王室顧問団の謁見に係る評議は、どんな相手でも一週間と定められている。それは、如何なる階級に対しても平等に判断を下すため……というのが表向きの理由だ。
実際の所は、特権階級が既得権益を侵されないか慎重に検討する、というものである。謁見というのは良くも悪くも国の政治を左右する。それ故、彼らは変革の嚆矢を取り除かんとするのだ。
「此度の騎士は、聖導官直々の任務を受けて派遣されたもの、というのがヴァリモン司教の言う所だ」
六人の老人は、円状に並んだ椅子に座って言葉を交わしている。
「ラハン、サーデル……知らぬ騎士だ。何者だ」
「新人、とのことだ。司教曰く、渡すものは渡しておる」
「うぅむ……」
彼らが気にしているのは、騎士が政治に介入することで自分たちの金が目減りするのでは、ということだけだ。
「謁見の理由はなんと?」
「国王の裁可無くして実行できぬ重大事案……とのことだ。詳細は書かれておらぬ」
「そんなものを一介の、新人で、更に我が国の生まれでもない騎士に奏上させるべきか?」
「うぅむ……」
皆、一様に唸った。議論もそこまで、という所で扉が開かれた。
「やらせればよい」
入ってきたこれまた老人は、他の六人とは全く違う空気を纏っていた。意志を感じさせる黒い瞳で、顧問団を見渡す。
「最後には宸意によって全てが決まる。簡単な話であろう」
「しかし長老、あんな若者が謁見して何を言うか……わかったものではないのだぞ」
「だから宸意にお任せ致すのだ。教会領から態々やってきた以上、何らかの凶兆があるのだと私は判断した。謁見の許可を与えるべきだ」
会議も六日目。そうじっくり考える余裕はない。
「……一旦、その方向性で進めることとしよう」
老人の一人が、疲れた声でそう言った。皆頷いて、ある程度決まり始めていた。
◆
一方で、評議にかけられている三人はピザを前にしていた。一枚が一人前で、ナイフとフォークを用いて食べるのだという。
「教会領じゃ、一切れずつ手で持つんだが……なるほどねえ」
そんなことを呟きながら、サーデルは自分のピザを切り分けては口に運んでいく。やけに要領がいい。
「本当は経験しているんじゃないのか?」
ラハンの問いを受けて、彼は首を横に振った。
「マジで初体験だ。しかし、悪くねえな」
ある程度カトラリーの扱いに慣れている二人。だが、インサは利き手の逆にフォークを持つというのが、どうにもうまくいかない様子だった。
「インサ、前も言っただろう? 握りしめるのではなく、人差し指を背に添えるんだ」
「そ、そうでしたね! アハ! アハハ……」
困った時に、彼女は笑う。言い方は悪いが、テーブルマナーを学ぶ機会のない農村出身者だ。
「その笑う癖も、控えた方がいい。粛々と受け入れればいいんだ」
だからこそ、これからゆっくりと学ぶ機会を与えるべきなのだ、とラハンは思っていた。このような、マナーをさほど求められない騒がしい店は、練習には丁度いい。
「んめェ~~~」
羊の鳴き声のような声を出して、サーデルは感動に浸った。
「いやー、カマ王国のピザが絶品ってのは、噂通りだったな。姉ちゃん、ブランデーもう一杯!」
チューリップ型のグラスにオレンジの酒が注がれ、彼はそれを一気に飲み干す。
「サーデル、明日は顧問団から結果を聞くんだぞ。二日酔いは……」
「わかってるって、これが最後だ」
悪戦苦闘する少女と、燥ぐ青年、冷静でいる青年。彼らに、一人が話しかけた。
「あんたら、教会騎士様かい」
足元にある盾を見て、その赤ら顔の男が問うた。
「そうだが、どうした、何かあるのか?」
「いやあね、ちょいとねさ……ノルフィア騎士って、知ってるかい」
ラハンはサーデルを見る。
「そりゃあ。教会騎士の不倶戴天の敵! 魔王崇拝をして、千年前の戦争で魔王軍に味方した奴ら。違うか?」
「ヒヒッ、あんちゃん中々物知りだねえ。そんなノルフィア騎士が、現代にいるって聞いたことないかい?」
