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疑義

 王都から馬車で半日ほどの宿場町に、ラハンとリシェリスは訪れていた。整備された街道に沿って、幾つもの宿屋が建っている。その一つに、二人は入った。


 一階は酒場になっている。昼だというのに騒がしく、酔い潰れた者が机に突っ伏してもいた。


 そんな中を通り抜け、階段の下にある暗い席へ、リシェリスは迷わず進んでいく。


「先生」


 彼女は、そこにいる老人に呼びかけた。頭は禿げ上がり、口元には立派な白髭が蓄えられている。


「おお、リシェリス。魔法の使い方を忘れたのかね?」


 酒に焼けた声を乗せた息は、ラハンの嗅覚を刺激する。


「あんたに師事した人間の中に、セリウスという男がいるか」


 ビールが並々に注がれたジョッキを、先生は見つめた。


「儂は秘密主義でな、誰を弟子にしたか、誰に何を教えたか、ちゅーのは明かさんようにしちょる。だが、弟子が過ちを犯したならば、看過はできんのう」

「セリウス──王国宰相は、聖骸の一部を持ち出して魔域の餌として使った疑いがある。あんたの教えた術があれば、簡単に持ち出せると思ったんだが……どうだ、ビール三杯奢るぞ」

「ああ、教えた」


 呆気なく口を割ったその老人の態度に、ラハンは肩透かしを食らった気分だった。


「儂はな、若造、ノルフィアの力は正しく扱えば魔王討伐の一助となるものだと思っちょる。それを魔域の餌を調達するために使ったのなら……罰を下してもらわんとなあ」


 リシェリスは向かいの席に座り、ビールを頼む。


「……ノルフィアには、ある掟が存在するんじゃ」


 何も知らないラハンに対し、老人はゆっくりと話し出す。


「黒い稲妻の使い方を授けることは、一生かけてその弟子を育てることを誓ったのと同義。弟子は生涯に一人なんじゃ」

「それなら、簡単に滅びてしまうのでは」

「ヴセール教会に迫害される都合、ノルフィア騎士は地下に潜らなければならん。あまり弟子を多くとっても、勢力を拡大して徒に発見されやすくなるだけじゃ」

「では、あなたが今まで教えてきた人間は、弟子ではないと?」


 老人はグイッとビールを呷る。


「一般的な言葉であれば弟子と言っていいんじゃが……ノルフィア騎士が配下とするために、黒い稲妻以外の術を授けた者を、特別にノルフィアの従者と呼ぶんじゃよ。儂はそういう従者が授けられるようなものを研究し、受け継ぐために活動しちょる」


 追加でやってきた麦酒に手を付ける老人。


「じゃが、それは安寧を乱すためではない。そもそも、ノルフィア騎士はノルフィアという神に仕えちょった、教会騎士とさほど変わらない存在なんじゃ。ただ、そのノルフィアが魔王に吸収され……騎士と神の間にあった従僕の誓いによって魔王の手下となった」


 教会では聞いたこともない歴史だった。


「結果、ノルフィア騎士は魔王の尖兵として迫害を受けるようになった……ちゅーわけじゃな。じゃが、魔王が封印された以上、今のノルフィア騎士は従僕の誓いを結んでおらん。故に、リシェリスのように教会騎士でありながらノルフィアの力を振るう者が現れる」

「リシェリスさんは、明確な弟子なのですね?」

「うむ。魔剣に宿ったノルフィアの力を制御するべく、正式な弟子とした」


 またもや、老人はビールを一気に飲み干す。


「何か、ノルフィアの力を使った痕跡が残ったりはしませんか」

「そうじゃなあ……お主、リシェリスとはどのような関係じゃ。まさか愛人というわけでもなかろう?」

「剣の稽古をつけてもらっています」

「ふぅむ……なら、話してやろう」


 老人が指を鳴らすと、周囲の喧騒は一瞬にして消えた。


「音を遮断する結界じゃ。それはいいとして、術の痕跡の話じゃったな。儂が教える術は、意図的に痕跡を追えるよう改造しちょる。リシェリスとて同様じゃ。盗みに使えんように、とな」


