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第13話 電話、そして懐炉


 ランプの不思議なところは他にもあった。

 どんな細工なのか。金具に彫られていた文字も内から外に向かって光り輝き、本当に蛇のように動いている。



「どうやって動かした?!」



 使えないと言われていたランプだ。まさか光るとは思っておらず、梓は驚いた面持ちで手元のランプを見つめる。

 しかし梓以上に男の方が感情を露わにして、大きな声で詰め寄ってきた。



「へ?」



 人形の如く表情が動かなかった男が、目を見開き、眉をあげ、声に感嘆符をつける。

 男の突然の変わりように、目を白黒させる梓。「へ、あ、その」とどもった返事しか出ない。



「どこかに起動させる箇所があったのか?! それとも何か呪文を唱えたのか?!」

「わ、私はなにもしてな……、え、なに?! 部屋が急に、明るく……?!」

「壁が光って……、いや違う」



 男は梓が手にするランプを指さし、梓にどうやって動かしたのかを問い詰める。だが梓本人も理由はわからない。ただ触れていただけだ。


 ゆるゆると首を横に振るも、男は納得した様子を見せない。尚も詳しく聞き出そうと更に間を詰められた時、部屋全体が一気に明るくなった。



「壁の照明が光っているの、か……?」



 明るくなった原因は壁に取り付けられていたランプのせいだった。

 梓がずっと手にしているランプと同じく、ガラス部分が全体的に白く発光している。


 金具部分も同様。彫られている文字が白く浮かび上がっていた。この壁掛けランプにも底に赤い石が埋まっていることに気が付く。

 赤い石はルビーのように透き通り、静かに、でも確かな存在感できらめいていた。



「家の照明みたい」



 壁に取り付けられたランプの数はそこまで多くない。サイズも両手に乗るほどの大きさ。

 なのに元の世界、梓の家に備え付けられているリビングの照明並みに明るかった。


 蝋燭ろうそくや油で灯すランプは本来ならほのかな明るさを放つ程度で、隅々までを照り付ける力はないはず。

 予想外の展開に、さらなる予想外が加わり、男も梓も目の前の事態に呆ける。


 さっきとは打って変わって明るくなった室内。どちらからともなくお互いの顔を見れば、男の碧い瞳に梓の顔が映ったのがわかった。



「これを持て」 

「え」

「早く」



 呆けていた時間が先に終わったのは男の方だった。男はすぐさま気を取り戻すと箱の中から一つの物体を取り出して床に置いた。

 男が“これ”と言った物体は、小学校の社会科見学で行った博物館に展示されていた物に似ていた。名前は確か……蓄音機。


 無理やり持たされた物体はランプに比べてひと回り大きく、それでいて重い。梓は謎の物体と男の顔を交互に見比べた。



「そこに向かって話してみろ」



 偉そうに命令してくる男も蓄音機に似た物体を手にしている。

 といっても梓に渡した物より小ぶりで、ミニチュア版といったサイズだが。



「話すって何を」

「なんでもいい」

「なんでもいいって……え、あー、テステス?」



 男の話しぶりには鬼気迫るものがある。梓が拒否をしても食い下がってきそうな勢いだ。

 逡巡したのち、男が指をさした部分に向けて声を出してみる。

 内容なんてものは思いつかないので、口にするのは適当にマイクチェックの時に使う言葉だ。


 男も会話の中身はどうでもいいらしい。花みたいな部分に声を放つことの方が重要なようで、梓の発言に意味を尋ねることはしなかった。

 男は手にしていたミニチュア版を耳に当てがい、真剣な眼差しで耳を澄ませていた。



(ん? これって、まさか)



 一人は口元に花の部分を当てて、もう一人は花の部分を耳に当てる姿。その姿にとてつもなく既視感を持つ。

 梓は悩みつつも「あー」と先ほどよりかは少し大きめの声を花に似た部分に放った。すると男が耳に当てているミニチュア版から、微かに梓の「あー」という声がやや遅れて聞こえてきた。


 既視感が確信に変わる。これと同じ物を昔、やったことがある。学校で紙コップと糸を使い、友達と遊んだ。

 今、梓と男が持つ物には二つを繋ぐ糸もケーブルもないけれど。でも、この使い方は梓が知っている道具にそっくりだ。



「もしかして、これって電話なの?!」

「う、るさっ! 急に大声を出すな!」



 見た目からして蓄音機だと思っていたゆえに、電話だと気が付いた瞬間に自分でもびっくりするほど大きな声が出た。

 耳に当てていた男がすぐさま道具を自身の耳から離すと、険しい顔で梓を睨む。



「あ、すみません……」

「……まぁいい。僕の声は聞こえるのか?」

「えっと、もう一回話してみてください」

「どうだ? 聞こえるか?」

「聞こえます」



 正真正銘、電話だ。

 男が発信側となり花の形をした部分に声を当てると、多少のノイズは混ざるものの男の声が梓の耳に届く。


 梓は道具を片手で持つと、もう片方の手で男が持つミニチュア版との間を遮ってみた。

 やはり何もない。何も手に触れない。この二つは完全に独立した道具なのだ。



(ということは携帯電話ってこと? スマホなの? いや、でもスマホとは形が全然違うし、そもそもどうやって動いてるの?)



 電話らしき道具には電源コードもついていない。では充電式か?、と思って観察するも充電器を差込む穴もバッテリーを取り出すための蓋も見当たらず。


 あるのはランプと同じく、蛇のように彫られた文字と赤い石だ。文字は薄く発光し、石は謙虚に光り輝いていた。

 もう一度花の部分を耳に当ててみる。すると微かにパチパチパチ、と何かが弾ける音がした。



(波のような音も聞こえる?)



 破裂音と共にさざなみの音も聞こえた気がした。

 男の口は動いていないので、この道具が発している音なのかもしれない。

 よく聞き取ろうと耳を研ぎ澄ませたが、それ以降は音は聞こえなくなってしまった。



「おい」

「あ、はい」

「次はこれを持ってみてくれ」



 窓から見た景色には不釣り合い道具だ。

 あの原風景に対し発達した科学技術。


 いまだに観察を続ける梓に男はまた別の物を今度は投げてよこした。

 慌ててキャッチした梓は、手に持っていた電話らしき道具を箱に戻す。投げてよこされたのは手の平サイズの鉄線がまゆ状にまとまった物で、これも例に漏れず不思議な道具なのだろう。


 鉄線は子供が画用紙に鉛筆でまだらに塗りつぶした感じで、ぎゅっと詰まっているわけではなく、ほどよくゆとりがある。

 今度はなにが出来るのだろう、と梓が中心部分を見つめると。



「ひ、ひが、ついた」



 ポゥ、と静かに火がついた。本物の火が鉄線の檻の中で揺らめいている。

 鉄線があまり重なっていない部分に恐る恐る指を持って行けば、火の端が梓の爪に触れた。


 しかし、熱くも痛くもない。ほんのりじんわり。暖かさが伝わってくるだけだった。




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