二人の騎士は否定した。
「いるんだってさ、この国に……」
「まさか。ノルフィア騎士は滅びたはずだ」
ラハンが生真面目に返答するので、男は腹を抱えて笑い出した。
「そりゃあ、教会としてはそう言うしかなかろうさ。だがねえ? 世の中そう簡単じゃないのさ……ノルフィア騎士が生き残って、この王国に潜伏してるって……」
騎士二人は顔を見合わせた。
「ま、確かに教会だって間違うことはあるな。しっかし、俄かには信じきれねえな。ノルフィアの生き残りって昔話は山ほどある。どうせその類だと、俺は思うね」
「ヒヒッ、そうかもなあ……どうだい、ここのピザは旨いだろう」
「おう。常連なのか?」
「さて、どうだか……」
男は店の喧騒に消えていく。
そこからゆっくりと食事を進め、三人は会計へ。
「そういや、じいちゃんに話しかけられたんだが、常連か?」
伝票を見ながら金勘定をする店員に、サーデルが話しかけた。
「ああ、店長ですよ」
「……は?」
◆
次の昼。道端に花の咲いた白い石畳を往き、一行は王城を訪れた。美しく整えられた受付で、ラハンらは一枚の羊皮紙を受け取る。
「結論から言えば、謁見が許されました」
国の形に象った御璽が押されたその紙には、なるほど謁見の日時が記されている。明日、昼の三時だ。
「随分と急だな」
ラハンがつい零す。
「私に詳しいことは知り得ません。ただ、顧問団が急な用であると判断したのです」
あの司教が聖骸の件を伝えたのか、と彼は推測する。
「一秒の遅れも許されません。一時間前には到着することをお勧め致します」
そういうことで、一行は国王の前に跪いた。
「ヴァリモンから、あらましは聞いている」
国王はまだ若い。歳にて三十代に差し掛かった頃だろう、とラハンは予想した。だが、その玉座に深く腰掛ける尊大な態度は、まだ染み付いていなかった。隣に立つ黒髪の男が、彼が持つべき冷徹な視線を、来客に投げかけていた。
「魔王封印強化のために、聖骸の分譲を願う……それ自体はいい。だが、何の対価もなしに渡すわけにはいかない」
頭を下げたまま、一行は微動だにしない。
「なあセリウス、この者たちに聖骸を見せるか?」
王は隣の男に話しかけた。
「聖骸への礼拝は、我が国に於ける最高の栄誉。旅人に行わせるわけにはいきませぬ」
国王は満足げに何度も頷いた。
「なぜ私が王なのか、わかるか? ラハン」
「その気高き血筋ゆえ、でしょうか」
「違うな。聖骸を持っているからだ。勇者の後継者と聖骸に認められた身であるからだ。それを切り分けろと……どれだけのことを言っているか、少しは考えたか」
「……無礼を承知で申し上げますが、魔王が復活すればそのようなことは言っていられなくなります」
ラハンの反抗が、数段高い所に座る若き赤マントの王の神経を逆撫でする。
「そうだな。貴様の言うことは正しい。だが、正しさだけで全てが動くわけではないのだよ」
王はゆっくりと段を下り、ラハンの前に立つ。
「魔域、というものを知っているか」
「魔物や魔族が作り上げた、迷宮と聞いております」
「そうだ。それが、わが国に生まれた。どうだ、それを平定すれば考えてやってもいいのだぞ」
今すぐに肯ずることはできなかった。
「ふむ、できない、と言いたいのか?」
「情報もなしには、判断しかねます」
「そうかそうか。しかし二度も三度も謁見をするわけにはいかん。ここで決めろ」
ラハンは、後ろにいる二人をちらりと見た。サーデルは十分戦える。インサもそれなりに力をつけてきた。無理ではないだろう。
「……承知いたしました。魔域平定の任、お受けいたします」
王はマントに包まれた体を震わせる。
「よろしい! 学者は好きに使え。頭ばかり大きくなった者たちだが、役立たずではあるまい。下がれ。楽しみしているぞ」
何の反論もなく追い出されたラハンに、サーデルが声をかける。
「やれんのか?」
「やるしかないだろう」
「だよなあ……」