その街は、昨日まで過ごした街よりも大きい街で、隣国との流通の拠点ともなっているようだ。
活発に馬車が行き交い、関所が街の入り口に構えられて荷物を調べている。
せわしく働く人々を眺めながら、2人は広場のベンチに座って休んでいた。
「この国は、穀物を他国から仕入れているのですね。
関所を通る隣国からの商人が、大きな麻袋を積んでいました。随分沢山のようです。」
「ええ、今年は大切な時期に雨が降らなくて、穀物の育ちが悪かったと聞いてるわ。
でも、こんなに隣の国から食料を分けて貰っているなんて知らなかった。」
じっと見つめるサラの横顔を、ファルーンが見つめて目を閉じる。
「あなたは、何も知らなかったのですね。」
「ええ、知らされなかった、王女なんてそんな物よ。知る必要はない、その一言で終わり。
でも、それが悔しくて悲しかったわ。
私も国を治める王族の一人、ならば国の行く末を案じるのは当たり前ですもの。」
フフッとファルーンが笑い、ピョンと彼女の前に立つ。そして優雅にお辞儀をした。
「さて、ではあなたの為に私も働くとしましょう。傷ついた今のあなたの足で、この先旅はままなりません。」
「働く?何をするの?お金ならほら、まだあるのに。」
バックから取り出そうとする彼女の手を、サッとファルーンが止める。
「安易にお金を見せてはいけません。人は良い人ばかりではないのです。」
「あ……そう、よね。ああ、何かまたあの人思い出したわ。もう!どこ行っちゃったのかしら。」
「またいつか会えましょう。あなたが会いたいと願えば。」
「ちっ、違うわよっ!誰があんな奴!ちょっと素敵とか思ったけど、全然違ったじゃない!」
何故か、ボッとサラの顔が赤くなる。
「それほどお気に召されたとは気が付きませんでした。会えればよろしいですね。」
「違うったら!意地悪ね。もう!」
意地悪く言うファルーンに、サラがあたふたと首を振って懸命に否定する。
「で、お仕事って何をするの?」
話題を変えようと、真顔で身を乗り出した。
「そうですね……ハープがありませんし、荷運びはこの身体では無理でしょう。」
ファルーンが、自分の小さな手を見る。
彼の本体はハープ、ファルーンは仮の身体でしかない。
しかし街ではお金を少しでも蓄えないと、すぐに尽きてしまう。
宿屋、食事、そして馬を買う代金。街で過ごすには、すべてにお金がかかるのだ。
さすがにサラにも、昨日買い物をして、何となくその不安が少しわかっていた。
「ふう、庶民の暮らしがこんなに大変なんて。
王家も決して楽ではなかったけど……そうだわ、私が踊りましょう!」
「いいえ、主様にそのような。私が何とか…………あっ」
「ファルーン!」
ぐらりとファルーンの身体がよろめき、サラに倒れかかる。サラが慌てて膝に受け止めた。
「どうしたの?」
「いけません、ハープが呼んでいます。このままでは……少し、行ってきます。」
「えっ?行って?ファルーン?」
ガクンと彼の身体から力が抜ける。
「ちょ、ちょっと!私一人残して……」
焦って揺り動かすサラが、恐る恐る周りを見回す。
ベンチの周りには子供達が遊び、道を荷馬車が往来して人々も忙しそうに歩いている。
大丈夫と自分に言い聞かせて、大きく深呼吸した。
と、突然、パチッとファルーンが目を覚ましてヒョイと身体を起こす。
「気が付いた?ああ、良かった。ビックリさせないでちょうだい。」
ファルーンはキョロキョロ周りを見回し、着ている服をつまんで首をかしげると、サラをとろんとした目で見る。
「ファルーン?」
そのあまりに違う雰囲気に、彼女が怪訝な顔で顔を覗き込んだ。
「はあ?」
惚けた顔のファルーンが、きょとんと首をかしげる。
「ま、まさか、あなた本当のファルーン?」
「はあ、あふぁあああぁぁ」
返事かあくびかわからない様子で、大きくあくびすると道によろよろと歩き出した。
「あっ!危ないわ!ほら、こっちにおいでなさい!」
道に出たとたん、ガアッと大きな馬車が目の前を走り、サラが青ざめて手を引く。
「道に出ちゃ危ないでしょう?!」
「はあ」
「はあじゃないわよ、ね、しっかりして!」
「はあ」
「もう!ファルーン、早く帰ってきて!」
「はあ」
「あなたじゃなくて、彼の事よ。」
「はあ?」
「もう!」
ぐううううう
今度はファルーンのお腹が鳴った。
「はらーへった。」
つぶやいて指をくわえる。
がっくり、大きくため息をついて気が抜けた。
「わかったわよ……じゃあ、どこかで食べて彼が帰ってくるのを待ちましょ。
ああ、なんてことかしら。」
途方に暮れて、彼女が手を引いて歩き出す。
ファルーンの手が、所在なさそうにブラブラとハープを弾く真似をする。
「あなた、今までハープの中で眠っていたの?」
「はあ……」
ため息か返事かわからない返事をつぶやく本当のファルーンは、人の世界に戻ってひどく落胆しているようにも見える。
彼は本当に、ハープの中で眠る方が楽なのかも知れないとサラはふと思った。
供と共に馬を走らせ、うっそうとした暗い森の中を駆け抜ける。
これから一つ山を越え、隣国へと国境を越えるのだ。ここは表街道と違い、密かに通る裏の道だけに盗賊も多い。
リュート達3人は身を低くしてひたすら馬にむち打ち、一刻も早く峠を越えるために急いでいた。
「リュート様!お待ちを!」
突然、横に従者が一人並んで声を張り上げる。
「複数のひずめの音が聞こえます!森の中に隠れましょう!」
「わかった!」
グッと手綱を引き馬を止め、道を外れて木々の中に入っていく。
じっとそのまま息を潜めていると、遠くから次第に地響きのような音が聞こえてきた。
…………ドドドドドドドドドドド
ぉぉぉぉおおおおおおお
雄叫びと共に、一軍が土煙を上げ道をすさまじい勢いで下って行く。
やがて過ぎ去って行くのを見届けて、1人の従者が先に安全を確認し、2人に合図した。
「一体何者か?」
「あれは、盗賊どもの一軍でしょう。このふもとにあります街は、我が国との流通の拠点となっておりますので。」
ふもとの街は、先ほどサラ達が向かった街だ。
盗賊達はあの街に略奪に向かっているのだろう。
では、サラはどうなる?ファルーンは?
何も身を守る術のない2人は、命が助かっても盗賊達の慰み者になってしまうに違いない。
ザッとリュートの血が下がり、彼の心は真っ白になった。