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第12話 不思議なランプ


「え、じゃあ、この中をどう帰れと?」

「さぁな」

「さぁなって!」

「照明を用意していない自分を恨め」



 焦る梓を他所よそに落ち着いていた本をめくる男。その手はやはり驚くほどのスピードだ。



「……あ、あなたはこの暗闇の中どうやって帰るつもりなんです? あなたも照明を持っているようには見えないんだけど」

「そうだな、僕も照明を持っていない」



 男は二冊目を読み終えると本棚へと戻す。三冊目は手にすることはなく腕組をし、呆れを表現するかのようなため息を吐いた。



「暗くなる前に引き返すつもりだった。だから照明を持ってきていない。誰かが侵入しなければ、僕だってこんな暗い中で困ることはなかった」



 つまり、この男は被害者だと言いたいわけだ。


 時折、月明かりが差さなくなる時がある。

 風によって流れてきた雲が月を隠すのだろう。月明かりが差さないと瞬く間に室内は暗くなった。

 再び月明かりが入ってきたことでホッと安心するほどに、その明暗さは大きい。



(むっかつく……! いや、でも迷惑かけてるのは事実なわけで。ううん、だとしても! ここまで冷たい言い方をしなくても! ……ということを思う権利もないのかな)



 ランプがなければ元の部屋に帰れないと梓がすぐに思ったように、この男も同じことを思っているのだろう。だから塔の最上階にとどまっているわけだ。


 巻き込んでしまったのは本当に申し訳ない。

 けれども。



(あ、よかった。涙出そう)



 今の梓は涙は引っ込んでいただけで、くすぶったままの状態。

 普段ならそこまでネガティブ思考にならない梓も、自分の置かれた状況を理解した今は些細なことですぐに涙腺が緩む。

 人間らしさがなくなったと梓は懸念していたが、そんなことはないようだ。


 垂れそうになる鼻をすすれば、「はぁ」と男がまたもわかりやすくため息をした。

 梓は口をぎゅっと結ぶ。口を開けていると、情けない嗚咽が出してしまいそうだった。



「はぁ」



 三度目のため息が聞こえる。いたたまれない気持ちでいっぱいだ。

 梓は男の顔を見ていられず、視線を彼から外した。



(気まずい……)



 言い訳をしたところで、目の前の男が許してくれるとは思いにくかった。

 だって、もらい事故を受けても寛大な心でいてくれるような人は、これみよがしなため息なんかしないはず。


 かと言って黙ってるわけにもいかず。どうしたものかと視線を泳がせていれば、あることに気がついた。

 この部屋……外観に比べてとても綺麗なのだ。つたが巻き付き、多くの人に忘れ去られた風貌をしていたにも関わらず、埃っぽさやカビなどは存在しない。


 男が先ほどまで触っていた本棚も真新しく、側面には羽箒はねほうきが引っかかっている。隅には小綺麗な一人用のデスクがあり、その上に置かれた紙の束も散乱することなく丁寧にまとめられていた。

 独特な古い匂いあるが、ここで寝泊まり出来るくらいには清潔感があった。



(? あれは……)



 一人用のデスクも現在も使われている形跡があった。年季は入っているが、蜘蛛の巣などは出来ていない。ちゃんと拭き上げ等をしてる証拠だ。


 デスクの横には木箱が置かれており、中には雑貨と思わしき物が複数入っていた。

 その入れ方も煩雑はんざつとはしておらず、丁寧だ。

 梓は木箱の中を注視する。雑貨らしき物の一つ、──あれはランプだ。


 実はこの部屋、壁にはランプがいくつも取り付けられていた。でも何故か火は灯されておらず、真っ暗なままで。

 箱の中には、それとほぼ同じ形で、持ち手部分がプラスされた物が入っていた。



「あれは、使えないんですか?」



 恐る恐る梓は男に尋ねた。

 すると男は梓が指を指した先を見て、「無理だ」と間髪入れずに答える。



「壊れてるってことですか?」

「正確には違うが、まぁそんなところだな」

「?」

「近くに寄って見てみると良い。使えない理由がわかるだろう」



 なんとも意味深な言い方だ。だが、男の許可も出たので、梓は軽く頷くと箱へと近づいてみる。

 動いた途端、無礼者と咎められるかとも思ったが、そんな様子はない。男は壁にもたれて腕組をしたまま、梓の動向を見ているだけだ。


 箱の中には同じ形のランプが二つ入っていた。どうして使えないのだろう。

 そう思ってまじまじと見ると、あることに気が付く。



「真ん中が空っぽ?」



 そう、ランプのガラスに包まれた部分の中には何もなかったのだ。

 梓の知識が正しければ、こういうランプの中心には火をともす器具がついているはず。

 例えば蝋燭ろうそくを立てる針や油をいれる皿といった器具が。


 だが箱の中のランプは二つともガラス部分が空洞だった。



「その照明は蝋燭ろうそくを入れることが出来ない。ガラス部分が開かないからだ。壁についている照明も同じ。この部屋にある照明は火をともせない。だから使えないってわけだ」

「じゃあ、飾りってことですか?」

「今では、な」



 またも男は含みのある返答をした。今では、ということは昔は普通に使っていたと言いたげだ。


 梓が「手に取っても?」と聞けば、少し間をおいて「あぁ」と答える。

 梓は細心の注意を払いながらランプを手に取った。



(綺麗だ)



 ずっしりと重みのあるランプは金具部分に細かい彫りがほどこされていた。

 クライツ王国の記号みたいな文字とは違い、こちらはアラビア文字に似ていて、遠目から見れば蛇が金具にとぐろを巻いているみたいだ。ガラスの透明さはすさまじく、はめ込まれていないかと錯覚するほど。


 形としては一般的で、面白い形でも奇異な形をしているわけでもない。なのに、つい、まじまじと見つめてしまう。

 それほどまでに不思議な魅力のあるランプだった。



(裏に彫られているのは名前、なのかな)



 回転させたり、上下さかさまにしてみたり、梓はランプをよく観察してみた。

 底にも蛇みたいな形の文字が彫られていて、隣には小さな石が埋まっている。


 はめ込まれた赤い石。こちらは透き通っておらず、濁ってくすんでいた。ランプ自体は綺麗に磨き上げられているのに、石だけが埃をかぶったみたいに汚れている。

 汚れを取るために、親指で石を軽くさすってみた。すると思いのほか簡単に汚れが拭えた。そして。



「?!」



 手に持っていたランプが急に煌々と輝き始めた。

 突然の事態に驚きから手を離しそうになる梓。



(待って、落としたら壊れる!)



 瞬時にそう判断し、緩んでいた手に力を込めてラグビーボールを掴むように両腕で抱き抱える。

 ますます強く発光するランプは、何もなかった空洞から四方八方へと白い光を出していた。




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