決して自暴自棄になったわけではない。自分に降りかかった出来事に絶望したわけではない。
梓は考えあってのことで、窓から飛び出たのだ。その理由とは樹、そして塔の二つ。
梓は部屋のすぐ側まで枝を伸ばした樹に飛び乗り、部屋の外へと出ようと考えた。そして昼間に窓から見えた塔に登ってみよう、とも。
もちろん無謀とも思える挑戦だとは、梓自身よく理解している。一歩間違えれば大怪我では済まない、ということも。
でも、それがわかっていても、梓は塔へと向かいたかったのだ。
(火事場の馬鹿力って、こういうことを言うのかな)
そう考える梓の奥歯はガチガチと震える。
樹から地面へと降りて、遅れて恐怖がやってきたのだ。けれども足を止めない。
梓は塔へと向かってひたすらに足を前へと動かす。
それは塔の中に入ってからも同じ。
果てしなく続く螺旋階段に、梓の心はへし折れそうになりつつも、その度に自分を叱咤した。
「がんばれ、あとちょっと……」
切れる息で見上げる階段の最上段はまだまだ先だ。しかも真上から降り注ぐ太陽光で最上段の輪郭が朧げで、あと何段あるのか定かではない。
塔の中に舞う埃や塵が太陽光でキラキラチカチカと光る。
庭の外れにある塔。
随分と古びた塔は地面から中間あたりまで蔦で覆われていて。けれども入り口には蔦を刈り取った跡があり、誰かが定期的に利用していることがすぐにわかった。
錆びついて見えたドアもすんなりと開く。塔の中は大きく、広く、そして高い。
壁伝いに上に向かって伸びていく螺旋階段と、太陽光降り注ぐ大きな天窓が特徴的な塔だった。
「早く、早く……急がなきゃ」
一段登り、また一段、登る梓。
部屋から樹へと飛び移った時にできた細かな傷が痛む。庭の中を歩き回る衛兵に見つからないよう至る所で息を潜めていたせいで、神経がすり減っている。
疲れからか、目眩も起こしてきた。
「ま、間に合って……!」
足が時折絡む。つま先が階段に引っかかる。
その間にも、塔の天窓から差し込んでいた光は徐々に減っていって。
疲れたからと言って、足を止めたら日没に間に合わない。夜になってしまったら、外の景色をしっかりとみることなど出来なくなってしまう。
急く気持ちに比例して階段を登る梓の足は、お忍びで来ているとは思えないくらいガサツだ。しかし意外にも足音は塔に響かない。というのも今履いてるのはローファーではなく、リシアが用意してくれたバブーシュに似たフラットシューズ。
致し方なく履いた靴だったが、階段の質感を感じ取るほどの薄さの靴は、梓の逸る気持ちが現れる足音を消してくれていた。
「よ、ようやく着いた……!」
そうして最上段にたどり着いた時には、さすがの梓の膝もガクガクと笑う。息も乱れに乱れて、肌を汗がたくさん滴り落ちる。
ポタ、ポタ、と垂れる汗を雑な動きで汗を拭った梓は、最上段にとりつけられたドアの取っ手へと手をかけた。その手も疲れなのか……はたまた緊張か。小刻みに震えている。
(! あいた!)
塔への入り口同様、
「しつれいします……」
ゆっくりとドアを開けていく梓。
もしかしたら中に誰かいるかもしれない。だなんて考えから、最初はドアに身体を隠した梓は、まず最初に部屋から漏れ出るオレンジ色が階段の最上段を照らすのを見た。
そして顔を室内へと覗かせ、
「っ、」
あまりにも強い夕陽のオレンジ色に目を細める。
ドアの向こう側はとても明るい。あまりの明るさが目に沁みるほどだ。夕陽を遮るように片手で顔を隠しても、隙間から漏れてくるくらいに眩しい、強い光が梓の顔を強く照らす。
(部屋がオレンジ色……てことは日没までに間に合ったんだ!)
だが、その光の力強さに
眩しさから閉じかけた目を開き、前を見つめれば、壁にいくつもはめ込まれている大きな窓が視界に入ってきた。
梓の真向かいが一際強くオレンジ色で染まっている。あそこが西側なのだろう。
梓はドアを閉めることも忘れ、西日が差し込む窓へと動き出した。
気持ちがますます焦る。早くあそこに行きたい。あそこへ……!
梓は勢いよく前へ一歩、足を踏み出した。のだが、
「?!?!」
突如、右足が地面に触れる前に何かに引っかり、身体をしたたかに床へと強打した。
予想だにしなかった衝撃に「うぅ、ぐっ」という声ならぬ声が出る。
「な、なに?! なにに、足をひっかけ、て……」
咄嗟に受け身は取れたものの、額をぶつけた痛みで一瞬、視界が爆ぜた。
肘も打ち付けたゆえにジンジンと痺れる。少しスライディング気味で倒れたのもあり、膝はヒリヒリと痛い。
敷居にでも足を引っかけたのだろうか。と、痛む箇所をさすりながら振り返れば、目に入ってきた物に梓はすぐさま息を飲む。
「……怪しい人物が登ってきたかと思えば“聖女様”か」
目の前に男が立っていたのだ。
男は呼吸を忘れるほど、美しく、かつ綺麗。
(この人は……)
夕陽に照らされた男の髪の毛が、艶やかに
男の持つ金色の髪。それは夕陽のオレンジ色と混ざり、感嘆してしまうほどのグラデーションを作り出していた。
かたや
まるで