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第2話  届かない音

鏡の前で、笑顔をつくる。


 「……よしっ!」


 軽く頬を叩いてから、石井澄香いしいすみかは音楽室のドアを開いた。

 誰もいないはずの部屋に差し込む光。その中に、ふたりの姿があった。


 神谷奏多かみやそうたと、日向心音いなたここね


 「──あっ」


 思わず立ち止まった。

 ピアノとヴァイオリンの音が、柔らかく混ざり合っていた。

 心音が、恥ずかしそうに笑っていた。

 奏多が、それを静かに見つめていた。


 ……どうして?


 「ごめん、邪魔だったかな?」

 なるべく明るい声を出して、笑顔を貼りつける。

 心音が驚いたように立ち上がる。

「澄香ちゃん……!」


 「ふたりとも練習してたんだ? すごいなあ、やる気出る〜!」


 笑ってみせた。明るく、快活に、いつもの澄香で。

 でも心の奥で、チリチリと音がしていた。焦げるような、焼けるような、そんな音。


 心音は無自覚だ。自分がどう見えているのか。

 自分の音が、誰かの心をどう動かしてしまうのか。


 ──ずるいな。


 言葉にはしなかったけれど、喉の奥に引っかかっていた。


 「そうだ、来週からのアンサンブル、よろしくね!」

 無理やり話題を変える。心音は「うん」と小さくうなずいた。


 奏多はそれに何も言わず、ただ静かにピアノの鍵盤蓋けんばんふたを閉じていた。




 放課後、ひとりで歩く帰り道。


 澄香は自分の吹くフルートの音を思い出していた。

 澄んでいて、まっすぐで、けれどどこか届かない。

 どれだけ想っても、彼の心には触れられない気がしていた。


 心音のヴァイオリンは、確かに不安定だった。けれど、何かを引き寄せる音だった。


 「……奏多くん、あんな顔するんだね」


 悔しくて、悲しくて、それでも笑いたくて。

 夕焼け空に、そっとため息をこぼした。


 恋って、こんなにも不協和音なんだ。


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