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第8話 本当のファルーン

その街は、昨日まで過ごした街よりも大きい街で、隣国との流通の拠点ともなっているようだ。

活発に馬車が行き交い、関所が街の入り口に構えられて荷物を調べている。

せわしく働く人々を眺めながら、2人は広場のベンチに座って休んでいた。


「この国は、穀物を他国から仕入れているのですね。

関所を通る隣国からの商人が、大きな麻袋を積んでいました。随分沢山のようです。」


「ええ、今年は大切な時期に雨が降らなくて、穀物の育ちが悪かったと聞いてるわ。

でも、こんなに隣の国から食料を分けて貰っているなんて知らなかった。」


じっと見つめるサラの横顔を、ファルーンが見つめて目を閉じる。


「あなたは、何も知らなかったのですね。」


「ええ、知らされなかった、王女なんてそんな物よ。知る必要はない、その一言で終わり。

でも、それが悔しくて悲しかったわ。

私も国を治める王族の一人、ならば国の行く末を案じるのは当たり前ですもの。」


フフッとファルーンが笑い、ピョンと彼女の前に立つ。そして優雅にお辞儀をした。


「さて、ではあなたの為に私も働くとしましょう。傷ついた今のあなたの足で、この先旅はままなりません。」


「働く?何をするの?お金ならほら、まだあるのに。」


バックから取り出そうとする彼女の手を、サッとファルーンが止める。


「安易にお金を見せてはいけません。人は良い人ばかりではないのです。」


「あ……そう、よね。ああ、何かまたあの人思い出したわ。もう!どこ行っちゃったのかしら。」


「またいつか会えましょう。あなたが会いたいと願えば。」


「ちっ、違うわよっ!誰があんな奴!ちょっと素敵とか思ったけど、全然違ったじゃない!」


何故か、ボッとサラの顔が赤くなる。


「それほどお気に召されたとは気が付きませんでした。会えればよろしいですね。」


「違うったら!意地悪ね。もう!」


意地悪く言うファルーンに、サラがあたふたと首を振って懸命に否定する。


「で、お仕事って何をするの?」


話題を変えようと、真顔で身を乗り出した。


「そうですね……ハープがありませんし、荷運びはこの身体では無理でしょう。」


ファルーンが、自分の小さな手を見る。

彼の本体はハープ、ファルーンは仮の身体でしかない。

しかし街ではお金を少しでも蓄えないと、すぐに尽きてしまう。

宿屋、食事、そして馬を買う代金。街で過ごすには、すべてにお金がかかるのだ。

さすがにサラにも、昨日買い物をして、何となくその不安が少しわかっていた。


「ふう、庶民の暮らしがこんなに大変なんて。

王家も決して楽ではなかったけど……そうだわ、私が踊りましょう!」


「いいえ、主様にそのような。私が何とか…………あっ」


「ファルーン!」


ぐらりとファルーンの身体がよろめき、サラに倒れかかる。サラが慌てて膝に受け止めた。


「どうしたの?」


「いけません、ハープが呼んでいます。このままでは……少し、行ってきます。」


「えっ?行って?ファルーン?」


ガクンと彼の身体から力が抜ける。


「ちょ、ちょっと!私一人残して……」


焦って揺り動かすサラが、恐る恐る周りを見回す。

ベンチの周りには子供達が遊び、道を荷馬車が往来して人々も忙しそうに歩いている。

大丈夫と自分に言い聞かせて、大きく深呼吸した。

と、突然、パチッとファルーンが目を覚ましてヒョイと身体を起こす。


「気が付いた?ああ、良かった。ビックリさせないでちょうだい。」


ファルーンはキョロキョロ周りを見回し、着ている服をつまんで首をかしげると、サラをとろんとした目で見る。


「ファルーン?」


そのあまりに違う雰囲気に、彼女が怪訝な顔で顔を覗き込んだ。


「はあ?」


惚けた顔のファルーンが、きょとんと首をかしげる。


「ま、まさか、あなた本当のファルーン?」


「はあ、あふぁあああぁぁ」


返事かあくびかわからない様子で、大きくあくびすると道によろよろと歩き出した。


「あっ!危ないわ!ほら、こっちにおいでなさい!」


道に出たとたん、ガアッと大きな馬車が目の前を走り、サラが青ざめて手を引く。


「道に出ちゃ危ないでしょう?!」

「はあ」

「はあじゃないわよ、ね、しっかりして!」

「はあ」

「もう!ファルーン、早く帰ってきて!」

「はあ」

「あなたじゃなくて、彼の事よ。」

「はあ?」

「もう!」


ぐううううう


今度はファルーンのお腹が鳴った。


「はらーへった。」


つぶやいて指をくわえる。

がっくり、大きくため息をついて気が抜けた。


「わかったわよ……じゃあ、どこかで食べて彼が帰ってくるのを待ちましょ。

ああ、なんてことかしら。」


途方に暮れて、彼女が手を引いて歩き出す。

ファルーンの手が、所在なさそうにブラブラとハープを弾く真似をする。


「あなた、今までハープの中で眠っていたの?」


「はあ……」


ため息か返事かわからない返事をつぶやく本当のファルーンは、人の世界に戻ってひどく落胆しているようにも見える。

彼は本当に、ハープの中で眠る方が楽なのかも知れないとサラはふと思った。



 供と共に馬を走らせ、うっそうとした暗い森の中を駆け抜ける。

これから一つ山を越え、隣国へと国境を越えるのだ。ここは表街道と違い、密かに通る裏の道だけに盗賊も多い。

リュート達3人は身を低くしてひたすら馬にむち打ち、一刻も早く峠を越えるために急いでいた。


「リュート様!お待ちを!」


突然、横に従者が一人並んで声を張り上げる。


「複数のひずめの音が聞こえます!森の中に隠れましょう!」


「わかった!」


グッと手綱を引き馬を止め、道を外れて木々の中に入っていく。

じっとそのまま息を潜めていると、遠くから次第に地響きのような音が聞こえてきた。


…………ドドドドドドドドドドド


ぉぉぉぉおおおおおおお


雄叫びと共に、一軍が土煙を上げ道をすさまじい勢いで下って行く。

やがて過ぎ去って行くのを見届けて、1人の従者が先に安全を確認し、2人に合図した。


「一体何者か?」


「あれは、盗賊どもの一軍でしょう。このふもとにあります街は、我が国との流通の拠点となっておりますので。」


ふもとの街は、先ほどサラ達が向かった街だ。

盗賊達はあの街に略奪に向かっているのだろう。


では、サラはどうなる?ファルーンは?


何も身を守る術のない2人は、命が助かっても盗賊達の慰み者になってしまうに違いない。

ザッとリュートの血が下がり、彼の心は真っ白になった。


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