王都ルドランから出発した、祈祷騎士を中心とした偵察部隊は、南下しつつある車列を捕捉した。
王都への線路は爆破されていたが、帝国軍は魔力によって稼働する自動車を王国に先んじて開発しており、整備された街道の上を、三十メートルの長さを持ったトラックが進んでいた。
「ありゃ、防壁破りじゃねえのか……⁉」
その偵察部隊の中にいた中年に差し掛かった程度の男が呟く。丘の上、双眼鏡で見下ろす形だ。
「数を確保できないというのは、間違いだったのでしょうか……」
隣にいた女騎士が言う。
「ハッタリかもしれん……魔力探知!」
その指示に従い、控えていた若い騎士たちが探知を始めた。
「だめです、周りの車で探知が乱されます」
「チイッ……最悪の場合に備えるべきか……ルドランに連絡! 防壁破りが接近中、とな!」
参謀本部直通の青燐盤からその一報を受け取った軍人たちは、長方形の机を囲んでその真偽に揺れた。
「あれほどの兵器、そう数を作れるものとは思えんな。何らかの偽装工作であろう」
参謀の一人、白い髭を伸ばした男が言う。
「だがぁ……万が一にも本物であった場合、王都も攻め落とされることになろぉう」
真っ赤な髪の女が異を唱える。判断を迫られて、参謀たちは黙ってしまった。そこへ、ノック。入ってきたのはセリウスだった。
「宰相殿、何の御用かね?」
白髭が尋ねた。
「此度の任務、第八特別隊が適任かと思いましてね」
「……ほう」
毛の一本もない、立派な禿頭をシャンデリアの光に輝かせる総長が、ようやく声を発する。
「彼らはデオ失陥という辛酸を嘗めた。ならば、その雪辱を果たさせてやろうというわけです」
「ふぅむ。それだけの理由かね?」
「彼らは鉄殻戦団にも十分対処できた経験があります。敵がどのような兵を連れているにしろ、少数での切り込みを行う部隊としては適切かと」
総長の肚に、何か溜まるものがあった。
「……貴君の提言によってこの作戦が上手くいけば、自分にかかっている異端の嫌疑も晴れるのでは、とでも考えているのではないか?」
静電気が指を衝くようにして、俄かに緊張が場を支配する。
「軍は貴君の名誉のために存在しているわけではない……それは、理解してもらいたい」
セリウスは、口の端をひどく歪める。
「私は、飽くまでこの国の未来を思っての発言をしたまでですよ。あなた方が最善の判断を行う、できる限りの手助けを、と」
文民統制、という考えがある。軍は文民──軍人でない人間によって制御されるべき、ということだ。それはカマ王国では実行に移されており、軍を動かす際には宰相による認可が必要となる。
つまりは、宰相たるセリウスこそが形式的には最高司令官である、ということだ。
重要なエネルギー源たる魔脈を巡る戦争が絶えなかったこのカラザムでは、多くの国で軍国主義的な政策が執られてきた。だが、ナバラシア信条の採択以降、軍を制御するための存在が必要となり、カマ王国はいち早く軍隊の行動を統制するようになった。
その圧力に、軍人たちは不快感を抱く部分もあった。参謀とて同じことだ。こうして文官から口を挟まれ、仕事の邪魔をされているような感覚だ。
「最善、か」
総長が椅子に深く座って呟く。
「貴君には、デオを失う前にしてほしかったものだな」
痺れを切らしたセリウスは、つかつかと歩いて、参謀たちが囲む机を叩いた。
「この作戦には、教会騎士の力が必要でしょう。これは私の判断です」
「……そういうことなら、検討しよう」
◆
命令が下った後、第八特別隊は王宮の一室に集められた。
「今回の作戦は、少数での強襲だ」
双剣を腰背部に提げているキッスが、円卓に地図を広げて言う。
「砲兵と魔術師部隊を敵部隊の前面に展開させ、足止めを行っている所を、我々が横から襲う。防壁破りを破壊した後、離脱する。これが概要だ」
