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第二部 異端戦争

帰還報告

「魔域平定、お疲れさまでした」


 ラハンはカマ王国宰相セリウス──謁見の際に王の隣にいた人物と応接室で向き合って座っていた。あれから七日程。報告の謁見は許されなかった一行は、代表者一名に限って王宮の奥へ入る許可が下りた。


「この件は、陛下に報告しておきました。近く、聖骸分譲について聖断が下るでしょう」


 どこか冷たく、高所から見下ろしてくるような声音に、サーデルは不快感を覚えた。


「セリウスさん、一つ、お聞きしたいことがあります」


 ラハンが言った。彼の傍らには、大きな革袋があった。


「こちらを見てください」


 その口を開いて、相手に覗かせる。


「聖骸です。何故、あの魔域に聖骸があったのです」


 セリウスの表情は動かない。ただ、黒髪を掻き上げ、小さな息を吐いただけだ。


「……これが聖骸であるという証拠は?」

「平定後、祈祷騎士サーデルが鑑定を行いました。確かに、尋常ならざる魔力が宿っています」


 セリウスの怜悧そうな瞳は、穿ち抜くように若い騎士を見つめる。


「陛下の周りに裏切者がいる。あなたはそう言っているのですよ。その意味を、おわかりですか」

「承知の上です。何者かが聖骸の腹を開いて、内臓を持ち出した。教会騎士として、そのようなことは見過ごせません。一度、聖骸の状態を確かめさせていただきたいのです」


 ラハンがあまりに真っすぐな声で告げるので、それなりに酸いも甘いも知った男は目頭を揉む。


「我が国に於いて、聖骸をその目で見ることは最大の栄誉とされています。陛下でさえ、戴冠に当たって一度見られたのみ。他国の人間に許しが下るとは思いません」

「何か、隠したいことでもあるのですか」


 平定の後、リシェリスの過去を、ラハンは詳らかに聞いた。人は過つ。そして、ヴァリモンのように歪んだ世界に生きる者もいる。権威は必ずしも正しくはない。それが、彼の一言に繋がった。


「……何をお疑いかは知りかねますが、あまり失礼なことを言うのであれば、滞在許可を取り消すこともできるのですよ」


 例えば不快な野焼きが火の粉を降らすような、そしてそれを嫌々ながらも払って進まねばならないような、そんな顔でセリウスは言った。


「仮に聖骸の腹を開いて内臓を取り出したとして……誰にそんなことができるのです。先も申し上げたように、聖骸の在処に入れる人間は限られています。そこから見つからないよう臓器を運び出すなど、不可能だと思うのですが?」


 露骨な嫌悪感を向けて、彼は言う。


「あなたが、とさえ俺は疑っています」

「フフッ……ハハ……」


 突然に笑い出した彼に、ラハンは強い目を向ける。


「面白い。しかし不遜。この王国宰相サリウスに直接疑念を叩きつけるなど、そうそうできることではありませんよ。疑うに足る根拠はあるのでしょうね」

「サーデルと共に、少々調べました。国王や宰相は法律上、顧問団の裁可なしに自由に聖骸を安置している部屋に入れること。基本的に内部で監視を行う者はいないこと。聖骸から内臓を摘出するには、国王陛下か宰相、あなたの手でやるよりないのです」

「素晴らしい推理ですね。それで? 内臓を運び出す手段は? あなたがそうしたように、大きな革袋が必要になるとは思いませんか? そしてもう一つ。陛下による聖骸への礼拝も、伝統として部屋の外から行うものとされているのですよ?」

「それは……」


 言葉に詰まる。


「さて、私も忙しいのです。このあたりにしておきましょう。聞かなかったこととします。お帰りになってください」


 不平を噛み殺して、ラハンは王宮を去った。だが内臓は返さない。


「どうよ」

「証拠がない」


 待っていたサーデルと二言三言言葉を交わし、二人は騎士の屋敷が並ぶ通りに入った。


「国王であるにしろ、セリウスであるにしろ、どうやってバレないように臓物を運び出したか、というのがわからない」

「俺たちで突き止める必要あるか?」

「民の上に立つ人間が関わっていた場合、警察や騎士も買収されている可能性がある。ヴァリモン司教も、潔白ではない」


 彼らが向かっているのは、リシェリスの邸宅だ。国への疑いについて話すなら、騎士館では都合が悪い。そこで、余っている部屋を貸してもらえることになった。だが、それだけではない。


