途中休憩を取りながら歩き通し、日も落ちかけた頃。
その日はとうとう隣町近くの森の入り口で野宿となってしまった。
街はもう少しの所だが、無理をせず野宿に決めたのだ。
何より、サラを背負ってきたリュートが、すっかりくたびれてしまっていた。
「ああ、疲れた。俺は腕がもう動かん。」
小さな湧き水の流れで喉を潤し、倒れた木にドスンと座ってリュートが肩をほぐす。
「あら、なんとだらしのない騎士殿だこと。」
「なにい?お前さんはずっと背負われてただろうが!」
「だって、足が痛かったんですもの!仕方ないでしょ!」
突っかかる彼女をクイッと引いて、ファルーンが森を指さす。
「主様、暗くなる前に薪を拾いに行きましょう。日が暮れると真っ暗になりますよ。」
「あら、それは嫌だわ。そう言えば火はどうするの?ここには火種がないわ。」
「ええ、火は木をこすって起こすのです。」
「まあ、すごいわ。何もない所から火が出るの?魔法みたいね。」
「魔法か、そりゃあいいな。」
クスッと横でリュートが笑う。
火をおこすのがどれほど大変なのかも知らないのだろう。
「そう言えば食べ物は?あるの?」
「先ほどの街で買ってきたパンと干し肉もありますが、他にも森で探してみましょう。」
すっかりくたびれ果てたリュートをよそに、ファルーンとサラが森へと薪を取りに行く。
サラはすっかり野宿が楽しい様子ですべてが物珍しく、その後取った粗末な食事もあまり苦にならないようだった。
「ああ、なんだか、こんな物なのに今まで食べたどんな物より美味しかったわ。さぞ上等のパンなのね。」
「いいえ、普通の方が作った、ごく普通のパンです。
のどが渇けば、ただの水さえどんな美酒にも勝る。それと同じでございましょう。」
ファルーンが、ハープを取り出し弦をはじく。
すると横になってウトウトしていたリュートがヒョイと起きあがり、サッとそのハープを取り上げた。
「ふうん、特に変わった所はないようなのにな。ちょいと古くて装飾が上品だ。」
「ありがとうございます、お返し願えますか?」
ファルーンの差し出す小さな手を見て、ほくそ笑みながらハープを返す。ポロポロと奏で始めた彼に、リュートが身を乗り出してきた。
「そのハープ、譲っては貰えんだろうか?」
「な、なんですってえ!」
突然、彼女が立ち上がった。
「駄目よっ!そんな事絶対に許しません!」
「いや、君には言ってないんだけどね。」
「これはファルーンが持ってるけど、元々は私の物です!譲るなどあり得ないわ!」
「そんなに興奮しなくても良いじゃないか。それとも、何かいわれでも?」
うっとサラが詰まってファルーンの顔を見る。
「えーと……」考えて、ポンと手を打った。
「そうよ、これは大切なご先祖様からの家宝なの。弾き手を選ぶからこの子に貸しているのよ。」
これはウソじゃない。
「ふうん、家宝ねえ。」
しかし意に反して、彼の顔はますます怪訝に目を光らせる。
「何故、ハープをお探しですか?」
ポロンポロンと奏でながら、ファルーンが聞いた。
リュートがフッと笑いながら、その場にまた横になる。
満天の星空は、澄んで吸い寄せられるように美しい宝石箱のようだ。
星が一つ流れ、それを追いかけるようにもう一つ流れた。
「占いさ、それを求めると良い事があるとね。
だから、ずっと探して旅をしているんだ。」
ポロン、ポロポロポロ……ポロン
シンとした空気に、ハープの音が響き渡る
サラが、フッと力無くその場に座りそして横になった。
「占いって、何なのかしら。小さい頃から、それにずっと振り回されている気がするわ。
ああ、ハープの音色が風のささやきのよう。
美しいこの時間が、ずっと続けばよいのに……」
スウッとサラが眠りにはいる。
ファルーンは弾く手を止めて、背負ってきた袋から小さなブランケットを取り出し、彼女の身体にそっとかけた。
「占いは、人を導くきっかけに過ぎません。それに飲まれるは愚かなこと。
人の弱さは、人にしか乗り越えられないのですから。」
「フッ、お前から皆にそう言ってくれるかい?お嬢さんと同じく、振り回されるのはもう散々だ。」
ため息をつく彼にクスッと微笑み、ファルーンがハープを一つポロンと奏で、リュートを真っ直ぐに見つめる。
その眼は青い瞳に赤い炎をうつし、妖しげな雰囲気を醸していた。
「今こそ、転機を迎える準備をする時なのです。この旅は、あなたに大きな出会いをもたらした。」
突然の予言に、リュートがごくんと息を飲む。
「それは……」
起きあがり、正面にあぐらをかいて腰を据えた。
そうしなければ、何故かこの小さな少年に気圧される、そんな雰囲気が漂っている。
「それは、お前の占いか?お前は、何者だ?」
「ふふ、申し上げたはず、占いなどただのきっかけに過ぎません。このハープがそう申しております。」
「その、ハープは弾き手を選ぶと言ったな。子供ならば、お前と同じに弾くことが出来るのか?」
「さあ、このハープは気むずかしいですよ。機会が有れば試してみると良いでしょう。」
フフッと笑ってハープを枕元に置き、サラの足下に横になる。
怪訝な顔で、ため息をついてリュートも倒木にもたれた。
ファルーンの枕元のハープから視線が離れない。
大きくため息をつき、目を閉じた。
辺りはしんと静まりかえり、ただ虫の声と星の瞬きだけが広がっている。
暫し時が過ぎ2人がすっかり寝入った頃、倒木にもたれて目を閉じていたリュートの背後から、かさりと忍ぶ足音が近づいた。
それに気が付いて、リュートが動かず目を開く。
「お前か……」
「ここに」
ささやく声に、リュートが身を起こす。
安心して眠る2人の寝顔をじっと見つめ、そして暗い空を見上げて目を閉じた。