける。その拍子に、ドンと男の脇にぶつかった。


「きゃ、何なの?無礼な。」


「はあ?こっちが無礼と言いたい所だぜ。なあ、ねーちゃん。」


いかにも柄の悪い、目つきの鋭い男達だ。


「ねーちゃん?って、お姉さんのこと?私はあなたの姉ではありませんわ!

無礼でしょう、謝りなさい!」


「いけません、主様。」


彼女を庇うファルーンが、怪しい人間は避けて通ったはずと男達の仕草に目を配る。

彼女の派手な服装が、彼らを呼び寄せてしまったのだろう。

あっと言う間に出来た人だかりの中、ニヤニヤと囲うように現れた3人の男に、キッと鋭い視線で見据えた。


「な、何だ、このガキ。」

「おい、なんかへんだぞ。」


何故か、男達の額に脂汗が浮かぶ。


「下がれ」


ドッと大きなプレッシャーに気圧され、毅然と言い放つファルーンの言葉に男が一人、腰から剣を抜いた。


「こ……この…ガキ!」


「キャッ!ファルーン!」


サラが驚いてファルーンの身体にしがみつく。

ファルーンが、ハープを弾こうとした手を彼女に引っ張られた。


「あっ!主様!」


「この、ガキのくせに馬鹿にしやがって!」


男が剣を振り上げる。

ファルーンに向けて男が振り下ろすその刃を、突然現れた大きな鞘がガンッとなぎ払った。

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