肚の底から内臓を揺らすような、爆発。今にも降り出しそうな曇天の下で、無残にも命が散っていった。
「砲兵は手を止めるな! とにかく撃て!」
赤い軍服の士官がサーベルを振るって叫ぶ。だが、揚陸された鉄殻戦団は、その砲弾の雨の中を駆け抜け市街地に入ろうとしていた。
ナバラシア信条が定められて二百年。都市の規模は拡大し、そしてその構造は複雑になった。今、近代的な市街戦の経験がある軍隊はない。
魔物に跨っていた重騎兵は、上から落下してきた煉瓦で意識を失った。爆裂魔法の使い手が、角から飛び出して狭い路地を進んでいた数人の騎兵を消し飛ばした。
その煙の中から、ラハンが飛び出る。赤や黄色、青白い光の援護を受けながら、騎兵を一人魔物から引きずり下ろした。
組み合ったまま倒れて、彼は相手の喉笛を掻き切った。噴き出した鮮血が、兜を汚す。この距離では速さは活かせない、と判断した騎兵が、三人ほど魔物から降りた。
「教会騎士か……なぜ王国につく」
緑のスコープを備えた兜の兵士たち。全身を覆うのは暗鉄色のプレートアーマーだ。先頭にいた指揮官らしい者は、左腰に佩いていた直剣をすらりと抜き、若き騎士に向けて構える。
「異端を相手にするのは、騎士の役目だ」
「……随分と若いな。俺の子供もお前と同じくらいだよ」
盾で体を隠し、ラハンは右手の剣を握り込んだ。
「今からでも帝国軍に加われ。そちらの方が長生きできるだろう」
その勧誘に揺れる素振りもなく、青年は地面を蹴る。二、三度白刃をぶつけ合い、攻めあぐねたラハンは足を突き出した。鎧も加わった重量を諸に受けた指揮官は、大きく後退った。
後ろに立っていた騎兵が、十ミリ口径のライフルの引き金を引いた。ビスッ、と青白い防壁に当たって落ち、その内側から炎の球が飛ぶ。だが、鎧を穿つには至らなかった。
その応酬の中で、指揮官とラハンは剣を振るい続けた。鋭く研がれた刃とて、鎧を切り裂くことはできない。だが、鍛え抜かれた肉体が齎す一撃一撃は、重い打撃となって二人をよろめかせた。
剣戟は続く。優位であったのは、指揮官だ。一つ一つの斬撃がラハンを押し、少しずつ魔術師部隊の方に近づけていく。
焦燥。彼は状況をひっくり返すために力強く踏み込んだ。狙うのは喉。鎧と鎧の隙間。だが、焦った刺突は、肘で受け止められた。その伸びきった体に、前蹴りを喰らった。
剣が手から離れる。援護の赤い稲妻で詰められはしなかったが、ラハンは、一つの決心をしなければならなかった。
グッ、と踏みとどまって、背中の剣を抜く。黒い剣身を黒い炎が覆い、邪悪なる気を周囲に振りまいた。
「魔剣使いか! 面白い!」
真っすぐ突っ込んでくる指揮官に向けて、ラハンは両手剣を振り下ろした。
指揮官は、その一撃も鎧で受け止められると思っていた。幾度もの訓練を乗り越え、数度の実戦を生き残ってきたことから来る、過信。しかし、呪いにも等しい黒き炎は、魔力を宿した鎧に食い込み、左肩から右わき腹にかけて深く切り込んだ。
一瞬。動かなくなった肉体は、血を流して落ちた。
「よ、鎧ごと……」
恐懼した兵士が、魔物に跨って逃げ出そうとする。そこへ、ラハンは炎番の要領で黒炎の矢を飛ばした。騎の脚を貫き、横転させる。路地から大通りに出た途端、その兵士は王国の歩兵に取り囲まれ……銃床で殴り殺された。
もう一人は、片割れを佐けることもなく離脱する。それを追撃する気力は、ラハンにはなかった。
両手剣を納め、片手剣を拾う。次いで、深い溜息を零した。
「ラハン様?」
インサが隣に寄り添って尋ねた。
「……行こう」
◆
グッバードは、『大木のグッバード』という二つ名を持つ。蒼い鎧を纏い、人の背丈ほどもある大剣で、鎧の上から重騎兵の体を文字通り叩き割った。