 髭を撫でながら、老人は話を続ける。


「このことは、従者には明かしちょらん。弟子のみじゃ。じゃが、若造には特別に、それを追跡する秘法を授けちゃる」


 差し伸べられた老人の掌。促されて、ラハンはそれに手を重ねた。瞬間、頭に流れ込む術の使い方。


「セリウスのことを告発する方が、よっぽど楽なのではないですか」

「証拠がなければ誰も信じんよ」


 そう言って、老人は羊皮紙を数枚、足元の鞄から取り出した。


「若造、お前が先の術を使えば、ここに付近で発動したノルフィア魔術の詳細と、発動者の名前が記載される。どうにか発動地点まで潜り込んで、証拠を掴むんじゃよ」

「どれほど前であれば記録を手に入れられますか」

「最大半年。まあ、一般的な馬力で使えば三か月ほどは痕跡を見出せるじゃろう」


 ラハンは力強く頷いた。


「さて、そろそろ結界を解かねばな。二度は説明せんぞ」


 そこから、リシェリスと老人は酒を片手に話し込んだ。


 気が付けば夜。駅馬車ももう来ない。宿の内それぞれ一部屋を借りて、ラハンとリシェリスは布団に入った。


(本当にセリウスが魔域の餌に聖骸を使ったとして、その目的はなんだ?)


 安物のベッドの上で、ラハンは頭を回す。


(魔域が強くなることは、誰にとって利益となる? まさか……)


 魔域の発生には、魔王の力が関わっている。封印されていた魔剣や強大な魔物などが核となり、それが魔王の魂と繋がることで実体を持った空間を生成。魔域となるのだ。


 だが、それが全てではない。ある程度成長した魔域は、魔力を逆流させる──つまり、完成された魔域が取り込んだ魔力は、魔王の力となるのだ。


(魔王復活を目論んでいるのか? ノルフィアの従者になったのも、それが目的か? だが、魔王の封印が解かれて、その後何をするつもりんだ?)


 謎ばかりが増えていく。やる方なくなって、目を閉じた。





 セリウスの私室は、王宮の中にある。最上階で暮らす王族のため、その一つ下のフロアで寝泊まりしているのだ。


 赤と金を基調とした部屋で、彼は青燐盤を前にしていた。ラハンが宿場町に向かった、三日後のことだ。


「魔域の平定も、私は想定していたよ」


 その上に現れている映像は、サグアだ。


「ザレグエルの魔力も、十分な量魔王様に還元された。君が聖骸を取り込ませたおかげだ」

「ありがたきお言葉」

「その聖骸も、直接取り込ませれば更に力を増す。内臓は回収しなかったんだろう?」

「ええ。無理に拘れば、疑われるかと思いまして」


 首席聖導官はゆっくりと首を縦に振った。


「その内臓を送るよう、僕から指示を出す。ラハンは僕を疑ってはいないようだからね」

「しかし、魔剣を持っていました」

「魔剣使い一人、大した脅威じゃない。長生きはできまいよ」


 セリウスは微かな不安を眉間に浮かべた。


「懐かしいねえ。君は国の腐敗を正すために、僕と接触した。正直、従僕の誓いを結んだ時は使い捨ての手駒だと思っていたよ。それが……魔王復活の準備をしっかりしてくれた」

「やはり、騎士にはしていただけませんか」

「正式な弟子はもういるからねえ。それに、君は件の老人からある程度手解きは受けているんだろう?」


 そんな会話が行われている中、王宮に忍び込む者がいた。ラハンとサーデルだ。偵察のための認識阻害魔法で警備を通り抜け、地下への階段を音を立てずに下る。


「多分、聖骸の部屋には入れねえぞ。強力な探知結界を感じる」

「なら、近づけるだけ近づいて証拠を探し出すぞ」


 欠伸をする門番の隣で、ラハンは老人から譲られた紙を取り出す。


「ここに、邪法を使いし者を映し出せ」


 呪文を唱えると、見えないペンが紙の上を走ったように、名前が刻まれる。セリウス、と。


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