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第9話  五人目の旋律

昼休みのチャイムが鳴った直後、音楽科棟に小さなどよめきが広がった。


 「え、新入生? この時期に転校って珍しくない?」


 「しかも留学帰りらしいよ。ピアノ専攻の天才って噂!」


 そんな囁きを聞きながら、日向心音は購買帰りのパンを手に、階段を上がっていた。


 (新入生……天才……?)


 気にしないふりをしながらも、胸の奥がそわそわする。

 ステージを終えて、やっと4人での関係が少しだけ落ち着いてきたと思った矢先のことだった。


 「日向さん」


 後ろから呼び止められて、振り向くと――


 「神谷くん……」


 神谷奏多が、珍しく廊下に立っていた。

 少し迷ったような表情で、ぽつりと口を開いた。


 「……放課後、音楽室、来れる?」


 「うん。……なにか、あるの?」


 奏多は少しだけ間を置き、


 「“新しいアンサンブル”、組まされそうなんだ」


 そう告げた。




 放課後の音楽室。

 すでに澄香と陸も集まっていた。全員が、少し落ち着かない顔をしている。


 「春の音楽祭の候補曲、これになったって」


 澄香が配ったのは、ピアノ五重奏の楽譜だった。


 ──ピアノ、ヴァイオリン、チェロ、フルート、そしてもうひとつのパート。


 その名前を、心音は見つけた瞬間、息を飲んだ。


 Oboe(オーボエ)/朝比奈美月あさひなみづき


 「朝比奈……美月?」


 「さっき転校してきた子。明日からうちのアンサンブルに加わるんだってさ」


 澄香が苦笑するように言った。


 「いきなり五重奏。やっとバランスとれてきたと思ったのにね」


 心音は手の中の楽譜を見つめた。


 (また“変わる”んだ、私たち……)


 戸惑いの中で、扉がそっと開いた。


 「失礼します。朝比奈美月です。今日からよろしくお願いします」


 その声は、澄んだ湖面のように静かで、けれどどこか張り詰めていた。


 ドアの前に立っていたのは、長い黒髪に端正な顔立ちをした少女。

 年齢よりも大人びた印象で、その立ち姿に、周囲の空気が一瞬止まった。


 「……朝比奈、美月……?」


 神谷奏多が、思わず小さくつぶやいた。


 その瞬間──彼女の瞳が、彼に向けられた。


 そして、ほんのわずか、微笑んだ。


 (え……知り合い?)


 心音の中で、説明のつかないざわめきが膨らんでいく。


 彼女の登場によって、五人の旋律は、再び複雑に絡み合い始めていた。


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