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第7話 姿を消した騎士

寒いわ……何て寒いの?……ここは?


朝方の冷たい風に、ブルッと身体を震わせ目が覚めた。

ふと見ると赤い朝焼けの中、たき火に木をくべるファルーンの姿に気が付いた。


「ああ、そうか、野宿したんだったわね。」


「主様、お目が覚めましたか?ご気分は?」


スウッと冷たい空気を胸いっぱい吸って、大きく伸びをする。


「んー、いい気持ちよ。まあ、綺麗な空。」


サラが胸いっぱいの深呼吸して、キョロキョロと辺りを見回す。


「あら?あの方は?」


「リュート殿ですか?」


「え、ええ。」


「行って、しまわれました。」


「どこへ?」


「さあ」


人ごとのようなファルーンに、きょとんとサラが暫し考える。


「行き先がわからないと言うことは……つまり、どういう事かしら?」


「そうですね、私達が眠っている間に去ってしまわれた。と、言うことでしょう。」


「そんなのんびりと……ファルーン!ハープは?」


「お持ちになったのかと。さほど離れてはいないようですが。」


「な、な、な、なんですってえええ!!」


唖然、呆然、のんびりと朝食の準備をするファルーンを愕然と見つめ、サラがへたり込む。


「そんな……男だったなんて……」


「そんな悪い方には見えませんでしたね。」


「そうよ、助けてくれて……だから信じたのに……」


ポロポロと涙が流れる。

なんて朝だろうとショックを受けて涙を浮かべているサラを横に、ファルーンは平然と食事の準備をしている。

やがて彼はたき火から果物を取り出すと、皿の替わりの大きな葉の上に置いて皮を剥いた。


「さあ、食事にしましょう。さすがに朝は冷えますから、果物を焼いていたんですよ。

ほら、これはこうして焼くと、甘さが増して甘酸っぱくてとても美味しいのです。

前の主様が大変お好きで、良くこうして食べていました。」


サラがそっとそれを受け取って、力無く膝に置く。ぽろりと涙がこぼれた。


「とても、食べている気分じゃないわ。」


がっかりうなだれた時、お腹がぐうっと声を上げた。


「あら、イヤだはしたない。」


「うふふ、ほら、お腹は食べたいとおっしゃってますよ。

さあ、食べて元気を出して街へ行きましょう。それから考えても遅くはありません。」


落ち着いたファルーンに、サラがもう一度思い直して深呼吸し首をかしげる。

彼の背中の暖かさが思い起こされ、そして力づけるような笑い顔を思い出した。


「あの人は本当に悪い人なのかしら?ハープは戻ってくるかしら?」


「あの方がいたからこそ、私達はここまで来られたのです。

無くなったのはハープだけ。お金にも、水や食べ物にも手はつけてありません。

悪い方ではないとハープも付いていったのでしょう。」


「ハープが……」


「あれは私の半身、きっと戻って参りましょう。さあ、冷めないうちに食べましょう。そして街へ向かいますよ。」


こくんとうなずき、食事を食べ始める。

食べてみると確かに美味しい。

パッと明るい顔でニッコリ笑うと、浮かんでいた涙をキュッと拭いた。




 朝の清々しい空気は、澄み切ってはるか遠くまで見渡せる。

巣から飛び立つ鳥の一軍が頭上を飛び立ち、徐々に昇る太陽は街を目指す人々の影を優しく伸ばして、とぽとぽ歩く2人の影を道に映した。


「主様、おみ足は大丈夫ですか?」


サラはびっこを引きながら、顔を上げてため息をつく。


「こんなに歩くのが辛いなんて、みんな本当に歩いているの?意地を張らずに馬を買えば良かったわ。」


「歩く辛さがおわかりなら、それは主様の糧となりましょう。人心を知ることは、あなた様には大切なこと。」


「あら、私は城に戻る気はありませんよ。」


思いがけない言葉をかけられ、サラがシャンと背を伸ばし、プイと先を歩く。

ファルーンがクスッと笑ってあとを追った。


ガラガラガラ……


それは隣町からの荷物だろうか?2人の横を荷馬車が追い抜いてゆく。


「ああ、いいわねえ。」


サラが思わずうらやましそうにぼやくと、まるでその声が聞こえたように、その馬車は追い抜いたあとゆっくりと止まった。


「あら?止まっちゃったわ。ファルーン。」


「大丈夫、盗賊などではありませんよ。」


そうは言っても、サラは怖々と足が止まる。そのうちに馬車から、御者の男が身を乗り出した。


「おーい、お二人さん。

良かったら乗せようか?荷台には荷物がいっぱい載ってるが、2人くらい大丈夫だよ。

女子供だけだと物騒だ、さあ乗りな!」


気のいい中年のおじさんだ。浅黒い肌に白い歯をニッと見せて、荷台を指さした。


「まあ、どうしましょう、ファルーン。」


「乗せていただきましょう。」


ファルーンが手を振って、男に返す。

2人は荷台にはい上がり、沢山の荷物に押されながら、それでも楽に街へ行き着くことが出来た。



 その様子を、離れた場所から見届けている馬上の男が、トンと馬の腹を蹴る。

国境へと向かうその後ろを、2人の男が馬で追う。

3人はマントに身体をくるみ、旅が長いのか後ろの2人は馬の背に大きな荷物を積んでいた。

しかし長い旅の終わりを予感するように、馬を操る手綱さばきも軽快に、足取りを軽く感じさせる。

前を走る男が、ふと後ろ髪引かれるのか馬を止め馬車を振り返った。


「リュート様!危のうございます!」


「わかっている!」


言い捨てるように返事を返し、パンと手綱で叩く。

その拍子に彼のマントが突然風にあおられ、バッと翻った。

その背には隠すように、美しい流線型をしたファルーンのハープが、大切に背負われていた。

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