「お兄さん方、俺の剣が鞘にある内に手を引いてくれないかね?」
「あっ、あなたは。」
先ほど食堂で出会った騎士だ。
パチンと2人にウインクして、じりじりと男達に迫る。
他の男たちも刃物を抜いた瞬間、騎士がリーダーらしき男の鼻先でシュッと半場まで剣を抜いた。
「ひえっ!」
あわあわと、剣の鋭い輝きにひっくり返るようにして下がる。
「仕方ねえ、許してやらあ!おいっ行くぞ!」
「おぼえてろよ!」「ちっ!」
あたふたと逃げる3人をそこにいた皆が見送って、ザワザワと見ていた人々は散ってゆく。
ホウッとしゃがみ込んだサラを案じて、ファルーンが手を差し出した。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ、びっくりして。」
「いつまでもそんなチャラチャラした格好してるからだよ。見てたぜ、あいつらずっと君達をつけてた。
向こうからぶつかって来ただろう?」
剣を腰にしまい、騎士がサラに手を貸して立たせる。サラが潤んだ目をゴシゴシ拭き、その手をパシンと引いた。
「そこまで見ていたのなら、もっと早く助けても良かったでしょう!何てひどい騎士なの?」
「小さい子の後ろに隠れる、君よりいいと思うけどね。」
「まっ!」
真っ赤な顔で、サラがプイとそっぽを向く。
ヒョイと肩を上げ、意地を張る彼女をプッと笑った。
「助かりました、騎士殿。」
ファルーンが帽子を取って、ぴょこんと頭を下げた。
「子供は素直でいいな。」
「まあ、それはどういう意味?ほんと、失礼な騎士ね。」
プイと先を歩き始めた彼女に、ファルーンがあとを慌てて追って行く。
騎士も呆れたようにため息を一つ付くと、放っておけないのか2人の後を追い始めた。
その日は宿を取って、翌日の朝出発と決め、色々と買い物を始める。
途中お金が少なくなると、帽子を置いてハープを弾き、またチップを稼いだ。
宿にも色々と文句を言ってくる彼女をなだめたものの、疲れもあってか日が沈むと早くに眠りについて、朝一番に服を買いに行くことを決めた。
旅立ちが嬉しいのか、朝は意外と早く目覚め、朝食を取って服選びへと向かう。
前日、派手な服を隠す為にショールを買った、品揃えのいい店に入ってゆく。
その時、服を買おうと言ったのだが、彼女がお気に入りの服を手放したくないと言うので、ショールを買って一日待つことになったのだ。
ファルーンが店の入り口にある子供の服を見ていると、昨日の騎士がニッと笑ってやってきた。
「やあ!見つけて良かった。もう旅に出たかと思ったよ。」
「ああ、昨日の騎士様…昨日はお世話に……。」
ファルーンが頭を下げかけると、彼が手を振って必要ないという素振りをする。
彼に背を向けまた服を見ていると、突然彼がハープに手を伸ばしポンと一本鳴らした。
「君のハープ、一体何の弦で出来ているんだい?いい音を出すんだな。名のある名工の?」
ファルーンの手にあるハープが、彼はひどく気に入ったようだ。
ファルーンはクスリと笑って服を諦め、店を出て入り口にあるベンチに座った。
サラは店の奥の方で、旅に向いた服が気に入らないらしく店員ともめている。
しかも、ここにあるのは中古品だ。
人が着た物を身につけるのに抵抗が有るのか、嫌な顔をして不機嫌そうだった。
「騎士様は、たいそう身分の高い方でございましょう?」
「おやおや、答えじゃなくて質問が帰ってきた。ふふ、そうだなあ、どう見える?」
ファルーンの隣の壁に、ドスンと寄りかかってニヤリと笑う。
すべてを見透かすような眼のファルーンは、見た目の年齢とはとても思えなかった。
「その剣は、見かけは派手ではございませんが、ピンとした気をまとってございます。
さぞ名のある名工の方でなければ、そのような剣は生まれますまい。
本当のあつらえは、旅のために外しておいでなのでしょう。」
「ほう、気、ね。剣に気があるというのか。お前はただの子供ではないな。で、そのハープは?」
「あなた様が気にかけられる物ならば、よほど名工の方が作られた物でしょう。」
「口が上手い奴だ。呆れた、お前一体いくつだ?」
「さあ、もう覚えておりません。」
ガクンと、騎士のアゴが落ちた。
まったく、やってられないと首を振る。
そうしていると、ようやく店からサラが出てきてフンッと鼻息荒く立ちはだかる。
彼女は諦めたのか、うって変わって随分簡素な服で、それでも色だけはこだわったのか薄い黄色の上下にあずき色の大きなベストを羽織っていた。
腰のベルトには小さなバックが下がり、彼女はそれを開けて巾着袋をファルーンに差し出す。
おつりを返す律儀さに、ファルーンがクスリと笑った。
「もう、無礼な奴ばっかりで腹が立つ!
ファルーンが服を売れなどと申すから、あのお気に入りのドレスを手放してしまったわ。
しかも、新しい物など無いというのよ、仕方ないからこれを選んだけど、もう!街の女はなんと口が悪い!無礼ばかりで腹が立つわ!
これ、服を買った残りですって。」
「それはあなたのお金です。お持ち下さい、無くさないように。
人の世は、すべてそれが無くては旅もままなりません。
お店の方は良い方だったようですね。それなら旅もしやすいでしょう。」
「それがね。」
ニッコリ微笑むファルーンに、サラが小さく耳打ちする。
「お前のファンだと、おまけしてくれたの。
無礼な女だけど、良い所もあったのよ。このバック、可愛いでしょ。」
「おや、先ほど帽子にお金を下さった方でしたか。」
クスクス笑い合っていると、隣で騎士がごほんと咳払いする。
さて、と身を起こして、やれやれと首を回した。
「女性の着替えは待ち長いもんだ。さて、どこへ行く気かね?」
「あら、どうしてあなたがそれを聞くの?私は供を許しておらぬ。」
「じゃあ、俺はここで失礼しよう。さようなら。」
くるりと騎士が背中を見せる。
サラは急に心細くなって、思わず彼の背にしがみついた。