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第5話 旅立ち、そしてサラ挫折

サラが、騎士の背中に思わずしがみついた。


「ま、まあ、来たいって言うなら許すわ。仕方ないわね、ほほほ。」


引きつった笑いで顔を背けながら、手はしっかり逃がす物かと上着を握りしめている。

プウッと吹き出しながら騎士は振り向くと、帽子を胸に彼女に一礼した。


「名を申しておりませんでした、私の名はリュート。」


「リュート?まあ、名前だけは素敵ね。私はサラよ、この子はファルーン。」


「お褒めにあずかり光栄です。では、どちらへ行かれますか?」


「えっ?え、えーっと、向こうよ。」


彼女が指さす先は、大きな山が見える。

誰が考えても彼女には無理な道のりだ。


「ほう、そうか、君は山越えがしたかったのか。」


「そ、そうよ。行きましょ。」


プイと先に立って歩き出す。

リュートは暫し考え、彼女の背に何となく話しかけた。


「君は物見の塔に上がった事はあるかい?」


物見の塔は、城や国境などの主要地にある、辺りを見渡せる高い高い塔の事だ。


「山越えなど、あれを延々上る事と同じくらい辛い物だが、君は凄いな。

しかし、俺はすでに旅も長くてね。体力的にも山越えは無理そうなんだ。」


ヒョイと肩を上げる。

サラは子供の頃に物見の塔の上まで上った時の、あの足が崩れそうな辛さを思い出し、はたと立ち止まった。


あんな物を延々と上るほどなんて、冗談じゃあないわ。


「ん、まあ、じゃあ仕方ないわね。ではこちらの道を参りましょ。」


くるりとリュートの脇をすり抜け、逆へと歩き出す。


「そちらは隣国への道だよ。この国を出るのも別に良いけどね、途中の道には魑魅魍魎(ちみもうりょう)がワンサカいて、通る人間を皆食っちまうんだ。」


「食う?」


「そ、頭からバリバリ。」


ワッと襲いかかる振りをする。

クスクス笑うファルーンの横で、サラがヒイッと縮み上がった。


「まあ、それじゃ仕方がない、向こうに行くとしましょう。平坦で面白く無さそうだけど仕方ないわ。」


指さす先は、草原にただ道が一本通って所々に家が見える。

比較的歩きやすそうだし、人の通りもあるようだ。


「はい、あちらは確かもう一つ大きな街がありますから、初めての旅にはちょうど良いでしょう。

丸一日ほどかかりますが、主様、本当に馬を買わなくても大丈夫ですか?」


前日馬屋で馬を選んでいる時、美しい馬ばかりに目が行くサラは、口の悪いリュートに水を差され意地を張って歩くと言い出したのだ。


「ええ、私の足は飾りではありませんもの。馬なんかいらないわ。」


プイッとリュートから顔を背ける。


「意地っ張りだな、泣いても知らないよ。」


「ご心配なく。」


「では参りましょうか?お嬢さん。」


クスッと笑ってリュートが一礼すると、サラはファルーンと共に先を歩き出した。



暖かな風が一陣吹いて、草原の草がザワザワとなびく。

青い空を遊んでいた小鳥が一羽、すいっと風を切って飛んでくると、ファルーンの頭に留まりチュッチュッと楽しげに鳴いた。


「ふふっ、なんと気持ちの良い風でしょう。

盗賊の噂は良く聞きますが、何事もなく幸いです。ここは美しい国ですね、主様。」


ファルーンが微笑んで隣を見る。

しかし、サラはすでに返答する余裕もない様子で、青ざめた顔に汗を流していた。


「主様、大丈夫ですか?お疲れなら休みましょう。」


「おいおい、また休みか?まだほら、振り返ればさっきの街が見えるほどしか歩いてないよ。」


リュートが呆れたように、ヒョイと肩を上げる。

まだ半分も歩いていないのに、すでに3回休んでいる。

しかし移動はすべて馬車や輿に乗っていた彼女は、こんなに歩くのは初めてなのだ。

しかも彼女が買った靴はまだ足に馴染めず、石がゴロゴロした道も歩きにくい。

城のタイルを貼った廊下とは、まったく感触が違う。


「だから、意地を張らずに馬を買えば良かったのさ。」


彼が後ろで大きくため息をつくと、サラがひたっと立ち止まって肩を震わせた。


「ひっく、ひいっく、……だって、あなたがあんな事言うから。

ひいっく、だって、足が痛くて、怠くて……ひっくひっく、うっうっ。」


「そんな泣かなくても……うっっ!!」


彼女の顔を覗き込むリュートが、引きつった顔でザザッと引いた。

彼女は真っ赤な顔に涙と鼻水をドオッと流して、それでも歯を食いしばっている。

ファルーンが彼女の手を引き、道の傍らに座らせて休ませた。

そしてハープを取り出し、彼女に向けて一本の弦を引く。


ポーーン、ポーーーン……


単調な音は、それでも清んで心に心地よく響き気持ちがいい。


「ああ、何か良い気持ち。」


「はい、これは癒しの弦。しかし傷を綺麗に治すほどの力はございません。私に出来る事はこのくらいです。」


「ほう、やはり相当の品だな、そのハープは。」


リュートの目がキラリと輝く。

ファルーンが突然くるりと振り返り、ニッコリ微笑むと彼に詰め寄った。


「旅は苦しい物ですが、一方で楽しき物のはず。殿方なれば、責任は取っていただきましょう。」


「え?」


つうっと冷や汗が流れる。

まさかと思う彼は、結局彼女を背負って歩かねばならないハメとなった。


「きゃあ!いやだ、嫌らしい所をさわらないで!」


「じゃあ、どこ持てって言うんだよ。大人しくしろよ、まったく。」


サラは声を上げながら、彼の背中にぴったりと頬を寄せる。

その広い背中は心強く、暖かな体温が鼓動まで伝えるようで心地よい。

しかしキャアキャアと背で騒ぐ彼女に辟易しながら、彼の目はファルーンの持つハープに目が行く。

ファルーンはそれを気にも留めない様子で、ハープを手に持ちポロンポロンと軽く奏でながら歩いていた。


「お前のそのハープは、何か力を持っているようだな。いわれがあるのか?」


「さあ、物の生まれにいわれなど有りましょうか?あなたが生まれた事に、いわれなど無い事と同じでしょう。」


ポロンポロン……


ハープの音に導かれたような、サッと吹く風は肌に心地よく、歩く足も軽やかに進む。


「まったく、口の上手いガキだぜ。」


リュートはため息をついて、彼の前を歩き出した。


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