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第28話

 偵察部隊と青燐盤を通して連携することで、砲兵は間接射撃という武器を手にした。地平線や地形によって隠れた地点から、砲撃を叩き込めるようになったのだ。


 曇り空から落ちる榴弾の定期便はルドランへ向かう車列を止め、砲の射程外まで退避させることに成功した。そこへ、騎士四人がこっそりと近づく。


「グッバード、行けるな?」


 小声でキッスが問うた。


「……突撃ィィ!」


 それに答えることなく、大木のグッバードは大声を上げて切り込んだ。歩兵が銃を構えた直後、彼はその筒をいとも容易く斬り捨てて、心臓に刃を突き刺した。


 そこに突撃する騎兵の姿。立ち上がり様に脚を払ってやろうと思った彼は、しかし、それを成せなかった。


 キッスが飛び込み、騎兵を蹴り飛ばしたのだ。着地と同時に走り、彼は鎧ごと相手の右腕を切断した。


 その刃は、どちらも黒い。ポンメルには同じ紋様が刻まれている。その紋様によって、刃は魔術を纏っていた。破壊の黒剣だ。


 黒炎の力を内包した刃が、鎧に込められた魔術を破壊する。魔力によって強度を底上げすることが一般的なカラザムの鎧は、その黒炎の力で魔導式を焼却されることで、却って急激に脆くなってしまうのだ。


 キッスは右の剣を構え直し、騎兵の胴を切り裂いた。背後を取られても、彼は動じない。しゃがみ込みつつ振り向いて、その勢いで脚を刺す。そこから切り上げて、体の側面を深く傷つけた。


 はっきり言って、彼の武器は不平等を強いるものだ。教会領に伝わる秘法で黒炎に対して防御力を得ている教会騎士の鎧で、相手の黒の力を拒み、自分は一方的に甲冑を穿つ。


 その無理難題を押し付けて、キッスは逆手に持ち変えた剣で歩兵の喉を刺した。騎兵の剣を掻い潜り、飛び回し蹴りで相手を叩き落す。転がったならば、刺殺する。


「ラハン! 急げ!」


 そう声を上げ、キッスは後輩の盾となった。


 その後ろで、ラハンは爆弾を入れたポーチを提げて走っている。通常の剣では帝国の鎧に抵抗できないと理解した彼は、既に黒炎の剣──ザレグエルを抜いていた。


 三十メートルのトラックの梯子を登った時、ラハンはどこか違和感を覚えた。だが、それを検証する余力もなく、鎧で銃弾を跳ね返しながら砲身の隣へ歩いて行った。


 ポーチから例の爆弾を取り出し、四つ設置。クローが食い込む音が妙に軽いが、気にしてはいられない。球面の方にあるボタンを押せば、その小さな物体から魔力の気配を感じられるようになった。


「設置完了!」


 そう大声を発して、立ち上がる。その間に、事情は分からずともまずいと判断したのか、太い剣を握った鎧の兵士が、トラックの上にやってきた。


「魔脈爆裂砲に何をした、教会騎士!」


 その兵士は、両手で得物を構えて問う。


「魔脈爆裂砲……そうか、それがこれの名前か」

「そうだ。何を企てている!」

「破壊する。それだけだ」

「教会騎士! その命、頂戴する!」


 兵士が金属の床をブーツで叩きながら迫る。力ある者にしか振るえない剛剣は、ザレグエルと斬り結んだ。


 断ち切ろう、とラハンは黒炎を生み出す。一瞬にして剣身を黒い炎が覆うが、相手の武器はその呪われた力に抗っていた。


「聖別された剣、教会騎士か!」


 ラハンは押し合いながらそう問うた。


「ああそうさ、教会が捨てた騎士だ!」


 教会騎士の武具には、ヴセール教会の司教にのみ許された聖別という加工が施されている。簡単に言えば神聖なるものとして認めることだが、これによって神々の加護を受け、黒い力への対抗策としているのだ。


