繭状の道具は
男が「ここに置いてくれ」と言うので、床に道具を置く。男はそれを拾うと、まじまじと見つめた。
繭の中で火がゆらめき、少しずつ小さくなっていき、最後にはジュッ、という音を立てて消える。
懐炉もランプや電話同様、どうやって動いているのか謎だった。
共通点は全てに赤い石と文字があるということ。さらに言うなら、どれも見た目がレトロだ。でも仕組みは最先端で。
見た目と技術のチグハグさが、余計に道具の不思議さ加減を跳ね上げていた。
現代でも見たことがない道具。それを説明もないまま渡されては、疑問は湧き上がり続ける。
「あの、これらってなんなんで、」
「おや。聖女様じゃあないですか。ご機嫌麗しゅう」
男に聞こうと口を開けば、“ですか?”と言い切る前に声を遮られた。
目の前の男とはまた別の声。梓、男、どちらも一斉に扉の方へ視線を向ける。
扉の近くには深い緑色の髪をした男が右手を掲げた状態で立っていた。
「ノックしたのも気がつかないなんて」
「ロイド」
ロイドと呼ばれた男はノックする際に使ったであろう右手で襟を正すと男に一礼する。
どうやら金髪碧眼の男の知り合いらしい。
いや、知り合いというよりも上下関係、主従関係という表現の方が正しかった。ロイドの男に対する態度は恭しい。
ロイドは男に近寄ると、
「なかなか戻られないから心配しましたよ」
「すまない。少し訳あってな」
「まぁ、何があったかは何となく想像はつきますが」
見回した視線が部屋の隅々を伺ったあと、一番最後で梓にたどり着く。
梓に向けられた視線は値踏みするための視線だ。
頭から足先までじっくり見られ、気分が悪い。髪の毛と同じ緑色の瞳は優しさを全く
「初対面ですって顔してますね。貴方とは数日前にお会いしてますよ」
「実は記憶が曖昧な箇所があって……ごめんなさい」
「ハァ。態度がなってませんね。もしかしてキラ様にもそんな態度で話していたんですか?」
そう言って腰に手を当てた男は、梓の値踏みを終えたようだ。
優しさが全くなかった瞳が、わかりやすく嫌悪の瞳になる。
わざとらしく吐くため息も実に刺々しい。
こんな態度を取られたことなど人生において一度もない。初めてのことすぎて、傷つく前に呆然としてしまう。
「キラ様?」
呆けた顔でロイドと男の顔を見ると、ロイドが口にしていた単語を意味もなく復唱した。
ロイドはその梓の表情に何を思ったのか、口元をヒクつかせた後、ハッと声を出して笑う。
「貴方の目の前にいる方ですよ。クライツ王国の第一王子、キラ・ヴァン・クライツ様です。そんなこともお忘れなんですねー」
言葉に嫌悪だけではなく、侮蔑も加わったのがわかった。態度が本当にあからさますぎる。
見た目からして金髪の男はさぞ高貴な人間だろうと考えてはいたが……まさか王子だったとは。
ということは、この男──キラが王子ならロイドは従者あたりなのだろう。
予想通り、この二人は主従関係の間柄なわけだ。
「こんな間の抜けた女を聖女だなんだって持ち上げてる神官連中は、相変わらず腐った連中ですね」
しかし、この男の辛辣な言い方はなんなんだ。あまりにも酷い言い方すぎる。
オブラートに包むどころか、傷口に毒を塗るかのような発言だ。
最初は呆けていた梓も、ロイドの度重なる態度に顔を歪ませる。こんな態度、気分を害しない方がおかしい。
しかめ面でロイドを睨めば彼はまたも口元に弧を描いた。だが眉は
彼は梓が文句を喋り出す前より先に、素早く次の言葉を吐く。
「そうそう。神官たちが部屋にいないと騒いでましたよ。脱走とは困ったもんですねぇ」
と。その言葉にキラが驚いた顔をした。
眉をひそませて「護衛がついていないからもしかして、とは思っていたが……」と梓を見て言うキラの顔は、ロイドほどではないが呆れが分かりやすく滲み出ていた。
「まったく。態度も悪ければ頭も悪いときた。貴方は立場がよくわかっていないんじゃないですか?」
キラの言葉を同意ととったのか、ますますロイドの発言が攻撃的になる。
ロイドの言葉が目に見えるなら、昔のヤンキーがよく持つ釘バッドに似た見た目をしているのだろう。
バッドで殴打されただけでも痛いのに、釘のせいで傷を
しかも彼は
「立場って……どういう意味ですか」
わざと煽っているのだ。怒らせようとしているのだ。
何度も揚げ足を取れるように、皮肉を言えるように、口撃できるように。
怒ってはダメ、とわかっていても、感情のボルテージが上がっていく。
梓も所詮は子ども。あしらう術など知らない。今もそう。スルーすればいいのに、ロイドの発言で気になった単語を掘り返してしまう。
「そのままの意味ですよ。貴方は出自が定かではない、ただの怪しい人間でしかないんですよ。そんな人間が自由に城内を歩き回っていて見過ごしてもらえるわけないでしょう」
ロイドが鼻で笑う。どうやら彼の方が心理戦は何枚も上手のようで。
梓が自身の怒りに気がついて気持ちをおさめるために奮闘しても、すぐにそれを察知してもっと非道な言い方をしてくる。
そのせいで揺り戻しが起き、余計に怒りが増幅していった。梓は拳をぎゅっと握る。
(なんで、そんな態度をとられなきゃいけないわけ?)
梓の怒りは極限状態だ。
噴火の一歩手前まで来ていて、気を抜けば爆発して感情任せに声を張り上げてしまいそうなほど。
でも、そんなことをしたらロイドは“ほら見たことか”とあざ笑うに違いない。
最後の最後。薄い壁を感情が突破しないよう気をつけつつ、梓は努めて冷静を装って言葉を投げかけた。
「出自が怪しいって。私は呼ばれたんですよ。この国の王子様と、キラ様と結婚して欲しいからって。ユーリさんには聖女だとも言われて」
「あぁ、それ、
だがロイドは梓の言葉をすぐさま一蹴する。
何を馬鹿なことを、とでも言いたげに片手を動かす様は、梓の発言を本当に振り払っているかのようだった。