「おお、帰ったか」


 陽光に照らされた庭で、屋敷の主が待っている。端には雷を握りしめた男神──戦神ゼルドナウスの像がある。


「着替えてこい。今日も鍛えてやる」


 両手剣という、普段使っている片手剣とは勝手の違うものを扱うため、ラハンはリシェリスに師事することにした。


 両手剣には、主に二つの使い方がある。一つは動きを止めず、振り続けること。もう一つは、魔力で肉体を強化して片手剣さながらに扱うこと。ラハンが選んだのは後者だった。


 一般的な剣士は前者を選ぶ。両手剣は必然的に重く、軽い剣のように一撃振り下ろすような使い方をすれば、持ち上げるのにも一苦労、そもそも重い以上初動のスピードで片手剣に劣るのだ。


 だが、魔術を扱える教会騎士であれば話は別だ。身体強化をフルに活用して、軽々と振り回す。こうすることで、斬撃の重さと取り回しを無理やり両立するのだ。


 一方で、それは魔力を消費し続けることを意味する。効率のいい身体強化を、ラハンは体に刻み付けている最中だった。


「うむ、筋はいいな。魔力の流れも無駄がなくなってきている」


 流石にラハンも汗ばんできた頃、横から見ていたリシェリスが口を開く。


「魔剣の力を使ってみるぞ。感覚は青燐盤と変わらん。魔力を流せ」


 人間の肉体に備わっている魔力回路から、剣へと魔力を送り込む。黒い刃は、黒い炎に覆われた。


「よし、その状態で、こいつらを相手にしろ」


 師が指を鳴らすと、虚空に黒い円状のゲートが生まれる。そこから、真っ赤な肌をした小鬼ゴブリンが現れた。


「黒い炎は魂を焼く。魔物相手とて、それは変わらん」


 小鬼たちは銘々棍棒を握り、ラハンに襲い掛かった。彼はグッと地面を踏みしめ、一閃。滅びの力を伴った斬撃で一体の肉体を両断した。その遺骸は、すぐさま灰となって消えていく。


 乱暴な打撃を避け、バックステップ。しつこく追ってくる相手には、右腕の内側から刃を入れ、円を描くように首を刎ねる。


 その間に、背後を取られていた。好機と判断したのだろう。小鬼は乱雑に成形された木の棒を振り上げて、跳躍していた。


 空中にいるということの、デメリット。それは姿勢を変えられても移動はできないという点。それをよくよく理解していたラハンは、その小鬼の胴を真っ二つにして消し去った。


 それで、終わりだ。


「素晴らしい! どうだ、このまま私の助手にならないか」

「カマ王国の聖骸を受け取れば、ニバイ帝国に行かねばなりませんので」


 ラハンは剣を納めた後に丁寧に頭を下げた。


「フフッ、そう言うと思っていたさ」


 リシェリスは再び黒い門を開き、そこから林檎を二つ取り出し、片方を弟子に投げた。


「その門、どうやっているんですか?」

「ああ、ノルフィアの術さ。古い書物に記載がある。習得するか?」

「……それ、誰にでも扱えるものなのですか」

「まあ、ノルフィア騎士であれば基本的に習得しているだろうな──そうか、そういうことか!」


 ラハンは頷いた。


「この国にノルフィア騎士がいるというのは、事実なのですか」

「詳しい知り合いがいる。それが、もしかすれば……」


 そこから、事態は動き出した。





 セリウスが、王宮地下にある聖骸の間に入った。白い布で覆われた女勇者の遺骸は、何も言わず横たわっている。


「さて、危ない所だった……ノルフィアの力を持っていることを知られれば、私の立場も揺らいでしまう。手早く彼らを追い出さなければ……」


 彼は布を剥ぐ。すると、大きな縫い目のある腹が露になる。


「暫し、相手になってもらいますよ……」


 ゆっくりと、服を脱ぎ始めた。

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