 故に、今のラハンに、この兵士を打ち倒す手段はない。ないと、思っていた。


『欲しいか?』


 剣戟の最中、ザレグエルがラハンの心に問いかける。


『聖なる鎧を穿ち抜く、黒い稲妻。欲しいかと訊いている』

「急になんだ」

『我とて、使い手が徒に命を散らすのを見たいわけではない。ヴセール騎士──いや、神々の騎士を殺すには、黒い稲妻が最も適している』


 押し切られて、彼は兵士に腹を蹴られる。魔剣の言うことは確かだ。黒い稲妻の攻撃は、聖なる防壁を侵し、その効力を弱めるもの。魔域で思い知った。ならば、同じ祝福された武具に対しても効果を得られるはず。だが、異端の力だ。


『さあ唱えろ。平和を乱す者を、我は看過できん』

「……あいわかった」


 カツン、カツンとよろめいて、ラハンはゆっくりと口を開いた。


「反転 呪縛 流星 望まれざる誕生 揺らめく陽炎 震える大地」


 高く、ザレグエルで曇天を刺す。


「裂け 黒雷」


 剣身の根元から発せられた黒き稲妻が、炎を塗り替える。


「貴様とて異端ではないか! このノルフィアめ!」


 向かってくる兵士の斬撃を剣で受け止めると、黒い稲妻が聖別された刃を侵食し、砕く。そのまま振り抜き、ラハンは相手の胴を両断した。


 直後襲う、途方もない倦怠感。どっと体が重くなって、膝をついた。


「脱出、そうだ、脱出しなければ……」


 破壊に巻き込まれない位置への退避が必要だ。鎧を消し、力の入らない脚でトラックの梯子を下りようとする──落ちる。キッスが素早く駆け付けて、支えた。


「もうすぐ起爆だ。撤退するぞ」


 揺れる中で、彼は意識を闇に溶かした。


 それと時を同じくして、魔力放出爆弾が、魔脈爆裂砲のバレルに大きな穴を開けた。その際に飛散した破片を目撃した偵察部隊は、とある事実に気づく。


「第十五偵察部隊より、参謀本部へ。爆破した防壁破りは木製……偽装工作です! 偽物です!」



 ◆



 ラハンはリシェリスの屋敷で目覚めた。蒼いカーテンが揺れ、夜空を見せる。


「俺は……」


 夏用の薄い布団を乱れさせ、上体を起こす。隣ではサーデルが椅子の上で寝ていた。


「今は……午前二時か」


 振り子時計を見て、彼は呟いた。


「ん……起きたか」


 その声でサーデルを目覚めさせてしまった。


「倒れたって聞くから怪我してんのかと思ったが……魔力切れか?」

「おそらくそうだ。それより、魔脈爆裂砲──防壁破りはどうなった」

「あー……それなんだけどよ、ありゃ偽物だった」

「偽物……ッ⁉」


 ラハンは思わず親友の襟に掴みかかる。


「どういうことだ、俺があの爆弾を設置したのは──」


 同時に彼の脳内を駆け巡る、確かな違和感。金属にしては軽い感触で突き刺さった爆弾の爪。


「……もっと、冷静になるべきだった」

「焦るよな。俺も怪我人治す時にパニックになることあったからさ、わかる」


 手を離し、怠い体を落ち着かせた彼は、深く息を吐く。


「本物が、来るということか」

「ああ、だから祈祷騎士をかき集めて、防壁を強化してる。聖骸の魔力も使えば、デオの八倍の出力を得られるって計算だ。ま、それを保てるのは、三日だけなんだが……」

「随分と分の悪い賭けだな」

「でも、こうでもしなきゃならねえだろ。気取った言い方だけどよ、無辜の市民を殺させるわけにはいかねえ」


 いつになく真剣な表情を浮かべるサーデルは、どこか疲れを見せていた。


「お前も、手伝ったのか」

「そうだな。もう魔力スッカラカンだぜ」


 軽い態度の笑みを浮かべて、サーデルは言う。


「……もし、俺が異端となったら、お前はどうする」


 唐突な質問に、彼は要領を得ないと克明に顔で語った。


「ザレグエルは、俺の魔剣は、黒い稲妻の力を持っている。俺がそれにとり憑かれて、ノルフィアになってしまった時……お前は、俺を殺すか」

「リシェリスさんから、色々聞いてんだ。ノルフィアも、なりたくて魔王の手先になったわけじゃない、って。なら、俺は全力でお前を庇う。別に魔王のために戦おうってわけじゃないんだろ」


 立ち上がったサーデルは、そっと右手を差し出す。


「ダチなんだ、誰にもお前を殺させねえ」

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