寒いわ……何て寒いの?……ここは?
朝方の冷たい風に、ブルッと身体を震わせ目が覚めた。
ふと見ると赤い朝焼けの中、たき火に木をくべるファルーンの姿に気が付いた。
「ああ、そうか、野宿したんだったわね。」
「主様、お目が覚めましたか?ご気分は?」
スウッと冷たい空気を胸いっぱい吸って、大きく伸びをする。
「んー、いい気持ちよ。まあ、綺麗な空。」
サラが胸いっぱいの深呼吸して、キョロキョロと辺りを見回す。
「あら?あの方は?」
「リュート殿ですか?」
「え、ええ。」
「行って、しまわれました。」
「どこへ?」
「さあ」
人ごとのようなファルーンに、きょとんとサラが暫し考える。
「行き先がわからないと言うことは……つまり、どういう事かしら?」
「そうですね、私達が眠っている間に去ってしまわれた。と、言うことでしょう。」
「そんなのんびりと……ファルーン!ハープは?」
「お持ちになったのかと。さほど離れてはいないようですが。」
「な、な、な、なんですってえええ!!」
唖然、呆然、のんびりと朝食の準備をするファルーンを愕然と見つめ、サラがへたり込む。
「そんな……男だったなんて……」
「そんな悪い方には見えませんでしたね。」
「そうよ、助けてくれて……だから信じたのに……」
ポロポロと涙が流れる。
なんて朝だろうとショックを受けて涙を浮かべているサラを横に、ファルーンは平然と食事の準備をしている。
やがて彼はたき火から果物を取り出すと、皿の替わりの大きな葉の上に置いて皮を剥いた。
「さあ、食事にしましょう。さすがに朝は冷えますから、果物を焼いていたんですよ。
ほら、これはこうして焼くと、甘さが増して甘酸っぱくてとても美味しいのです。
前の主様が大変お好きで、良くこうして食べていました。」
サラがそっとそれを受け取って、力無く膝に置く。ぽろりと涙がこぼれた。
「とても、食べている気分じゃないわ。」
がっかりうなだれた時、お腹がぐうっと声を上げた。
「あら、イヤだはしたない。」
「うふふ、ほら、お腹は食べたいとおっしゃってますよ。
さあ、食べて元気を出して街へ行きましょう。それから考えても遅くはありません。」
落ち着いたファルーンに、サラがもう一度思い直して深呼吸し首をかしげる。
彼の背中の暖かさが思い起こされ、そして力づけるような笑い顔を思い出した。
「あの人は本当に悪い人なのかしら?ハープは戻ってくるかしら?」
「あの方がいたからこそ、私達はここまで来られたのです。
無くなったのはハープだけ。お金にも、水や食べ物にも手はつけてありません。
悪い方ではないとハープも付いていったのでしょう。」
「ハープが……」
「あれは私の半身、きっと戻って参りましょう。さあ、冷めないうちに食べましょう。そして街へ向かいますよ。」
こくんとうなずき、食事を食べ始める。
食べてみると確かに美味しい。
パッと明るい顔でニッコリ笑うと、浮かんでいた涙をキュッと拭いた。
朝の清々しい空気は、澄み切ってはるか遠くまで見渡せる。
巣から飛び立つ鳥の一軍が頭上を飛び立ち、徐々に昇る太陽は街を目指す人々の影を優しく伸ばして、とぽとぽ歩く2人の影を道に映した。
「主様、おみ足は大丈夫ですか?」
サラはびっこを引きながら、顔を上げてため息をつく。
「こんなに歩くのが辛いなんて、みんな本当に歩いているの?意地を張らずに馬を買えば良かったわ。」
「歩く辛さがおわかりなら、それは主様の糧となりましょう。人心を知ることは、あなた様には大切なこと。」
「あら、私は城に戻る気はありませんよ。」
思いがけない言葉をかけられ、サラがシャンと背を伸ばし、プイと先を歩く。
ファルーンがクスッと笑ってあとを追った。
ガラガラガラ……
それは隣町からの荷物だろうか?2人の横を荷馬車が追い抜いてゆく。
「ああ、いいわねえ。」
サラが思わずうらやましそうにぼやくと、まるでその声が聞こえたように、その馬車は追い抜いたあとゆっくりと止まった。
「あら?止まっちゃったわ。ファルーン。」
「大丈夫、盗賊などではありませんよ。」
そうは言っても、サラは怖々と足が止まる。そのうちに馬車から、御者の男が身を乗り出した。
「おーい、お二人さん。
良かったら乗せようか?荷台には荷物がいっぱい載ってるが、2人くらい大丈夫だよ。
女子供だけだと物騒だ、さあ乗りな!」
気のいい中年のおじさんだ。浅黒い肌に白い歯をニッと見せて、荷台を指さした。
「まあ、どうしましょう、ファルーン。」
「乗せていただきましょう。」
ファルーンが手を振って、男に返す。
2人は荷台にはい上がり、沢山の荷物に押されながら、それでも楽に街へ行き着くことが出来た。
その様子を、離れた場所から見届けている馬上の男が、トンと馬の腹を蹴る。
国境へと向かうその後ろを、2人の男が馬で追う。
3人はマントに身体をくるみ、旅が長いのか後ろの2人は馬の背に大きな荷物を積んでいた。
しかし長い旅の終わりを予感するように、馬を操る手綱さばきも軽快に、足取りを軽く感じさせる。
前を走る男が、ふと後ろ髪引かれるのか馬を止め馬車を振り返った。
「リュート様!危のうございます!」
「わかっている!」
言い捨てるように返事を返し、パンと手綱で叩く。
その拍子に彼のマントが突然風にあおられ、バッと翻った。
その背には隠すように、美しい流線型をしたファルーンのハープが、大切に背負われていた。