「相手の護衛はどんだけいるんだよ」
「直掩の歩兵が十五名。騎兵も相当数確認されている」
「やれんのか?」
グッバードの冷静な問いに、キッスは顎を撫でるしかなかった。
「博打かよ。つく指揮官を間違えたかもな」
「これは参謀本部の立案した作戦だ。私ではない」
キッスが責任逃れにも思える言葉を発したのは、事実として責任逃れをしたかったからだ。
「誰が前に行く? 俺が行ってやろうか?」
「頼む」
挑発のつもりでそう言ったグッバードは、流れるように任を与えられて呆れた顔をした。
「腰抜けどもが……ああわかったよ。俺が全部蹴散らしてやるから、防壁破りは絶対に壊せよ」
「どう壊すのですか」
ラハンが遠慮気味に言った。
「あれだけの魔力に耐えられるのであれば、相当に堅牢な構造をしているはずです。単に剣で殴りつければ壊れるというものでもないでしょう」
「そこで、これを使う」
キッスが円卓の下から、半球状の物体を取り出した。マットな黒で塗装され、平らな面にはクローのようなものがついている。
「魔力放出爆弾──魔力に指向性を付与して放出する爆弾だ。倉庫から引っ張り出してきた。これがあれば、十五センチの鋼板を貫通してダメージを与えられる」
その爆弾の数は四個。
「たったこれだけかよ」
「純粋な魔力の放出は難しいようでな、安定して効果を発揮させるためのコストと、その結果得られる威力とのバランスが取れなかったらしい。そもそも、射程も極端に短いんだ。破壊したい地点にこれを設置し、起爆してくれ」
キッスが指を鳴らすと、円卓の上に巨大な砲身を備えた兵器の立体映像が浮かんだ。
「防壁破りを偵察隊の情報から想像したものだ。おそらく、この砲身に穴を開ければ、魔力を収束させられず機能不全に陥る。機関部の構造が不明である以上、砲身を貫くしかない」
「セットから起爆までの猶予は」
エーエストが問う。
「……五分。これは固定だ。設置後、魔脈から魔力を吸い上げ、一気に放つために、チャージが必要なんだ。その間、爆弾を取り外されないよう防衛しなければならない」
「ああもう、俺が砲身を叩きわりゃあ済む話だろうが!」
「グッバード、防壁破りの砲身はかなり肉厚に作られているはずだ。君と雖もそれはできないだろう」
もどかしさに、グッバードは犬の唸るような声を漏らした。
「で、作戦開始はいつなんです?」
エーエストの灰色の瞳が双剣の指揮官を見つめる。
「今から向かう」
◆
神聖教会領首都、ヴンダ。その工房で何振りもの魔剣が複製されていた。
「励んでいるね」
サグアが灰色の聖導官を連れて、職人の一人に声をかけた。
「一体、どうしてこんな数の魔剣を発注するのです?」
「魔王復活が近いのは、噂になっていると思う。その時、多くの騎士が振るう武器が求められるんだ。そのためにも、誰にでも扱える程度の魔剣を揃えておきたい」
「はあ……聖導官様がそう仰るのなら……」
魔剣の複製は、誰にでもできるものではない。剣に内包された魔導式を解析し、別の剣の中に打ち込む、卓越した技術と才能が必要になる。
小気味いいリズムで金槌が音を鳴らす。その中で、職人は僅かな恐怖を顔に浮かべている。
「魔剣の複製……我々鍛冶屋の間では禁忌とされているのですが……棟梁がやれって言うからやってるんですよ……ホントに罰が下ったりはしないですよね?」
「ハハハ、そう心配することでもないよ。神々もそう狭量ではない。魔王を打ち倒すためならば、多少の邪道は赦してくれるさ」
「ハア……」
職人はそれだけ言って仕事に戻った。カーン、カーンと。熱と汗の空間の中を見て歩き、暫く。満足したサグアは微笑みを浮かべて工房を去った。確かに、未来は近づいている、と。