「ンッン~、俺の剣は今日も絶好調だな」
転がった五つの死体。それらを踏み越え、魔力で強化した肉体で飛び上がった。屋根の上に乗り、戦場を見渡す。銃火が飛び交い、街は血と硝煙で汚れている。
「さて、お次の敵は……」
彼の魔導義眼が、接近する魔力──生物を認めた。それに任せ、グッバードは屋根から落ちる。銃撃が浴びせられるが、全て剣で弾き、着地と同時に一人の騎兵を断ち切った。
起き上がる動作の間に一回転。魔物の脚を払い、倒れ込んだ兵士の心臓を刺す。剣を抜いた騎兵が突っ込んでくるが、魔導義眼が体内の魔力の流れを見通していた。なるべく予備動作を殺した斬撃も、容易く躱され、逆に胴体を両断されてしまった。
血飛沫に濡れた剣を振り、汚れを落とす。グッバードは腰に巻かれたポーチからシガレットを一本取り出し、指先に灯した炎で火を点ける。
「全く、戦場ってのは飽きないねえ」
そう呟いた彼へ、十人ほどの魔術師部隊が走り寄った。
「置いて行かないでくださいよ~!」
前にいる二十歳程度の女魔術師が言う。
「おう、お前らが遅いんだ。俺はちいっと跳んだだけだからな」
「普通の人は飛べないんですよぉ!」
微妙に食い違う会話もそこそこに、グッバードの義眼は次の敵を捉えた。
「お前らはキッスの部隊と合流しろ。俺は一人でやる」
そう言い残して、また跳んだ。丁度着地点に、歩兵部隊が打ち合っている所が見える。大剣に炎を纏わせ、大きく振りかぶった。
「
敵の只中に叩き込まれた燃える刃は、巨大な火柱を立てて数人の帝国歩兵を巻き込んだ。
「ここは俺に任せな! てめえらは──」
大声は途中で止まる。
「何? いや、だが……そうか、わかった」
騎士の鎧の中で、小型青燐盤が声を発しているのだ。
「てめえら! 南門に行け! 殿は俺がやる!」
彼に届いたのは、デオの放棄の指示だった。なるほど、彼の義眼も、魔物の魔力を無数に捕捉している。空からは、小型ドラゴンの群れが近づいている。
「
剣を地面を薙ぐように振れば、炎の壁ができる。鎧を持たない歩兵には到底突破できない、灼熱の壁だ。
通りを完全に封鎖したことを確認した彼は、ノッシノシと味方歩兵を追った。逃げるだけならあっという間だが、仲間を見捨ててしまうほど無情でも、情けなくもない。
なるべく会敵しないであろうルートを走っていると、横道から魔物騎兵が突撃を仕掛けてきた。
「先に行け!」
間に入って、グッバードはまず一人の首を刎ねる。
「教会騎士、覚悟!」
そう叫んだ騎兵は、次の瞬間、横に真っ二つだった。足元で爆発を起こしたグッバードは一気に加速し、刹那の内に剣を振るっていたのだ。
群れを抜け、着地、そして反転。
「
大きな動作から繰り出される横薙ぎは、炎の刃を飛ばす。反応の早いものが一騎、屈んでその下を駆ける。一度、斬り結んだ。騎兵はそのまま過ぎ去り、少し行った所で方向転換する。
「目がいいと見た、名前は」
「ギーデンベルト」
「覚えたぜ」
再びの突撃。グッバードは腰を下ろしてどっしり構える。極東の島にいるという、力士とかいう存在のようだ、と彼は自認した。雷の矢が何発か。特別分厚くしてある鎧は貫通されない。
ごうっ、と巨大な剣に炎が宿る。油を注がれた焚火のように、それはあっという間に豪焔となる。
「
魔物の堅牢な甲殻と、その上にある鎧。グッバードの刃は、二つを同時に切り裂いた。前のめりに落ちたギーデンベルトは、落下の衝撃で脚を折った。
「動けんだろう」
グッバードは血振りをして、その彼に近づく。
「今は殺さん。俺と決着をつけに来い」
こうして、カマ王国はまた一つの都市を失ったのだった。